読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

京都比良山岳会のブログ

山好きの社会人で構成された山岳会です。近郊ハイキングからアルプス縦走までオールラウンドに楽しんでいます。

[個人山行]京都百名山シリーズ番外編 愛宕山・つつじ尾根・猪谷

f:id:hirasankun:20170122170243j:plain

平成29年1月21日(土)

 

先週の大雪で愛宕山(924m)にも30㎝余りの積雪があった。宕陰出張所から地蔵山に登り愛宕を目指そうと計画したがJR八木駅からのバスは神吉口から先は積雪のため運行できないと運転手が云うので保津峡に引き返し、つつじ尾根を登ることにした。下山は猪谷を下ったが積雪と倒木に阻められ、思ったより時間を要した。恒例の水尾つじの家に14時5分前に駆け込み、柚子風呂と鶏の水炊きを楽しんだ。

 

f:id:hirasankun:20170122170253j:plain

 

【メンバー】 山本浩史L、高橋秀治、土井司、藤井康司、梅村重和、塩見孝浩、江村一範、水岩雄一  計8名

【行  程】 京都7:42-8:21八木8:29-8:46保津峡8:56~9:54荒神峠~10:40水尾分れ~11:17社務所前11:32~11:40愛宕山11:56~12:15猪谷下降点~13:43府道出合~13:55水尾・つじの家16;:30=16:53保津峡17:07-17:27京都

【登山データ】 晴れ一時雪 歩行9.3㎞ 4時間59分 延登高960m 延下降758m 1座登頂

 

1月15日の大雪は、愛宕山に恵みの雪をもたらした。一気に降り過ぎ越畑地区へはバスが未だに不通でJR八木駅から京阪京都交通バスに乗り込もうとすると途中の神吉口までしか行かないという。仕方が無いのでJRで引き返し保津峡からつつじ尾根を登ることにした。山間の駅は標高75m程あり道脇には雪が残っていた。水尾川の橋を渡り尾根の先端部に取付いた。2.5万図には尾根の西側の谷から登山道が描かれているが、この道はなく、府道50号線を落合側に少し行った所に登山口がある。他にも数組の登山者があり比較的歩かれている道である。

つつじ尾根の先端は等高線が詰り険しい。南側の斜面には「壁岩」と2.5万図にも載る岩壁があり保津峡の渓谷に落ち込んでいる。最初の急登で稜線に這い上がるとなだらかな稜線歩きとなり、標高が150mを越えると雪がしっかりし残り躑躅の葉っぱにもしっかり乗っていた。昨夜市内で降った雨は、標高150mより高い所は雪だったようで、標高に従って積雪量が増してきた。北側に落合尾根が迫ってくると荒神峠(こうしんとうげ)に到った。保津川・水尾川添いの府道ができるまで水尾集落の人々は荒神峠を越えて京都市街地との間を行き来していた。この山越え道は「米買道」と呼ばれ嘗ての生活道路出会ったことが偲ばれる。愛宕山に登るつつじ尾根が交差し、いつの頃までか茶屋もあったと云うから驚きだ。荒神峠は庚申峠、長坂峠とも呼ばれたと案内板に書かれていた。

荒神峠から先のつつじ尾根は、落合尾根に乗り上がるため急登となった。落合尾根に達すると登山道はなだらかになり積雪20㎝位の植林帯の穏やかな登山道となった。やがて表参道と合流し水尾分れに達した。流石に表参道は人の気配が多い。水尾への道が分岐し少し行くと“ハナ売り場”の小屋があった。嘗て参詣者に火災護符の樒(しきみ)が売られていたが水尾の集落の高齢化と需要の減衰で最早小屋が開くことはない。護符としての樒は、今では山頂の愛宕神社で求めることができる。

アイゼンを装着し表参道を進むと右にケーブル愛宕駅跡への道を分け緩やかに表参道を進むと早くも下山してくる人がちらほら見かけるようになった。千日詣の時なら「おのぼりやす」と声が掛るのだろうが今日は無言の人が殆どだ。廃仏毀釈前に存在した白雲寺の山門であった黒門に達すると登山道の左手に雪庇ができ愛宕らしからぬ風景を見せていた。

トイレがあるので社務所前で休憩し、軽く行動食を食べた。気温は氷点下4℃、余り長く休むと冷えるので15分で出発した。愛宕神社の石段は雪が完全に覆い単なる斜面と化していた。愛宕神社は全国に900社あると云われる愛宕神社の総本社として1,300年の歴史を刻む。創建当初は神仏習合の山岳霊場役小角と白山開祖の泰澄が開いたとされている。本殿の背後にある若宮は、嘗て天狗太郎坊が祀られていたと伝わる。

山頂を後にし、予定通り猪谷(ししだに)を下ることにした。竜ヶ岳への分岐を過ぎ岩ヶ谷北の尾根を乗越し、なだらかな谷へと踏み込んだ。愛宕山の北側に入ると積雪量は増し40㎝位になった。トレースは全くなく新雪を気持ちよく踏んで下って行くと谷はS字にカーブし両壁が迫り急峻になってきた。明瞭な道はなく荒れている上に15日の大雪で折れたであろう枝が邪魔をして歩き難い。

この谷は嘗て硯石を産出していた。谷を下ってくると途切れ途切れに石組みの跡が現れだした。掘り出した硯石を木馬(キンマ)で運び出し、米買道をベタ(牛に牽かせた荷車)に乗せ荒神峠と六丁峠を越えて嵯峨の地で“嵯峨硯”に加工されたと云う。時代が下がり採算が合わなくなり100年ほど前には途絶えてしまったという。谷を下るに付け道跡が明瞭になり歩き易くなってきた。左岸尾根が収束し、その先端を越えて岩ヶ谷に入り府道50号線に飛び出した。

つじの家へは、14時迄に入らなければならない。猪谷は予定以上に時間が掛かり、谷を下っているときから若干焦りを覚えていた。府道に出ると取り敢えず一人先行し約束時間の5分前に駆け込んで取り繕った。皆も2分前に到着し、直前に到着した女性客がこれから入浴と云うので結果は気兼ね無かったが、女将さんに叱られずに済んだ。今年は鶏の水炊きで柚子風呂と体の内外から暖まり、雪景色を見ながら楽しんだ。

15日の大雪は水尾の集落にも被害があり、停電、電話不通、保津峡駅までの自治会バスは4日間走れなかったと女将さんが語っていた。冬の愛宕には雪を期待するが、一挙に降る雪は一寸困りもので、程々が良い。「また来年」と女将さんに送られ水尾集落を後にした。

 

f:id:hirasankun:20170122170307j:plain

 

f:id:hirasankun:20170122170314j:plain

NO.3631 2017年1月14日(土)スノーシュー「三重嶽(さんじょうだけ)」

f:id:hirasankun:20170115232132j:plain

写真:取り付きの急登

 

【メンバー】L秋房伸一、高橋秀治、藤松奈美、藤田哲陽、南部 桂、小西幸一郎、藤田幸代 会員7名

【行程】

1月14日(土)出町柳6:45=8:20今津町角川=積雪のため折り返す=今津町角川(車デポ)9:27~10:07石田川ダム10:30~11:20三重嶽南尾根取り付き~13:30「P686」付近(折り返す)14:18~16:10石田川ダム16:20~16:55角川車デポ地=京都

【天気】 曇のち雪

【記録】52期 秋房伸一

最大の寒波が到来するとの天気予報であったが、1週間前のスノーシュー例会は、全く雪がなく、このところ雪とはご無沙汰だったので「やっと雪が降る」という喜びのほうが大きく、予定通り例会を実施した。

朝の京都市出町柳付近まではよく晴れていて雪は無かったが、花園橋を過ぎて八瀬のあたりにくるとうっすらと雪景色。空も鈍色。大原に近づくと路面も圧雪。

石田川ダムまでは車が入れるものだと思い、最終集落「角川」を過ぎて、二駆車にはスタッドレスタイヤにチェーンを装着して前進を試みたが、四駆車も含めて、やはり無理になり、引き返して、両車、集落の外れにデポした。

ジープタイプの四駆なら、ダムの駐車場まで入れたかもしれないが、帰りにはどう見ても走行不可能な積雪になっていた。車の能力に頼って奥まで入り込むのは、たいへん危険な行為だと改めて認識した。

石田川ダムまでは靴で歩き、ダムのところでスノーシューを装着した。

三重嶽南尾根取り付きまでは、積雪量もさほど多くなく、沢からの流水があるところでは、アスファルトが部分的には露出していた。

南尾根取り付きは、傾斜が急で、雪も中途半端に多く付いていた。新雪で、斜面に定着してなく、すぐ剥がれる感じの雪。

夏道も一応あるようだが、どこなのか判らず、登りやすいところを秋房が上がったが、直登気味のところがルートらしいことを2番目に登った南部が発見した。取り付きの様子をみていた女性参加者2名は、この先も不安に感じたのか、林道をデポ地まで戻ることになった。

しばらく急登やあまり気持ちの良くないトラバースを繰り返していると、落ち着いた尾根へ出た。途中から、ルートを示すテープが、ところどころにあった。

登るにつれ、積雪量が増えた。地理的な差異だけではなく、雪が降り続いたことによる時間的差異も大きいと考えられる。

尾根の傾斜が緩む箇所からは、積雪がすごくなり、スノーシューを付けていても、膝以上まで潜った。先頭は一歩毎に大きく沈むので、体力の消耗と時間の経過が大きかった。

三重嶽に到達するのは無理であることは明白で、せめて686mピークまでは行こう、出来ればもうひとつ先の小ピークまで、と考えた。ちょうどその時、南部が先頭で腰まで埋まるラッセルに奮闘していたが、スノーシューが外れてロストした。すぐに見つかると思ったが、どこに潜り込んだのか、見つからない。皆で、相当探したが、諦めてその場で引き返した。

雪はどんどん積もり、往路のトレースは消え、林道では雪崩跡も2カ所あり、冬山の怖さを感じた。往路と景観が変わってしまっていた。片足スノーシューになった南部は、歩く度にツボ足側が潜り込み、左足で引き上げる無限連続スクワットのようで、見ていて痛々しいが、どうしてあげることもできなかった。

17時前に車デポ地にようやく到着。タイヤチェーンが外れなくなったが、ジャッキアップして車輪を外すことで事なきを得た。帰路の国道367号線では地吹雪で視界が遮られることがしばしばあり、脱輪して動けなくなったり、峠で放置された車が散見された。

冬期の林道歩行の危険性を実体験するなど、反省材料も多い山行であった。

 

f:id:hirasankun:20170115232155j:plain

写真:スノーシューでラッセル

 

【感想】53期 髙橋秀治

昨年の夏に間谷から三重獄例会に参加してピークを踏んでいますが、積雪期にもピークが踏めればと参加しました。草川啓三「雪山を愉しむ」ナカニシヤ出版に記載されている通り、間谷の南尾根の取り付きは緊張の連続でした。また平坦なラッセルは登りのラッセルより進まないと実感したスノーシュー例会でした。

今回はピークは踏めませんでしたが、得るものの多い例会となり秋房リーダーをはじめご一緒頂いた皆様ありがとうございました。

 

【感想】54期 南部 桂

 初詣で引いたおみくじの結果は「凶後吉」、「旅立ち よろしからず」、「うせもの 出で難し」。

 大雪警報の中、出発が遅れ、無理のないところで引き返すことを前提に登り始めました。注意する気持ちもありながら、新雪の感触を楽しむ気持の方が1桁勝っていました。686ピークに着いたあたりから平坦な地形は1m以上の雪に覆われて、かつ新雪の下には低木の枝が多く潜んでいて度々足を取られました。腰ラッセルでなかなか進まない中、交代で私が先頭になりました。

膝で雪を押し付けて足を上げようとしても、左右の雪が崩れ落ちてまた埋まるため、1歩を進むために何度か同じ動作を繰り返したところ、右足が雪を踏み抜いてバランスを崩しました。ようやく右足を抜いたところ、後ろの高橋さんから「スノーシューが抜けてる」と言われて気づきました。どうせすぐに見つかるという気持ちで掘ってみたのですがなかなか見つからず、全員総出で半時間ほどかけて45mを掘り返したのですが、結局見つけられませんでした。また、春になってから探しにゆきます。

 「雪山のリスクに備えた行動をする」ことを本や雑誌で読んで頭には入れていたつもりでしたが、結局現実で起き得ることが想定できていませんでした。スコップ1本持ってきていれば恐らく見つかったはずですが、私は車にすら持ってきていませんでした。今回は4人のラッセルの後を歩かせてもらって片方がツボ足でも帰ることが出来ましたが、それでも数歩ごとに踏み抜きを繰り返して最後の林道(約56㎞)歩きは30㎞走並みに体力を消耗しました。もし一人であれば、歩きとおせたか心もとないところです。この林道歩きで更に半時間以上はロスしてしまい、特に下山後に初デートの予定をされていた女性には大変なご迷惑をかけた次第です。

 また、帰りの車でチェーントラブルが発生した時に、指先がかじかんでいたためにザック内に入れていた予備手袋や防寒着を着けるのに予想外に時間がかかり更に身体を冷やしてしまい指先の回復に時間がかかりました。車を出して頂いた小西さんが吹き付ける雪の中奮闘されていたのに、お役に立てず申し訳ありませんでした。

 今回のトラブルは単独行であれば事故になっていたかもしれませんが、パーティ山行だったために「経験」とすることができました。改めて山岳会とご一緒頂いた皆さんに感謝しています。ありがとうございました。

 

【感想】56 小西幸一郎

秋房リーダーの例会で、去年に引き続き車関係でのトラブル発生でご迷惑をおかけしてしまいました。

おかげで、四輪駆動車が欲しくなりました。

寒波の中、他にも色々ありましたが、今回ご一緒した皆様とまたご一緒させていただきたいです。ありがとうございました。

 

【感想】 54期 藤田哲陽

 今回の山行きでは大雪警報が出ていたので、どうなるかと心配していましたが、朝起きて雪が降っている様子もなく、逆に雪がないのではとも思いましたが、登山口に着いて雪の多さにびっくり、雪や風が強く、これ大丈夫、不安な出発となりました。

山に入ると予想通りの大雪、腰のあたりまでの雪、風雪が強く、手がかじかみ足も震えてくる状況、しかもラッセルで体力はなくなってくるし、久しぶりに雪山の怖さを味わいました。また、スノーシューが雪の中に埋まって出てこないというトラブルもあり、大変な山行きでしたが、秋房リーダーの的確な判断もあり、無事に帰ってくることができました。今回の山行きでは雪山のリスクをいろいろと味わうことができ、大変勉強になりました。これからの山行きに生かしていきたいと思います。山行きを企画し、リードしていただいた秋房様、一緒に山の中で身悶えてラッセルして下さったみなさま、ありがとうございました。

 

 

【感想】57期 藤田幸代

早朝京都市内は満月が出ていたのに、山に近づくと一面銀世界でした。一年ぶりにスノーシューをはいて林道のふかふかの雪の上を歩きました。

顔に雪が張り付いて痛かったですが、これぞ雪山という感じでした。山の取り付きに着くと、すごい急斜面で、滑ると一気に下の川へ、帰りの下りのことを考えると怖くなり、断念しました。

林道の帰り道、さっき通過した道が雪崩で埋まっていました。もし通っている最中だったらと思うと、あらためて雪の恐さを実感しました。

また、機会があればスノーシューを楽しみたいと思います。ありがとうございました。

 

【感想】 54期 藤松奈美

冬に一度はスノーシューを履きたい気持ちと、強い方ばかりなので後ろ歩いたらよいよ、という甘言に甘えて、参加することにしました。ところが、林道1時間半のちの取り付きの急斜面を見て臆してしまい引き返すことに。それでも、ふかふかの雪の上を歩けて大満足です。

車で待っている間、どんどん雪が降りつもり、車が雪に閉ざされていき、除雪車のひとに何しているのかと心配されたり、スコップで車や周りの雪かきしたり。雪国の人は大変だなあとしみじみ思いました。

なんだか大雪警報のなか、トラブル続きの山行だったようですが、みなさんのおかげでとても頼りになり、トラブルにあった時こそ、力強さが必要だと改めて思いました。助ける側の人になれるよう、今年は精進したいです。それとともに、ひさびさに大勢の方と山に行けてそれはとても嬉しかったです。

秋房リーダー、みなさま、本当にありがとうございました。

 

 

f:id:hirasankun:20170115232220j:plain

写真:林道上に出現した雪崩で生じた雪山

NO.3629 2017年1月7日(土)~8日(日)スノーシュー「若丹国境 堀越峠から頭巾山」

f:id:hirasankun:20170110213802j:plain

写真:若丹国境の稜線上に幕営

 

【メンバー】

L秋房伸一、AT、江村一範、平川暁朗 会員4名

【行程】

1月7日(土)京都=R162堀越トンネル手前車デポ地10:40~(忘れ物を取りに車デポ地に戻る)~国道旧道堀越峠11:25~12:16ムシュウ峠~12:36「P675西谷」~13:45横尾峠地蔵~14:57頭巾山15:07~15:23幕地

1月8日(日)4:00起床デポ地6:30~7:09横尾峠地蔵~7:50「P675西谷」~8:33国道旧道堀越峠~8:52堀越トンネル手前車デポ地

 

【天気】曇

【記録】52期 秋房伸一

 若狭と丹波の国境稜線上を、堀越峠から頭巾山までテント1泊で往復した。

スノーシュー例会として企画したが、本年は雪が無く、晩秋のハイキングのようになってしまった。車にスノーシューをデポしていこうという意見に異存ないところであったが、プチボッカのつもりでスノーシューは携行した。雪からの水つくりも出来ないので、各人行動用とは別に2Lの水を携行した。

メジャーな山域と違って、当然のことながら小屋等もないので、各人がビール、日本酒、共同装備?として焼酎1.8Lも担ぎ上げた。

とはいっても、ラッセルの負荷と比べると全然たいしたことなく、堀越峠から山頂まで3時間半、復路は山頂手前幕地から車デポ地まで2時間半弱で着いた。尚、往復とも数回、支尾根に入り込んで道間違いをしているので、ストレートに歩ければ、もっと早く到着するであろう。歩きやすくて、つい入り込んでしまう支尾根が多く、ルートファインディングには気をつけないといけない。

ラッセルだと平時の2~3倍以上の時間がかかるので、積雪状況によっては1泊ではきついかもしれない。

設営時、テントポールが破損したが、江村が新品のテーピング用テープを携行しており、事なきを得た。

稜線からは時折、若狭の海も見え、地味ではあるがよい雰囲気の山であった。

 

 

f:id:hirasankun:20170110213822p:plain

地図:GPS軌跡(赤線)

 

【感想】AT

お正月で増えた体重を減らす目的で参加させていただきました。

もがくようなラッセルを期待していましたが、雪はほとんど皆無で残念。

しかしながら迷いやすい上に、地形的にもアップダウンの繰り返しなので、これでラッセルをするような状況では、もしかすると頂上にもたどりつけていなかったかも。

家に帰って体重を計ったところ、まったく体重変わらず(むしろ微増?)。

精進します。

山頂まで持って上がったスノーシューはダイエット用のウエイトとして、テントフライの重しにと、幅広い用途で大活躍。

 

【感想】59期 平川暁朗

4年前にスノーシューを買ってから実際に使うべき場所で使ったのは5回くらいだろうか。

レンタル相場が2000円くらいと考えてもまったく元が取れていない。

昨年は暖冬でまったく出番がなかった。

そんなわけで今回スノーシュー例会と銘打ったこの山行に期待したわけだが、もう結論から言ってしまえば今回もまったく出番がなかった(が、ボッカウェイトとして持参)。

各地で雪不足やスキー場の営業ができないことも目や耳にしているし、こうなると私の財布事情よりも地球の温暖化がリアルに心配になってくる。

 

堀越峠から頭巾山ということで、正直まったくピンとこない山域だった。頭巾山を「ずきんやま」と読んでいた私だが、「ときんざん」と読むのが正しいらしい。

かつて行ったことのある長老ヶ岳に近いということでそこまで荒れた道ではないと考えていたのは甘かった。出だしから倒木をくぐるため匍匐前進に近い動きを余儀なくさせられるなど、道なのかどうかすら怪しい道をゆく実に山岳会らしい行程だった。

今回のメンバーは割と健脚な方ばかりで大きな問題はなかったが、ゆるふわ山ガールを連れてくるようなところではないことは間違いない。

山行中に我々以外の人間とは出会わなかったし、おそらくここ数日人が通ったような気配もなかった。秋房隊長と一緒でなければ山好きと言えど一生関わらなかったであろうルートだったかと思う。野生に放り出された感はたっぷりで経験値は確実にあがる。そういう意味ではやはり本会に入った意義はあった。

眺望は期待していなかったが、山頂周辺では意外にも日本海を遠くに見渡せ、周囲の山並もパノラマで見られるポイントもあり良好だった。

 

懸念していた初の冬季テント泊だったが、雪もない場所に人間ヒーターが両サイドにあったので、持ってきていたインナーシーツもテントシューズもダウンパンツもホカロンも使うことなく、寒さに震えることは一切なかった。

個装袋についても今回初めて使用したが、どこに何をやったか分からなくなることが多く改善したいところだった。よい工夫だとは思うのでソロテントでも活用してみたい。

帰りも同じルートだったが、やはりルートファインディングは難しく小迷いは何度かしたが、早期の修正と力技トラバースのおかげで10時頃の雨が降り始める前にはとうに下山できていた。

 

出発早々テントポールを取りに戻ったり、そのポールが設営時に折れたり、トラブルへの対処を目にできたのもちょっとした収穫だったかもしれない。

ひとり好きの寂しがりなので、個人的にソロで好んで来るような山ではないが、こんな形であれば時々このような山へ行くのは良い刺激になる。

 

 

 

 

 

【感想】59期 江村一範

スノーシューハイクは以前よりやってみたいと思ってた折に、秋房さんよりお誘い頂いたので参加する事にしました。残念ながら雪はありませんでしたが、温かい鍋と美味しい酒が楽しめた夜となりました。テントのポールが折れるなどアクシデントがありましたが、テーピングで補強するなど良い経験となりました。

 

 

f:id:hirasankun:20170110213849j:plain

写真:若丹国境、気持ちの良い稜線

 

 f:id:hirasankun:20170110213946j:plain

写真:正面に頭巾山

 

 

 

f:id:hirasankun:20170110214004j:plain

写真:若狭の海が見えた

 

 

f:id:hirasankun:20170110214013j:plain

写真:横尾峠のお地蔵さん

個人山行 2016年12月30日(金)〜2017年1月1日   だんだん富士山 奥秩父縦走

[メンバー]

江村一範+I(会員外)

 

 

【行 程】

 

30日 9:30大月駅~登山口11:30山口館~14:00白樺平~15:25雁ヶ腹摺山~16:10大峠~18:00黒岳~18:15白谷ノ丸~18:50湯ノ沢峠避難小屋

 

31日 5:00湯ノ沢峠避難小屋~6:00大蔵高丸~7:25米背負峠~8:50曲沢峠~12:00笹子~昼飯~12:20笹子分岐~13:40清八峠登山口~15:00清八峠~15:15清八山~17:15御巣鷹山17:30四季楽園

 

1日 9:00四季楽園~10:30霜山~1130カチカチ山展望台~12:00河口湖下山

 

 

[記録]59期 江村一範

 

ここ数年来、奥多摩や奥秩父の山域に通っている。関西からは馴染みの薄いこの山域は首都圏からの交通の便がよく、泊まりの長い歩きを楽しめる縦走路が豊富に伸びている。4年前には将監峠の小屋で出会った人と意気投合し、高速バスで東京へ赴いては山を一緒にする友人ともなった。今回も年越し山行を一緒にやることになり奥秩父のルートを考えてもらった。

大菩薩嶺の南にある雁ヶ腹摺山から笹子まで降りて、三つ峠山まで縦走し河口湖まで歩くルートだ。秀麗富獄十二景のピークを3つ歩けて(雁ヶ腹摺山、大蔵高丸、ハマイバ丸)、富士山を眼下に捉えながら歩けるこのルートは年越し山行に相応しいと喜んだ。

 

30日

29日夜に東京行きの深夜バスに乗り込み、翌30日早朝中央線に乗って東京の友人と合流し、8時半に大月駅へ着いた。大月駅から登山口までは長い林道があるのだが、駅から途中の遅能戸までのバスがあるので次の出発時刻まで喫茶店で待つ事になった。

 

 

f:id:hirasankun:20170116074235j:plain

(喫茶店で来ないバスを待つ私達)

バス発車時刻の9時半、出発時刻になっても一向にバスは来ない。時刻表を見ると年末年始で運休扱いとなっていた。いきなり1時間のロスとなった。さっきまで喫茶店でうつつを抜かしていた自分を呪いながら長い長い林道を歩きはじめた。天気は快晴。

 

登山口の金山鉱泉・山口館に着いたのは11時半。2時間余の林道歩きにボディブローを打たれた身体に鞭打って登り始める。最初から急峻すぎる登りに二人共閉口した。

おまけに私は1週間前の宝剣岳山行でできた靴ずれが痛み始めてなかなか歩める速度が上がらない。

大垈山まで登ると富士山が姿を表した。目標が見えているのは心地いい。眼前に人参を下げられた馬の気持ちで足をすすめる。

14時白樺平を通過。雁ヶ腹摺山の登りは緩い傾斜ですぐにも山頂に付きそうな気配が漂っていた。ここまで禄に休憩を取らずに歩いていた為バテてしまい、山頂間近で休憩をとる。すると2頭の鹿の親子が遠くからこちらを伺って近づいてきた。彼らの餌場であるらしく、座る私達の近くの草を食べ始めた。そんな親子を見ながら私達も遅い昼食をとった。

 

f:id:hirasankun:20170116074334j:plain

(鹿の親子とランチ)

 

15時25分雁ヶ腹摺山に到着。旧五千円札裏の富士山の絵柄はここから撮られた写真を基にしたらしく、富士山の眺めが抜群だった。16時10分大峠に到着。夕日に染まる富士山が拝めた。ここから本日の目的地の湯ノ沢峠まであと2時間。ヘッデンの準備をして黒岳を登り始める。ナイトハイクの苦手な友人の顔が曇る。

ついに17時10分日没。緋色のグラデーションをバックにした富士山のシルエットが美しい。ヘッデンをつけてナイトハイク開始。先頭を歩く友人のヘッデンが暗いのか度コースを見誤る。危ないので電池を交換する。ヘッデンは明るくなり友人の気持ちも充電された。

 

 

f:id:hirasankun:20170116074440j:plain

(雁ヶ腹摺山からの富士山)

 

18時黒岳に到着。懸念していた雪は無かった。だが動いていないとべらぼうに寒い。アウターを着込んで先を急ぐ。早く暖を取りたい。18時15分白谷ノ丸。ここでテントを貼っているのが1パーティ。ここも展望良く闇夜に浮かぶ富士山が幻想的だった。今日一日富士山を見てきたがまだ飽きない。下りはザレ道だったが、土が凍結していて歩きやすかった。湯ノ沢峠避難小屋に到着。年末なので混雑しているかと思ったが、男性が一人だけ先に休憩していた。

水場へ水を汲みに行って急いで鍋を作る。ワインを温めて飲みつまみを食べる。身体が暖まると眠くなり21時に就寝した。

 

31日

朝、4時に起床し朝食を食べ5時に出発する。この日は笹子駅まで降りて、三ツ峠山を登り返す事になる長い一日。最初の大蔵高丸は草原状の山頂から富士山が拝める。東の空が明るみ始め、徐々に灰色の富士山に色がつき始める。北西を見ると南アルプスの山嶺と南アルプス市の夜景がぼんやりと浮かんでいた。この大蔵高丸とハマイバ丸の道はとても気に入った。まるで絵の様な完璧な構図がしばらく拝めた。この道はまた来たいと思う。

 

 

f:id:hirasankun:20170116074528j:plain

(絵みたいな景色が続く大蔵高丸)

 

米背負峠、大谷ヶ丸、コンドウ丸を過ぎて曲沢峠から沢沿いに笹子まで下山する。ここの下りで初めて2パーティとすれ違う。12時笹子下山。せっかく街に降りたのだから何か食べようと地元の酒蔵笹一酒造がやっているレストランへ行く。大晦日にも関わらず店は営業していて助かった。店内には私達だけ。2人ともカレーライスを頼む。500円と安い。調子に乗って今晩用に地ビールの瓶を買う。なんだかこのまま家に帰りそうな気がしてきたが、まだ道は半分残っている。眠たくなってきた身体を奮い起こし出発。

 

 

f:id:hirasankun:20170116074603j:plain

(大晦日の食堂で大喜びの私達)

 

途中、名物であるという笹子餅5個入りを工場の店先で買う。2時間後この笹子餅には救われる事になる。追分を曲がって林道へ入る。また林道か二人で愚痴をこぼす。途中、同じ登山口を目指す車に声をかけられ、乗せてもらえるのかもと期待するが会話だけで車は去っていった。がっくり肩を落とし林道を1時間半ほど歩きやっと登山口へ。林道はもう懲り懲りだ。清八峠までの登りはかなり急峻で友人もかなり遅れ始めた。稜線に隠れて富士山は見えない。さっき昼飯をたっぷり食べたはずなのにお腹が鳴る。途中のベンチに座って、さっき買った笹子餅を1個ずつ食べた。力がみなぎってきた。かつて甲州街道笹子峠を越えるのに旅人が食べたという笹子餅は偉大なエナジーフードだった。15時に清八峠に到着後さらに笹子餅を食べる。清八山からは違う角度の富士山が拝めた。だんだん近づいているのが実感できる。なだらかな尾根を過ぎて御巣鷹山の登りになる。この日最後の登りだ。普段は強い友人が珍しく弱音を吐いている。行動開始から11時間を過ぎて2人とも疲れてきた。18時、四季楽園到着。この日の夕食は餃子キムチ野菜鍋を用意した。キムチのスープが温まる。餃子も美味い。冷凍餃子20個をボッカした甲斐があった。瓶ビールを栓抜き無しで苦労してこじ開けるが、あとで十徳ナイフに付いていたのを知りガックシ。不用な恥をかいた。ラジオで紅白を聞きながら年越し蕎麦を作って食べる。もちろん海老天も持ってきた。日本酒をぬる燗にして飲む。山中に有りながらも大晦日のメニューは大体こなせたと思う。疲れた身体に少ない酒で気持ちよくなって21時半に就寝。

 

 

f:id:hirasankun:20170116074628j:plain

(清八山の銭湯ライクな富士山)

 

1日

元旦5時起床。かまぼこ・卵焼き・黒豆・煮魚などを前夜のうちに切ってコッヘルに入れておいたおせちを食べる。乾燥ぜんざいに餅を入れて湯煎して食べる。紛うこと無く正月の朝食が再現できた。豪勢だがザックが重たい訳である。

 

 

f:id:hirasankun:20170116074651j:plain

(氷点下で食べるおせち)

 

初日の出と初富士を拝むため、6時頃に近くの三ツ峠山に登る。極寒の山頂には大勢の人が集まっていた。6時50分頃、日の出が出てきて歓声とシャッター音が山頂を響かせる。日の出は富士山の片頬を赤く染めて目出度い物を見た気分になった。戻って荷物を片付けると時間が余ったので432.96khz帯にて無線通信を試みる。アマチュア無線の免許を取って初めてのCQ(無線の交信を周囲に呼びかけること)だったが、反応は無い。他の会話に紛れようとするも年始の挨拶を長々と喋っておられて入り込めなかった。9時に四季楽園出発。

 

この日は霜山を通って河口湖へ降りるだけ。富士山納めとばかりに富士山をバックに写真を撮る。12時河口湖へ下山。正月で静まる街には外国の方が大勢観光していた。食堂でご飯を食べて湖畔のホテルで風呂に入った。高速バスで一旦東京へ行き友人宅で正月のご馳走を頂いた。

 

f:id:hirasankun:20170116074719j:plain

三ツ峠山の初日の出と初富士)

 

 

富士山に向かって歩くルートはとても気持ちよく、正月山行に相応しいものだった。ただ2日目の湯ノ沢峠から三つ峠山は12時間行動となった事もあり健脚じゃないと厳しい。三ツ峠山まで足を伸ばさずに笹子で泊まるか途中で幕営するとバランスが取れるだろう。笹子では酒蔵の売店や八百屋や笹子餅もあるのでボッカを少なくしてそこでの補給も可能だ。関西からは地味に行きずらい山域ではあるが、是非おすすめしたい縦走路(特に大蔵高丸~ハマイバ丸)である。(了)

 

 

f:id:hirasankun:20170116074756j:plain

(近づく富士山・河口湖

[個人山行]京都百名山シリーズNo.13 三岳山

平成281225()

f:id:hirasankun:20161226202805j:plain

三岳山(838m)は、丹波と丹後の境にある信仰の山である。麓に七王子神社、山頂直下に三岳神社があり、里には宿坊の跡、参道には丁石地蔵が置かれている。大江山から見る三岳山の姿はピラミダルで素晴らしい。今回は北東尾根に縦走し電波塔への林道に下りる周回縦走を行った。

f:id:hirasankun:20161226202816j:plain

【メンバー】 山本浩史L(車)、土井司    2

【行  程】 京都5:40=沓掛IC=(京都縦貫道)=京丹波みずほIC8:30上佐々木8:419:03仏坂口BS9:18王子神社9:2310:03三岳神社10:1310:28三岳山10:4610:59 P78811:29林道出合~12:18上佐々木12:3512:48常願寺

【登山データ】 晴れ 歩行10.2 3時間37 延登高786m 延下降786m 1座登頂

 

丹波みずほICを出て国道9号線を50㎞走り福知山市中佐々木の集落に達した。登山口となる仏坂口BSを通り過ぎて駐車場所を求めて府道530号線へと入って行った。周回縦走なので下山口との間の何処に止めても問題ない。ヘアピンカーブを過ぎた所に広くなった処を見つけ車を止めた。登山準備を整え走って来た道を1.8㎞引き返して仏坂口BSに戻ってきた。東に曲がり集落に入って行くと斜面が始まった。宿坊の跡と案内のある民家があり嘗ては蔵王権現信仰により修行する修験者を集めたことだろう。給水設備の所に少しばかりの駐車スペースがありピストン登山者には利用できそうだ。三嶽神社の大鳥居があり、集落の棚田の間を進んで行った。棚田の最上部に到ると七王子神社の鳥居があり振り返ると佐々木川対岸の伏見山(ふくみやま710m)が美しい。麓の谷間には仏坂の集落が長閑な山里風景を醸し出していた。鳥居をくぐり石段を登ると七王子神社の社殿に到った。寄進者の氏名が刻まれた石柵が村の鎮守のかつての勢いを感じさせてくれた。

神社の裏手から登山道となり尾根を登った。この道は名木巡りコースと名付けられウラゲトチノキやカツラの古木が福知山市の名木に指定され案内看板も設置されていた。急登が続き丁石地蔵が嘗ての参拝道に設置され八丁目地蔵から一丁ごとに目にしたが設置されていたようだが八丁目の次に七丁目が現れかと思うと十二丁、十三丁など、嘗ての位置から移動させられているのではと疑われるものもあった。やがて登山道は南にトラバースしだし福知山千年の森から始まる地蔵巡りコースと合流すると三岳神社に到った。山中にしては割と大きな社殿で嘗ては蔵王権現を祀る修験の道場であったと云う。

登山道は神社裏手に続き南から回り込むようにして三岳山(838m)頂上に達した。嘗ては奥の院があったというが今はその痕跡はない。1㎝程度の雪に覆われ真っ白な山頂からは西面の展望が良く磯砂山、高竜寺ヶ岳などを望むことができた。山頂には3等三角点「三岳山」があるが成果情報では処分保留の状態となっている。また電波反射板が設置されて北側が開かれていた。

今日目指す北東稜線は微かな踏み跡が認められ問題なく進むことができた。途中の目標はP788P650のみで山名を期待したが何の表示もなかった。基本下りだが一寸したアップダウンがあり、右手の樹林越しに大江山(832m)が望め撮影ポイントを期待したが果たせないままP650に到ると先に電波塔が見えた。林道が稜線に達する所にあると目算を付けたが、歩き易い稜線は北の方に誘導され稜線を離れた。やがて林道が見えてきたが一寸断崖になっていて林道へ下れるか不安になったが踏み跡が付いており何とか林道に下り立つことができた。

この後は3.6㎞の林道・府道歩きで上佐々木の駐車地点に戻るが入り組んだ林道から大江山の姿を望むことができ満足した。府道に飛び出した所は丹波と丹後の国境の峠で江戸時代のものであろうと思われる「従是東宮津領」の石碑が設置されていた。

f:id:hirasankun:20161226202828j:plain

f:id:hirasankun:20161226202838j:plain