京都比良山岳会のブログ

山好きの社会人で構成された山岳会です。近郊ハイキングからアルプス縦走までオールラウンドに楽しんでいます。

 三郡山地・高野山

福岡市近郊の宝満山は信仰の山で地元の人に登られている。しかし京都から登りに行く人は稀だろう。3連休で手ごろな山を物色していると目に止まり九州に行くことにした。もう一つ宇土半島の先端三角岳を目指したが敗退し高野山聖岳を登った。

20111223三郡山地6

写真6:紫尾山、中神島(三角西港付近より)

[個人山行] 三郡山地・高野山                成23年12月23日(金)~25日(日) 48期 山本浩史

福岡市近郊の宝満山は信仰の山で地元の人に登られている。しかし京都から登りに行く人は稀だろう。3連休で手ごろな山を物色していると目に止まり九州に行くことにした。もう一つ宇土半島の先端三角岳を目指したが敗退し高野山聖岳を登った。

1日目(12/23) 三郡山地

【行  程】 (12/22)新大阪14:09-16:43△博多6:05-6:50大宰府6:55~7:03太宰府天満宮~7:30豆塚山~7:47竈門神社~8:26愛嶽山~9:23宝満山~9:40仏頂山~10:12頭巾山~10:28三郡山10:48~14:29前砥石~11:45砥石山~11:59鬼岩谷~12:23ショウケ越~13:02若杉山~13:36米ノ山~15:01岳城山15:14~16:16篠栗16:30-16:48△博多

【山データ】  天候 晴れ時々雪 歩行 29.2㎞ 9時間20分 延登高 1,950m 延下降 1,955m 11座登頂

20111223三郡山地地図1

前夜は天神で旧友と一杯飲んだ。夜明けを待って太宰府駅から歩き出し、まずは太宰府天満宮に立寄る。参道は昔ながらの雰囲気があり本殿へと誘う。まだ明けきらない境内に本殿の明かりが神々しく感じられた。境内を北に抜け県道578号線内山三条線に入り天開稲荷神社を南に見て進む。先ずはウォーミングアップに豆塚山(145m)に登る。道は有るのかどうか分らなかったが、中腹に建物らしきものが見え取り付けの車道を進み其の終端から藪に突入し山頂に達した。何もないだろうと思っていた山頂には小さな山頂標識がありその傍らには紀元二千六百年竈門神社楓献植記念碑なる大きな石碑が藪の中に忘れ去られたように佇んでいた。下りは東側の斜面の藪を突っ切り下った。

再び県道を歩き竈門神社(かまどじんじゃ)の鳥居に達する。門前に有料駐車場があり登山者が利用するようで2組のグループが準備中だった。石段を登ると平成25年に鎮座1,350年を迎えるための工事が進む境内に風格ある本殿が構えていた。愛嶽山(めだけやま)への登山道はその右手に付いているのに「←宝満山」の標識に釣られて左手の車道に出てしまった。式部稲荷の鳥居を見ても何の疑問も持たず登山道に入ったが前方に見える山がどうもおかしく地図を見ると宝満山の正面登山道に進んでいることが判明、愛嶽山を飛ばすのは口惜しいので溜池の端で林道に出て少し戻る。内山林道(愛嶽道)に入って鳥追峠まで上がりバックするのがセオリーだが、途中に荒廃した林道跡が山頂方向に続いている。藪漕ぎも覚悟し此の林道跡に突入した。暫く進むと林道跡は途切れてしまった。覚悟の藪漕ぎとなり谷筋から尾根に取り付きピークへの直登を試みる。150mほどの標高差を登り詰め愛嶽山(おたけやま・439m)山頂に辿り着いた。

山頂には山頂標識の類はなく3mはあろうかと云う穴がポカリと開いている。岩が重なっているので人工の穴(石室)か自然に出来たものかは疑わしい。周りにロープが張られているので誤って落ちることはなさそうだ。Web記事によると此の西にある愛嶽神社の位置を山頂としているのが多いが439mの標高点はここだ。更に南500m程の処に3等三角点「愛岳山」(432m)のピークがあるが立ち寄りは省略した。南側直下に竈門神社からの登山道があり此処に入るとスイスイと鳥追峠に達した。此の峠名は鳥越峠とする説もあるようだ。内山林道をまっすぐ登れば此処に来ていた訳で、藪漕ぎとは云え短絡できたことに満足を覚えた。

宝満山への登りは行者道と呼ばれ急登が続く。だんだん岩がゴツゴツしだしロープの懸かった処もあり変化に富んでいる。晴れていた空が鉛色に変わり雪が降ってきた。北日本はクリスマス寒波に見舞われ、其の余波が日本海に面した福岡県にも襲ってくるようだ。遂に雪が降り出し登山道に白い粉を撒き散らした。岩を乗り越え石碑の広場に出ると其処は中宮跡、修験道のお堂などがあったようだが廃仏毀釈で取り壊され建物は何も無い。正面登山道が合流し道はしっかりした。メイン道で登山者の姿も多い。宝満山だけのピストンなのか下山する人と頻繁にすれ違う。山頂を巻く羅漢道と女道が分岐するが正面登山道は其の真ん中を尾根通しに進む。社が見えてくると宝満山(829m)山頂だ。昭文社地図には三角点マークがあるが此れは誤り、2.5万図には記載されていない。竈門神社上宮の社殿があり嘗て修験道の山として栄えた名残を留めている。岩岩した山頂からの展望は素晴らしく、場所を変えれば360度の展望が得られる。

縦走路は恐ろしく急な岩場を下る。ブナの根を踏んで枯らさないようにわざわざルートが変えられた箇所があり自然保護のささやかな取り組みが窺える。登り返すと仏頂山(869m)で祠があり山名に偽りは無い。3等三角点「河原谷」が設置されているが祠の位置はこれより1mほど高い処にあるので山岳標高としては870mあるだろう。縦走路を北に踏み出すと、P847と表示のある岩の上に登ると展望が良く頭巾山や三郡山、今降りてきた仏頂山を望むことができる。

頭巾山(ときんやま・901m)は縦走路から100m程飛び出した処に山頂があり昭和の森からの登山道が通じている。丁度男性二人組が登って来てシャッターを頼まれた。次の三郡山(さんぐんさん・936m)は国土交通省の航空監視レーダーのある山で施設の間を縫うようにして山頂に到る。3等三角点「三郡山」が置かれ本日の最高峰でこの山域の名前(三郡山地)の中心の山だ。まだ10時半だが小腹が空き大休止を取った。フェンスに囲われた山頂からは360°の展望があり素晴らしい。九州とは言え雪の降る日で、すぐに体温が奪われ寒くなって来た。20分で切り上げ北西に方向を変えた縦走路を歩き出す。2.9㎞先の前砥石まで山は無く100m程高度を下げた後はなだらかに進む。この間昭和の森への下山路が幾つも分岐する。

前砥石(805m)は草原状の山頂で展望良く次の砥石山や歩いて来た縦走路、三郡山が一望できる。砥石山(828m)との間は2.5万図では大きな括れに見えるが歩いてみると大したことは無く10分で到着した。20名程の高齢者団体が休憩中で愛煙家が多いのか煙草臭い。展望もないので山頂標識の写真を撮ってすぐに出発しようとすると飛んで火に入る夏の虫とばかりシャッターを頼まれた。団体から逃れるように先に進み鬼岩谷に到る。“谷”と名が付いても谷間ではなく1等三角点「鬼岩谷」が置かれた山頂だ。篠栗から登って来たと云うご夫婦が休憩中で靴の中に入った小石を取り出しながら暫し会話を楽しんだ。さっきの団体の先頭が見え出したのでそそくさと出発した。右に90°曲るように進み大きく高度を下げショウケ越(500m)に到る。県道60号線飯塚大野浦線が越えており宇美町の市街の中に井野山(238m)が見える。

県道を歩道橋で横断すると廃屋と化した避難小屋が見える。壁は無く床も剥れ最早使用できる状態ではなかった。若杉山への登り返しは杉の植林帯で暗く標高差は100m余りある。稜線に乗ると西に進行方向を変え小ピークを幾つも越える。1つ目に4等三角点「鮎帰」があるがうっかり通り過ぎてしまったようだ。男性二人が休憩している地点は岩杉ヶ鼻の展望地で歩いて来た縦走路が一望できる。此の二人に言わせると三郡山以降では最も展望の良い処であるそうだ。

もうひと登りすると若杉山(681m)で電波塔が林立している。山頂からは南側の展望が少しある。金剛頂院の奥の院や太祖神社がありこちらも信仰の山であるようだ。時刻はまだ13時、予定では篠栗駅に下るだけだがもう少し足を伸ばそう。先ずはさっきの2人組が、展望が良いと云っていた米ノ山(594m)に向かう。太祖神社から西南西に続く尾根にある4等三角点「「新刈倉」を見て行きたかったので石段を下りずに少々迂回して行くことにした。岳城への分岐からウッドチップの敷き詰められた遊歩道を引き返すように北上し車道に出る。奥の院遙拝所の前を通り、鳥居を潜り急な山道を登り詰めると米ノ山山頂だ。三宝荒神の石の祠があり、4等三角点「米ノ山」があったはずだが確認するのを忘れてしまった。突抜けて西に下ると車道の終点に展望台があり博多湾海の中道志賀島脊振山地が一望できる。また此処はハングライダーの飛行地としても夜景スポットとしても有名であるらしい。

帰りは車道を歩き遙拝所駐車場に戻り車止めのあるコンクリート道に入る。登山地図によると少し下るとトラバース道の分岐があるはずでそれらしきところに入ったがどうも“大和の杜杉の巨木林”に入ってしまったようで樹齢2000年、周囲16mもあると云う“大和の大杉”に達した。登山地図に記載がなく現在地が分からない。先に進むと七又杉という巨木が現れた。この先は特段の分岐もなく道なりに進むと進行方向が完全に反対方向を向きだした。指導標に「若杉山→」とあるので米ノ山へ歩いた遊歩道に出るだろうそのまま進むと思った通り元の遊歩道にでた。此れだったら真っ直ぐ引き返せば早かったのにと悔やんだがよく考えると大杉群を見られたのは怪我の功名で、喜ぶべきだろう。

1時間余りの米ノ山周遊を終えて今度は岳城山(たてじょうさん・381m)を目指す。若杉山北東の尾根を下り駐車場に通じる車道が右側から近づいて来た。帰りは此処から車道に出る予定だ。取付け道への案内表示もあり問題はない。この先は複雑な地形で山腹のトラバースとなる。最後にひと登りして山頂に到る。“高鳥居城址”の石碑があり綺麗に整備されていた。北面の展望があり博多湾は益々近い。此処にも3等三角点「竹城」があったが全く忘れていた。此処は鎌倉時代河津貞重が築いた城で中腹に大鳥居を立てたことに因み「高鳥居城」と云うそうだ。

来た道を引き返すと「←養老ヶ滝」の表示にピストンとなるリスクも感じながら上手く行けば短縮となり滝も見られる。谷をトラバースして山道が続き出てきた処は明王院、養老ヶ滝は此のお寺の中にあった。落差は5m程で嘗て修行が行われたのだろうか。明王院から先に進むと思惑通り車道に飛び出し約4㎞の車道歩きで篠栗駅に到着した。10年前に電化された篠栗線は福岡近郊の路線として頻繁に列車が走るようになっている。20分弱で博多に戻ることができた。

2日目(12/24): 高野山

【行  程】 △博多6:10-8:14波多浦8:15~8:53高野山9:00~9:14聖岳~9:43大田尾BS~10:15三角西港~10:41三角ST11:20-18:14△別府

【山データ】  天候 晴れ 歩行 11.0㎞ 2時間26分 延登高 358m 延下降 358m 2座登頂

20111223三郡山地地図2

熊本県宇土半島は天草への入口、半島先端の三角岳を目指しJR三角線波多浦駅から歩き出した。まずは電波塔のある高野山に登る。果樹園の中の作業道を歩き高度を上げた。景勝地の天翔台が目の前に見える。三角瀬戸の向こう大矢野島にある飛岳の円錐形が綺麗だ。作業道の上部は緩やかな傾斜で何度も折り返すように付けられた道は短絡できないかと藪を覗くと手入れされず密生した竹藪でとても突入できる様子ではない。仕方なく道なりに進み最後のターンをすると駐車場もあり一寸した園地になっている。車道の終点は電波塔でこの辺りが最高所のようだ。電波塔の傍らに「名勝地 高野山267米」とあり4等三角点「高野」(263m)より4m高い。さてその三角点はと周りを探し回るが見つけられなかった。後で調べてみると何んと電波塔フェンスの角の側溝の中に収まっているようで蓋を開けないと拝めない。街中の三角点で聞いたことがあるが山頂の三角点でこんなこともあるものだ。

車道が左に消えて行く先端から藪に突入し三角岳を目指す。余り明瞭な道ではないが赤テープがしっかり付いている。一つ目のピークに登り返しP254に達したが展望は無い。赤テープに釣られて“北”に進んだが此れが間違いの始まりだった。暫く進むと展望の利く小ピークに達し聖岳との山頂標識を見つけた。北には有明海島原湾、その先の陸地は島原半島雲仙岳(1,486m)が聳えている。平成2年から始まった噴火で形成された溶岩ドームが平成新山となり火砕流の流れた跡が未だに生々しくその痕跡を見せている。

撮影を終えて先に進もうとすると下り一方の道で此れはおかしい。三角岳は左に見えているので道を探すが此れしかないようだ。少し下るとトラバースするのかと思い下るが一向に現れないコンパスの方向も違う。間違ったかと無理やりトラバースすると踏み跡らしき道に出たので恐ろしく急だが下って行った。一向に鞍部に達せず標高が100mを切ってやっと谷底に付いた。これは縦走路を外れかなり北に下りてしまったようだ。到った谷道は古い道跡のようで三角岳とP254の間の峠を越えていた古道で海岸沿いに道路が開通し打ち捨てられた道ではないかと想像した。縦走路に復すには標高差100m余りを藪漕ぎすればいいのだがもう時間切れ。予定の列車に間に合わなくなってしまう。

もう諦めて“古道跡のような”谷間を北に向けて歩いた。出てきた処は大田尾集落のバス停だった。持参した2.5万図はP254までで其れ以北の地図はもっていない。最後の頼りのGPSは時間がなく地図をダウンロードしてこなかった。此れだけ悪条件が揃うとどうしようもない。三角行のバスは1時間半後までなく距離がどれだけあるかも分からないが仕方なく歩き出した。海岸を走る国道57号線からの景色は最高で雲仙岳が遮るものもなく向側に見えた。半島を回り込むと大矢野島との間の三角瀬戸に浮かぶ中神島と紫尾山が形よく真っ青な空に映えていた。三角西港の公園には明治期の建物浦島屋や龍驤館などが保存され一寸した観光施設となっている。天翔台の西を回り込むあたりでは大矢野島に渡る天門橋と飛岳が圧倒的だ。怪我の功名から聖岳の展望と海岸の展望を楽しめたが、P254で方向を確認しなかったのが今回のミスの原因、あそこで西に進まなければいけなかったのだ。必要なエリアの地図は持ってくること、赤テープを頼り過ぎないこと反省しきりの軽登山だった。

3日目(12/25): 南郷

【行  程】 △別府8:54-13:49南郷~14:24外之浦港~15:07南郷15:35-17:18宮崎空港18:50→19:55大阪空港

【山データ】  天候 晴れ 歩行 6.3㎞ 1時間17分 延登高 13m 延下降 13m 0座登頂

最終日は山ではない。列車待ちの時間を利用して日南市南郷の外之浦港を巡った。1時間40分程で行けるところと云えば都井岬幸島などの観光地は遠くて無理、地図もなく近くに見える山も無理、平地を気の向くままに歩いていると外之浦という港に辿り着いた。魚釣りをする人を眺め、湾の入り口にある黒島を眺め一周して駅に戻った。《山紀行756》

【登山データ計】  歩行 46.5㎞ 13時間03分 延登高 2,321m 延下降2,326m 13座登頂

20111223三郡山地地図3(高野

20111223三郡山地1

写真1:仏頂山(三郡山山頂より)

20111223三郡山地2

写真2:三郡山地の山々(前砥石山頂より)

20111223三郡山地3

写真3:脊振山(米ノ山展望台より)

20111223三郡山地4

写真4:雲仙岳聖岳山頂より)

20111223三郡山地5

写真5:高野山聖岳山頂より)

20111223三郡山地7

写真7:南郷外之浦港とP183