京都比良山岳会のブログ

山好きの社会人で構成された山岳会です。近郊ハイキングからアルプス縦走までオールラウンドに楽しんでいます。

〈個人山行〉 戸倉三山・三頭山

冬の奥多摩は展望が良い。関東の山は少し上がると富士山が見え関西人には応えられない。山岳会のメンバーに声を掛けたところ3名が同行してくれ戸倉三山と三頭山を縦走した。

20121222戸倉・三頭山6

 

写真6: 富士山3,776m(12/24三頭山西峰より)

 

 

[個人山行] 戸倉三山・三頭山           平成24年12月22日(土)~24日(月)

冬の奥多摩は展望が良い。関東の山は少し上がると富士山が見え関西人には応えられない。山岳会のメンバーに声を掛けたところ3名が同行してくれ戸倉三山と三頭山を縦走した。

 

【メンバー】 山本浩史L、加藤一子、井上純子、亀島文子(瀬音の湯で合流)、宮森千治(非会員・三頭山避難小屋で合流) 計5名

 

1日目(12/22): 戸倉三山

【行  程】 京都23:00=(▲京阪神ドリームさいたま号)=6:20立川6:30-7:01武蔵五日市7:05=7:11今熊山登山口7:15~8:10今熊山~9:33刈寄山~9:48入山峠10:00~11:55イッポチ山~12:03市道山12:18~13:38臼杵山13:57~14:03臼杵神社~14:25グミ御前~14:44荷田子峠~15:02盆堀山~15:20城山~15:46戸倉16:28~16:54△瀬音の湯

《短絡コース》 14:03臼杵神社~15:21荷田子峠~15:50荷田子BS 16:01=16:06戸倉(合流)

 

20121222戸倉・三頭山地図1</a

 

 

京都駅22:45、集合時間となったが一人来ていない。連絡を取るとまだ長岡京だという。気を揉んで待ったが無情にもバスは定刻で出発してしまい3人旅となった。所定なら中央道を走るが笹子トンネルの天井板崩落事故による通行止めが続き東名高速を迂回したが定刻少し前に立川駅に着いた。慌しく青梅線の武蔵五日市行に乗り、これまた慌しく八王子行のバスに乗換え今熊山登山口に着いた。京都から降り続いている雨はまだ止む気配はなく雨具を着ての歩き出しとなった。

 

今熊山参道への分岐点に通行止めの表示があり予定ルートが通れず変電所の西方へ迂回を強いられた。大規模な新多摩変電所を右に見て歩き明瞭な標識に導かれて登山道に入った。谷間を縫うように遊歩道が付けられて北尾根から急登で今熊山へと取り付いた。今熊山(505m)山頂には今熊神社が鎮座し立派な社殿がある。参道方面の通行止め表示の下に「伐採作業のため」と書かれていたが今日は雨天で作業はしていないだろうが・・・800mは余分に歩いたようだ。参道方面に少し下るとトイレがあり、縦走路が分岐する。此処からは長谷恒カップのコースで完走者の加藤さんは感慨一入だろう。

 

南側は採石場で大きく削られた斜面は2.5万図でも明らかで雲海の下から作業の音が聞こえてくる。南西方向に縦走すると小さなピークが幾つもあり結構きつい。2.4㎞の間のピークに一つくらい山名が付いていることを着たして歩いたがアップダウンが続くのみ。やがて分岐に達し刈寄山へ0.5㎞のピストンを行う。女性陣はザックをデポしたが山本はカメラを濡らしてはいけないと背負ったまま進んだ。一つピークを越すと入山峠への分岐があり山肌を巻いて短絡できそうだ。

 

刈寄山(687m)山頂には2等三角点「戸倉村」があり立木の隙間から展望が利く。この刈寄山に市道山、臼杵山を合わせて戸倉三山と云う。臼杵山の842mを最高峰とする低山で我々のように避難小屋泊まりの装備を持って登る山ではない。然も雨降りに! 加藤さんは1月前の佐渡ヶ島200㎞レースで壊れた体が元に戻らずスピードが上がらない。来た道を引き返し、先程見つけた入山峠への近道を行くが、加藤さんと井上さん更にひと山越えてザックをピックアップした。南側直下に盆堀林道が巻き付き、入山峠ではこの林道が交差していた。此処で二人を待って南下すると旧入山峠だが特に表示もなく通り過ぎてしまったようだ。イッポチ山への尾根は「峰見通り」と名があり八王子市とあきる野市の市境界となっている。西へとアップダウンの道は続き2.2㎞でイッポチ山(約780m)に達した。市道山の南東に位置し、八王子市とあきる野市に加え檜原村との3市村界となっているが山頂標識はなく展望も利かない。吊尾根が分岐し、加藤さんの走った“長谷恒カップ”の道が南に去って行った。市道山(795m)は3等三角点「逸歩地」があり展望が良い。しょぼしょぼ降っていた雨が上がり奥多摩の山々を見るとガスを纏い神秘的な美しさを伴っている。

 

昼食休憩を取り進路を北へと変えて620mの最低鞍部まで下り、アップダウンを繰り返しながら臼杵山(842m)へと達するが、加藤さんのスピードは益々落ちてしまったようだ。戸倉三山の最高峰、臼杵山は3等三角点「臼杵山」があり200mほど北に臼杵神社の祠がある。予定を30分近く押してしまったので短絡コースを提案、1.5㎞先の荷田子峠から荷田子へ下りる、井上さんと共に下山してもらうことにした。明日の食料を調達する必要があるので、荷田子からバスに乗り戸倉のコンビニに向かう。山本は予定通りグミ尾根を戸倉まで縦走してコンビニと云う計画だ。

 

二人と臼杵神社で分れグミ尾根を北東に進む。快速歩行で行かないとこちらが遅くなってしまう。二人と臼杵神社で分れグミ尾根を北東に進む。快速歩行で行かないとこちらが遅くなってしまう。グミ御前は“山”かと思っていたがそうではなく石像かなんかの跡があり「茱萸御前」と石碑があった。荷田子峠は標高約400m、北へ600m下ると荷田子の集落だ。しかしグミ尾根はまだ続く、戸倉城山と指導標の示す方向を目指す。2.5万図によるとP391は南に飛び出したように登山道が90°折れ曲がっている。現地に達すると「盆堀山」(ぼんぼりやま)と表示があり思わぬところで1山儲けた。城山(434m)はその名の如く戸倉城の跡で3等三角点の名は「戸倉城山」、あきる野市五日市の市街が望め展望は良好。西の方に出丸のピークがあり、山全体に堀切や竪堀の跡が残ると云うが余り明瞭ではないようだ。誰がいつ築城したか明確ではなく宮本氏や網野氏の南一揆衆の時代と案内版にあったが余りにもローカル過ぎて知らない歴史だ。

 

キツイ急斜面を光厳寺へと下山し、戸倉BS付近にあるセブンイレブンに着いた。雨具を始末していると瀬音の湯行のバスが来た。亀島さんが乗っているのでは? と車内を探すと乗っていました! 亀島さんも気づき手を振りあってまた行き分れ。翌日からの食料を買って待っていると加藤さんと井上さんが到着、車道歩きで十里木から吊橋を渡り亀島さんの待つ瀬音の湯に到着した。

宿泊は綺麗なコテージで、入浴後隣接の温泉隣接のレストランで夕食を取り、部屋で又一杯飲んで早々に寝に着いた。

 

2日目(12/23): 三頭山・浅間尾根

【行  程】  △瀬音の湯6:15~十里木6:32=6:45笹平6:53~7:56内蔵ノ助山~8:12払沢ノ峰~8:37松生山~8:52天領山~9:08浅間嶺~9:25小岩浅間~10:10一本松10:23~10:45数馬分岐~11:31御林山~12:12戸沢峰~12:40鞘口峠~13:45三頭山東峰~13:55中央峰~14:02西峰~14:23△三頭山避難小屋

《短絡コース》 十里木6:32=7:08浅間尾根登山口BS 7:20~8:47数馬分岐~10:16御林山~11:32戸沢峰~12:18鞘口峠~13:35頃三頭山手前で合流

【登山データ】 天候 曇り一時雪

《所定コース》 歩行 18.7㎞ 7時間30分 延登高2,156m 延下降1,036m 12座登頂

《短縮コース》 歩行 10.3㎞ 7時間03分 延登高1,386m 延下降 567m 5座登頂

20121222戸倉・三頭山地図2

 

20121222戸倉・三頭山地図3

 

今日は三頭山避難小屋に泊る。加藤さんの体調を気遣って短縮コースを取ってもらうことにした。他の二人も短縮コースに同調し人里(へんぼり)から登り人里峠で浅間尾根に乗ることになった。早朝のバスは瀬音の湯に入らないので十里木BSまで歩き同じバスに乗った。山本は再会を約して笹平で下車し浅間尾根の先端から登りだした。登山口はバス停のまん前で、お墓の横から細い踏跡を登る。登山地図には赤点線道で記されているのでこんなものかと思ったが他の踏み跡が合わさり明瞭な道となった。となるとあれが正しい登山口だったのかどうか怪しいが、尾根通しの道はやがて立派な指導標も現れ、赤実線道でも十分だと思われる。

 

南秋川を捻じ曲げるように押し出した浅間尾根(せんげんおね)の先端は等高線が混み合って急登を強いられる。登り口から1.4㎞先の701m標高点まで50分も掛った。人里峠まではまだ5.6㎞ある。短縮コースの皆は8時には峠に達するだろう。追い付くにはスピードを上げて行くしかない! しかしそう簡単にいかない浅間尾根、2.5万図には表れないアップダウンが結構ある。その中に予期しなかった山頂標識を見つけ嬉しくなった。内蔵ノ助山(783m)と払沢ノ峰(ほっさわのみね858m)で、小さな山頂標識があるだけで展望はなかったがピーク性のある処は嬉しいものだ。次の857m標高点にも名前はあるかなと期待したが新たな発見はなく松生山(まつばえやま934m)に到った。3等三角点「松倍」があり笹尾根や御前山の展望が良い。

 

松生山を過ぎ浅間嶺を目指して歩を進めると936m標高点に天領山と山頂標識がありまた1山儲けた。展望はないので証拠写真を撮っただけで通過した。浅間嶺は登山地図によると上川乗からの登山道と合流した後に出てくる903m標高点の地点に記されているが、実際は合流点に到るまでの時坂峠(とっさかとうげ)からの道が合流した直後にあった。なだらかなピークに立派な標識が立ち冬枯れの木立ちの隙間から御前山や大岳山を望むことができた。等高線から読み取ると山頂の標高は約890mとなる。西の鞍部に下ると上川乗からの登山道が合流し90°右に曲がる。浅間嶺休憩所の東屋とトイレがあり直ぐ近くまで林道が上がってきている。メイン登山道は稜線の北側を巻いているが稜線ルートにも指導標がある。勿論稜線ルートを通り2.5万図に示されている903m標高点に到ると“小岩浅間”の標識があり浅間嶺とは別の山として存在を誇示していた。

 

巻道と合流し少し行くと加藤さん達が登って来た筈の人里峠に着いた。時刻は9時38分で1時間30分余りのビハインド、ゆっくり行程とは云え追い付くのは大変だ。それにしてもどうして人里と書いて「へんぼり」と読ますのだろう? 地名とは摩訶不思議。人里峠を過ぎP911の取り付きに達した時、今日始めて人と出会った。ひょっとしたら山名のある山かもと思い斜面を這い上がり最高所に立ったが残念ながら山名はなかった。しかし明瞭な道があり巻かず真面目に稜線ルートを歩く人もいると云うことだろう。登山道がピーク南の巻道で入り組むと先端に「一本松(一本杉)」の標識を発見。右手に登路がありピークに這い上がると此処が本当の一本松山頂、3等三角点「石宮」のある標高930mのピークで浅間尾根北側の笹久保からの赤点線道が上がってきている筈だ。樹林帯で展望はないが、10時を過ぎお腹が空いた、大休止を取って昼食タイムとした。

 

一本松の北西尾根通しに進むと元の縦走路に復すことが出来た。P929の南を巻く地点で笹尾根が障害物なく見えるポイントがあり、丸山や土俵岳を望むことが出来た。もう少し進むと“サル石”なる大岩があり案内版に「サルの手形のついた大きな石、手の形はよく探せばわかるよ!」と記されているのだが・・・

 

明日笹尾根から下山する浅間尾根登山口から反対側の浅間尾根に登ると“数馬分岐”或いは1.1㎞先にある数馬峠に出て来る。その先に仲ノ平からの道が合流する。この少し手前で縦走路は漸く標高1,000mを越えた。御林山(1,078m)は登山道が南側を巻いており踏み跡に従って山頂に立ち寄る。修験道の行場なのか那智山西岸渡寺の札が置かれていた。展望はないが3等三角点「風張峠」がありその名前から奥多摩主稜が近いことを感じる。風張峠は奥多摩主稜線にある峠でこの辺りの指導標には「←風張峠」と記されている。鉄柵に行き当たると奥多摩周遊道路が浅間尾根を横切る地点で10m近く切り通されている。斜面を下りると駐車場があり数台の車が止められていた。分断された尾根の続きに乗るには恐ろしく急な斜面を這い上がり稜線の西側を巻き気味に進む。登山地図でもこの区間は赤点線道となっており一寸危険。砥山(といしやま1,302m)が左手に谷を挟み大きく見えるので短縮隊が歩いているのではと比良山コール「ホ、ホホーイ」を試みるが帰って来るのはこだまばかり。女性3人組一体どこを歩いているのだろう。

 

長い浅間尾根もいよいよ終わり奥多摩主稜線に達した。1,249mの標高点で指導標にはマジック書きで戸沢峰と書き足されていた。此処からは2年前に歩いた道だが余り記憶に戻ってこない。そして砥山の登山道は北側を巻いているので短縮隊が山頂に寄ることは考えられない。御林山も登っただろうか? と考えながら歩いていると鞘口峠(さいぐちとうげ1,140m)に達した。時刻は12時40分、人里峠から3時間歩いた。2倍の速度で歩いているとしたら1時間30分のビハインドは取り戻せている筈。案外元気なのだろうか?

 

此処からは三頭山へ標高差390mの登りが始まる。標高が上がり終に雲の中に突入してしまい展望は何もなくなってしまった。檜原都民の森の遊歩道が蜘蛛の巣のようにあり、陽光の路やコマドリの路など名があるが何れも登山道とは別物のようだ。下山してくる人に「女性3人組を見なかったか?」と尋ねるが「見てないね」と言う。と言うことはもう避難小屋に着いているのだろうか? それとも・・・ と心配になってきた。三頭山が近づいて来たとき前方に見覚えのあるザックが動いている。「ホ、ホホーイ」、振り返った顔は加藤さんと井上さんだった。亀島さんがいない。二人を置いて先に行ってしまったと言う。それでは女性3人組は見ない筈だ。しかも人里峠ではなく、更に奥に入り浅間尾根登山口から数馬分岐に上がったと云う。山道8.4㎞も短縮すれば簡単に追い付く筈はない! 言い方を変えれば未だ此処か! と云うことでやはり加藤さんは回復していなかった。

 

三頭山はその名の如く3つのピークを持つ山で、最高峰は中央峰の1,531m、次いで東峰(1,528m)、西峰(1,525m)は一番低い。東峰には展望台があり御前山や大岳山が見える筈、3等三角点「三頭山」がある。中央峰は主峰と云うだけで展望なし。御堂峠を挟んで西峰は東京都と山梨県の都県境で山梨百名山の標識が立ってる。山頂は広いが泥濘で田圃状態、富士山や雲取山を始め石尾根、奥秩父の山々の展望が良い筈。東峰で亀島さんとも再会し記念写真を撮って今日の宿泊地の避難小屋へと長い階段を下って行った。

 

三頭山避難小屋はムシカリ峠の南20m程の処にあり、新しく綺麗で窓は二重サッシで隙間風はない。以前はストーブが置かれていたそうだが広すぎてこの季節は寒々しい。やがて亀島さんの知人で昨年末の関西百名山シリーズ七種山にも来てくれた東京浅草橋在住の宮森さんが都民の森からの最短コースで登って来た。歩荷してきた酒を飲んでウダウダしていると男性が一人入って来たが少し休憩して知らぬ間に出て行った。今日は我ら5人の貸切で早々と夕食を済ませ陽が落ちると急激に寒くなりシュラフに入り自由が奪われると6時には寝に付いた。

 

3日目(12/24): 三頭山・笹尾根・大羽根尾根

【行  程】  △三頭山避難小屋6:20~6:38三頭山東峰6:53~6:54中央峰~6:58西峰7:07~7:17三頭山避難小屋7:32~7:40大沢山~8:29槙寄山~9:00笹がタワ峰~9:29大羽根尾根分岐~9:52大羽根山~10:35浅間尾根登山口BS ~11:05数馬の湯13:27=14:24武蔵五日市14:32-16:17東京23:10-(▲ムーンライトながら)-5:53大垣5:58-8:02京都

【登山データ】  天候 晴れ 歩行 10.8㎞ 4時間45分 延登高 432m 延下降 1,224m 7座登頂

20121222戸倉・三頭山地図4

 

未明に外に出てみると凄い星空、今日は行ける! 日の出は6:44。夜明け前に三頭山に登りご来光を見よう。という事で、6時20分に小屋を出発し東峰で日の出を待った。地平線に雲があり、太陽が顔を出したのは6時48分だった。太陽の出る方向にブナの大木があり冬枯れの隙間から拝んだ。三頭山と御前山、大岳山を合わせて奥多摩三山と称し東峰から三山の他の2峰を望むことが出来る。西峰に進むと昨日は見えなかった富士山が優雅な姿を現し三ッ峠山と鹿留山を両翼に従え麓に富士吉田の街が広がるロケーションで見ることが出来る。北の方には雲取山・石尾根の山々も望むことができた。昨日田圃状態だった山頂は完全に凍り全く不愉快さはない。

 

小屋に戻り小屋前からも富士山を拝み、予定通り出発、笹尾根を下ると直ぐに大沢山(1,482m)に達する。此処からも富士山の展望が良い。この先は比較的なだらかな稜線で大きな登り返しもなく、加藤さんも辛さが少ないようだ。槙寄山との鞍部はクメケタワ(1,130m)で長い距離で緩やかに登り返す。槙寄山(1,188m)山頂は3等三角点「千軒平」があり展望も良い。御前山や富士山が望めるが権現山の稜線で富士の裾野が隠されてきた。東に下ると直ぐに西原峠(さいはらとうげ)で数馬への下山路が分岐する。

 

笹ヶタワ峰は縦走路が北側を巻いているので山頂にそれほど拘りのない人達は何の興味も示さず先に行ってしまったが、一人で稜線を辿った。山本の持っている2008年の登山地図にはP1157の処に笹ヶタワ峰と書かれているが2012年版ではその先の仲ノ平への分岐の先にあるP1121の地点が笹ヶタワ峰とされている。さて本当はどちらということだがP1157には標識はなく、P1121に古い私製の標識が掲げられているが私製の標識ではどれほど信憑性があるか? ピーク性からするとP1157としたい。だが謎は深まるばかり。

 

このP1121を越えると大羽根山への分岐はすぐの筈、先頭の亀島さんは随分先に行っている。左手に伸びる尾根に間違いない。標識はないが明瞭な道が北方向に分岐している。本来はP1121の直下で分れていたようだがここは南からの分岐のようだ。「ホ、ホホーイ」のコールで皆を呼び戻し、偵察してみるとやはり北からの道と合流しそこには大羽根山、浅間尾根登山口を示す指導票があった。歩き易い尾根で標高1,100mの地点で平坦な稜線となり木立の途切れから笹尾根では木が邪魔して見えなかった三頭山や砥山をしっかり見ることが出来た。大羽根山(992m)は尾根の張り出しの先端部の膨らみで上から来ると殆ど登りなく達する。檜原街道、南秋川の谷間に張り出した大羽根山は浅間尾根から見るとそれなりの存在感がありそうだが見通せる地点はなかった。山頂からの展望は良く、三頭山を始め奥多摩三山がすべて望めて最後に大満足した。

 

大羽根尾根は登山地図には細点線道となっているが明瞭な登山道があり気持ち良く歩ける。10数人の高齢者集団すれ違った。この集団とは帰りのバスでまた一緒になる。尾根の先端部は道が二途に分れ好奇心から別ルートを歩いたらもう登山口まで一緒になることはなかった。昨日短縮コースを取った皆はこの浅間尾根登山口からぐるりと一周したことになる。檜原街道を奥に歩き数馬の湯温泉センターへと向かった。帰りのバスまで2時間20分もありゆっくり入浴し昼食も食べて寛いだ。13時27分のバスに乗ると笛吹(うずしき)だったかで大羽根尾根で出合った高齢者グループが乗り込んで来た。後の席に座ったリーダーは早速日本酒を飲みだしその酒臭い口で話しかけられ閉口したがそこは山屋、話は盛り上がり、彼らは東京野歩路会(とうきょうのぼろうかい)のメンバーと知れた。この会90年の歴史を持つ会員数1,000人を超える会で都岳連に属し長谷恒カップの運営にも参加したそうだ。

 

東京に着くと復元された丸の内の東京駅舎を見て、明日の仕事が休めない加藤さんが新幹線で先に帰京した。“ムーンライトながら”で帰る残り3人に山本の友人4人がJoinし、八重洲の居酒屋に入りクリスマス忘年会で時を過ごした。《山紀行790》

 

【登山データ計】 《所定コース》 歩行50.8㎞ 21時間54分 延登高 4,373m 延下降4,035m 26座登頂

《短縮コース》 歩行39.9㎞ 20時間55分 延登高 3,409m 延下降3,380m 17座登頂

 

【感想】 48期 井上 純子

1日目の今熊からのコースはずっと尾根通しの道で展望はよかったけれども、名もなきピークをいくつも越えて、名のあるピークを目指す、なかなかハードなコースでした。

2日目の笹平からの超ロングランコースはリーダーにお任せして、浅間尾根登山口からのショートカットで浅間尾根の西側を歩きました。1日目ほどアップダウンが厳しくなく、葉っぱの落ちた樹間から、北側の倉掛尾根や奥多摩湖の端っこが見えたりして、楽しい尾根歩きでした。

3日目の朝、三頭山山頂は非常に寒かったですが、ご来光と富士山を拝むことができて、これまた大満足でした。

3日間を通してよかったなと感じた点は東京都の山でありながらも、山梨県境を歩く、山深いコースであったため、登山者が少なく、気持ちのよい山歩きができたというところです。

最後に、リーダー他同行の皆様には大変お世話になり、ありがとうございました。

 

20121222戸倉・三頭山1

写真1: 刈寄山687m(12/22市道山より)

 

20121222戸倉・三頭山2

写真2: 三頭山中央峰山頂にて(12/23)

 

20121222戸倉・三頭山3

写真3: 三頭山避難小屋(12/23)

 

20121222戸倉・三頭山4

写真4: 三頭山のご来光(12/24)

 

20121222戸倉・三頭山5

写真5: 三頭山西峰山頂にて(12/24)

 

20121222戸倉・三頭山7

写真7: 三頭山1,531m(12/24大羽根山より)

 

20121222戸倉・三頭山8

写真8: 御前山1,405m(12/24大羽根山より)

 

20121222戸倉・三頭山9

写真9: 大岳山1,267m(12/24大羽根山より)