京都比良山岳会のブログ

山好きの社会人で構成された山岳会です。近郊ハイキングからアルプス縦走までオールラウンドに楽しんでいます。

京都百名山シリーズNo.20 鬼ヶ城

 

平成29年4月22日(土)

 

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写真1: 鬼ヶ城(544m)山頂は展望が素晴らしい

 

鬼ヶ城(544m)は福知山市の市街地から北に望むことができる山で山頂からの展望は菅らしい綾部から西に向けて流れてきた由良川は此の山の山麓西側を回り込むように向きを変え北側にも由良川を見ることができる。今回は烏ヶ岳か南東にある高龍寺山へと縦走を試みた。

 

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【メンバー】 山本浩史(単独)(車)

【行  程】 桂川6:30=沓掛IC=(京都縦貫道)=京丹波みずほIC=7:55三段池公園P 8:05~8:13城山~8:42醍醐寺~9:31鬼ヶ城峠~9:46鬼ヶ城10:05~10:35烏ヶ岳~11:47印内三角点~12:55高龍寺山~13:19南尾根取付~14:06三段池公園P 14:11=14:24福知山温泉養老の湯15:35=千代川IC=(京都縦貫道)=沓掛IC=17:04桂川

【登山データ】 晴れ 歩行16.6㎞ 6時間01分 延登高1,041m 延下降1,041m 4座登頂

 

三段池公園の入口にある第一駐車場に車を止めた。三段池の南西端に達すると池越しにこれから向かう鬼ヶ城、烏ヶ岳がどっしりと聳えていた。鬼ヶ城は大径に飛び出した山頂が特徴で、烏ヶ岳は電波塔が林立している。車道を歩いていると「←猪崎城址」の指導標を見つけ一寸寄り道をすることにした。遊歩道があり歩いて行くと小規模な城跡乍ら見事な切岸(=敵を防ぐため斜面を削って人工的に断崖とした構造)の遺構が続き文化財としての価値は高そうだ。福本稲荷神社の傍らには平坦な廓の跡があり折から八重桜が満開だった。城山(65m)山頂に到ると3等三角点「城山」があり広く、猪崎城主郭として周りを帯廓が取り囲んでいた。由良川に望み眺めが良く対岸には福知山城があり明智光秀が縄張りしたが、塩見氏の城で猪崎城と一対で守っていたようだ。

三段池公園は平成26年8月の水害の際、ボランティアセンターが設置され支援に来た。公園内を北北西に延びる道路を歩いて行くと終端に臨済宗南禅寺派のお寺、醍醐寺に到った。室町時代の興国2年(1341)足利尊氏が建てたお寺で折から門前の八重桜が満開でいい感じだった。

登山道は寺の西側の谷に続き傾斜を増した林道を行く2度目のヘアピンカーブの所で登山道が分岐ししっかりした標識も設置されていた。登山道に入り300m程進むと先程の林道が谷を横切り林道の方に「鬼ヶ城→」の標識があった。一方谷には「沢歩きコース、150m近道」と標識があった。当然沢歩きコースを選んだ。入口付近は岩場の渡渉で楽しかったがすぐに沢沿いの普通の登山道になり左側から迫ってきた尾根に乗り上った。「南の乗越」と呼ばれるところでこの先は烏ヶ岳の西斜面のトラバース道となった。由良川の支流の源頭(名称不明)を回り込むように道は180°向きを変えたがこの谷をそのまま登り、踏み跡がなかったが方向を定め鬼ヶ城峠に到った。

烏ヶ岳の電波塔群の保守道路が池辺集落から上がってきており峠に到る。切り通された尾根の先端から稜線に取付き鬼ヶ城を目指した。鞍部で観音寺からの明瞭な道が合流し急斜面を登り鬼ヶ城(544m)に到った。山頂部は草木なく展望は素晴らしい。福知山市街が一望で、綾部から西流してくる由良川がこの山の西側を回り込むように流れ北西へと向きを変えるので山の南北どちらを見ても由良川が見える。西から北にかけては龍ヶ城や大江山、赤岩山、由良ヶ岳が聳え素晴らしい眺めだ。

此の山は「鬼ヶ城」と凄い名前で呼ばれているが、山容の厳しさと大江山の鬼伝説酒呑童子の副将格、茨木童子が籠っていたとの伝説によるようだ。茨木童子は摂津茨木の産にして床屋に育てられたが、或る日水に映る己の顔に鬼の形相を見て丹波に奔ったという。茨木市には“茨木童子貌見橋”の碑が建てられている。また戦国時代には城塞が設けられ山頂の平さ等にその遺構が見られる。山頂には小ぶりな風景指示版もあり周りの山の同定に役立った。

来た道を途中まで戻り今日は2.5万図に描かれた南東尾根を真っすぐ下る心算だ。メイン登山道が南に去って行ったが尾根に踏み跡はなく斜面を適当に下って行った。尾根が東に向きを変え、谷を跨ぎ尾根に乗り上ると観音寺からの道に合流した。三叉路になっており鬼ヶ城へ行く道と烏ヶ岳へ行く道が指導標に出ているが歩いて来た処は全く記されていなかった。烏ヶ岳への道に入り巻道で鬼ヶ城峠に戻った。前に来たときは保守道路で烏ヶ岳に到ったが今日は稜線の「近道」と標識のある稜線を歩いた。

烏ヶ岳北のピークから電波塔が林立していた。国交省福知山市防災無線塔に交じって日本通運の塔もあり通運会社が何に使っているのか興味を覚えた。烏ヶ岳(537m)山頂には1等三角点「烏ヶ岳」があり電波塔のフェンスに山頂標識が掲げられていた。東から北方向が開け青葉山(693m)を望むことができた。

烏ヶ岳を後にして南尾根の急斜面を下り小杖峠(377m)に達した。印内と醍醐寺に下る道が東西に分岐し、南尾根には「醍醐寺急斜面道」?の標識があり南のピークP420へと歩を進めた。此処までは明瞭な踏み跡があったが目指す高龍寺山への道は最早獣道だけとなった。下る尾根を間違えて15分のロスをして正しい道に戻ったが樹林帯で見通しが利かずルートファインディングが難しい。時々GPSで現在地を確認して進みP287に到った。この下りも曲者で東への転換点を間違わないように注意深く進んだ。印内自治会墓地が見え峠に到った。北の印内からは車道で到達でき墓参りの人達が来るようだ。南の川北へも道があるようだが最早歩く人はいなだろう。

墓地の車道終点の広い所で昼食休憩を取り切通の斜面を登ると微かに踏み跡があるようだ。二つ目のピークに4等三角点「印内」を確認した。微かな踏み跡も無くなり尾根を進むとセンターラインのある佐賀農道に飛び出した。平成5年に竣工したことを記念する石碑があり頻繁に車が走っていた。切通の北端から稜線に取付くが格段に歩き辛くなった。北側に鹿除けネットが張られ下草に茨が混じっている。稜線が東に向く頃下草が落ち着き歩き易くなった。P127の直前で北西方向が開け烏ヶ岳を望むことができた。

南に進路が変わると鞍部に達すると明確な古道が越えていた。高竜寺山が近づき最後の100mの登り返しが始まった。2.5万図に川北集落からの登山道が描かれているので明瞭な道を期待したが余り変わらなかった。山頂に近づくにつれ平坦な地形と急な壁これは確実に人工の地形で城跡であることが明瞭だ。猪崎城の如く堀切、切岸がこれだけはっきり続いているのは見事だ。高龍寺城は内田氏の城跡とされるが詳細は不明。

下山は先程の点線道を考えていたが、はっきりした道形もないのでどこを歩いても同じと由良川戸田橋辺りを目指して尾根を下った。何となく踏み跡があったり、なかったりで府道が見えてきたが府道との間は民家があり飛び出す処を見定めて下った。車道歩き4㎞で三段池に戻るが由良川沿いで見晴らしが良く川北集落では高龍寺山のきれいな姿を写真に収めることができた。由良川の括れを過ぎ猪崎に戻ると鬼ヶ城、烏ヶ岳が見え対岸には周りのビルを隠して福知山城が浮かび楽しませてくれた。

立寄り湯は福知山温泉養老の湯入浴料700円で露天風呂が充実しゆっくり過ごした。時間が早いので千代川ICまでは9号線を走り節約した。

 

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写真2: 高龍寺山(195m) 川北集落より

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写真3: 鬼ヶ城(544m) 猪崎集落より