京都比良山岳会のブログ

山好きの社会人で構成された山岳会です。近郊ハイキングからアルプス縦走までオールラウンドに楽しんでいます。

No.3684 唐沢岳 B沢より唐沢岳に登る

 2017年9月8日(金)夜~10(日)

 

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【メンバー】L A.T、辻 博史、藤井康司、T.S、増川雄太 5名

 

【記録】59期 T.S※(太字)部分は51期 A.Tが加筆

 

98日)夜 快晴

21:30 京都を出発~2:30 七倉山荘駐車場着~3:00 就寝~2:30 七倉山荘駐車場に到着した。暗いので分かりにくかったが、駐車場には空きがあった。明日に備えて仮眠をとる。寒さを警戒していたが、それほど寒くはなかった。

 

99日土) 晴のち雨

5:00 起床~6:20 七倉山荘をタクシーで出発~6:34 高瀬ダム下到着~6:50 唐沢入渓~7:30 梯子が掛かった堰堤~9:00 金時の滝~10:10 B沢~10:50 幕岩北側ルンゼ~11:50 唐沢岳山頂へ続く稜線に乗る~16:45 幕営

 

910土) 快晴

5:00 起床~6:30 出発~7:40 唐沢岳山頂~10:56 餓鬼岳山頂~11:30 餓鬼岳小屋から下山開始~15:28 白沢登山口

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【9土)】

タクシーで高瀬ダムへ向かう。乗り合わせで対応してくれていたので、待ち時間は短くて済んだ。入渓を予定していた高瀬ダム下では降車できない。ダム上まで乗車しないとけない。(ダム下の唐沢本流から入渓して山行開始。)入渓したしばらくは踏み跡があり歩きやすい。7:30 堰堤に到着した。架かっている梯子は歪んでいたが、意外にしっかりしていた。

 

 

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9:00 金時の滝に至る。右側(右岸)のルンゼを巻いた。急傾斜で、落石を起こさずに登ることができないくらいにガレている。過去に落石による負傷者を出していた。今回の山行の核心部であるとこの時までは思っていた。落石対策のため、パーティー5名は間を空けずに進むことにした。(行く手に幕岩が見えてきて、A沢と合流。A沢を過ぎてしばらく遡上したところでB沢の合流点であるワシの滝の前に到着。ワシの滝を登ってB沢に入った。2011年に苦戦したCS滝8m滝だが、前回は右岸から登ったはずだが明らかに左岸の方が登りやすい。ロープも出す必要が無いほどのものだったが念のためロープ確保。その時は自分の登攀技術が上がっていたために簡単でルートをみる目も変わったのかと思ったが、あとから2011年の写真と見比べるとB沢自体がずいぶん土砂で埋まって滝が4mほど低くなっているのがわかる。この後も顕著な滝は無く、当時と比べて面白いところは大分埋もれてしまったのだろうと思う。)我々は幕岩下(B沢を)を北上(北に遡上)して、唐沢岳ピークへ続く尾根(主稜線)を進む予定だったが、途中で発見した稜線に続くであろうルンゼ(左岸の支沢。この支沢の前にも左岸に左方ルンゼがあったが、こちらは急峻だったのでパスした。)を進んだ。ルートとしては良い選択だった(ショートカットにはなったものの落石・浮石多く危険度が高かった)。稜線に上がった。楽に歩けることを期待したが、大間違いだった。ここから幕営地までが今回の核心部であった。

急登、ヤブ漕ぎ、危険な岩場がミックスされいた。ヤブはものすごい茂り方でをしたいた。

 

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上手く枝を分けてその上に足を置かなければ、枝が絡まって足を抜くことができない。上半身も同様にしないと枝に捕まってしまう。力任せに進もうとすると、体力を無駄に消耗するだけだ。ときどき、クマのものと思われる獣道があった。歩き易く助けられた。Sクラスのヤブと急登に体力を奪われ、危険な岩場で集中力を消耗していった。疲れ果てて日没が近づいた時、ベストタイミングで稜線上の幕営適地に至った。テント設営を完了した後、雨が降り出した。慌てて、5名はテントの中に入った。「することもないので」ということで、みんなで回し飲みしたウイスキーは人生で一番うまかった。無理をして、この幕営地を過ぎて餓鬼岳小屋を目指していたら、疲労困憊しているところで雨に濡れることになったていた。

 

【10日)】

6:30行動を開始直後からヤブ漕ぎになる。ヤブの強度は昨日よりも軽い。

 

 

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7:40唐沢岳山頂に到着した。稜線に上がってからの困難なルートを克服してのピークハントだった。嬉しさが溢れる。みんなで握手をした。ここまで、来ればこの山行の成功はほぼ間違いない。ケガをしないで下山すればよい。餓鬼岳小屋で大休止した。ビールの回し飲みで祝杯を挙げ、カップヌードルの昼食を摂った。うまい!小屋にタクシーを白沢登山口への配車を頼んだ。11:30下山を開始した。ここからが意外に長かった。進んでも高度が下がらない。途中で水場があるので、小屋で水を買う必要はなかった。魚止めの滝は見事だった。15:28白沢登山口に到着した。タクシーの運転手は「大町小町」と呼びたくなるような美人だった。彼女が指南してくれた大町駅近くの「昭和軒」のソースかつ丼は美味しかった。他のお客さんが食べていたカツカレーのカツがとても分厚かった。次はカツカレーを食べる。

(翌日、主稜線をつめて午前7時40分、無事に唐沢岳の山頂に到着。餓鬼岳まで縦走し、白沢登山道から下山した。下山しようとすると餓鬼岳小屋の主人と思われる人に呼び止められ、どこから来たのか尋ねられたので答えると、主人が言うには我々のような「もの好きが年に何人かやってくるのだが今年はあんた達がはじめて」だそうである。それにしてもどうして我々が変なところから登って来たということが察知されてしまったのだろうか。)

 

【感想】59期 T.S

どんな状態になっているのか、予定通りに目的地にたどり着けるのかわからない、登山道ではないルート。道がないところに道を見出す「探検」をしたくて参加した。

高瀬ダム下から入渓してしばらくの間は明瞭な踏み跡があり、堰堤には梯子まで掛けられていた。しかし、その先はすぐに落石が起こるルンゼ、恐ろしい岩壁、前進不可能かと思われるほどの密集度のハイマツ帯があった。進むことも引き返すこともできなくなって、「ハイマツ遭難」もあると思った。歩行可能であることは約束されておらず、危険もそのままの形で存在している。これがありのままの自然の姿だと実感した。

私にとっては体力的にも技術的にも難しかった。特に、幕岩北側のルンゼを登った時、間違ったルートを修正するためのトラバースはほんとうに落ちそうで恐かった。そうやって、唐沢岳山頂に立てたことは最高に嬉しかった。

バリエーション登山は高いレベルの体力、登山技術、知力、判断力などを必要とすることを思い知らされた。

 

【感想】57期 藤井康司

当初練習会だけでもと思って参加を申し込んだ。あっさり参加を了承され、登攀技量のない自分がチームの足を引っ張ることが心配になり、遅まきながら人工壁での練習と筋トレを始めた。

出発前共同装備のテントとロープを振り分ける最初のジャンケンで一人負けし、ロープを背負うこととなり、あとあと泣かされることとなる。

前半は沢ステージ。筋トレが効いたのかウォームアップ後の足取りは軽かった。前回撤退の原因となった落石不可避の岩溝。リーダー判断により近接方式をとり、体重の軽い順に進むこととなった。チームで唯一メタボ体形の自分は最後尾に立つ。死ぬならやはり最年長の自分か、と思う。案の定、こぶし大の石が何度か落ちてきたが、かすりもしなかった。この後も1トン級の岩を抱くようにとりついた途端、崩れた。うまい具合に自分と反対側に2メートルほど落下し止まった。天は我を見捨てず。縦走路にはない初踏みの石は容易に崩れる。

要所要所でリーダーの出すお助け紐に助けられ、滝やチョークストーンを配するルンぜ帯を突破し。尾根への取りつきを開始。これまでザラザラ、ガラガラ、ゴロゴロとすれば、この後はグズグズ、ボロボロ、バシバシの世界。リーダーは熊の足跡と野生の感を頼りに巧みにルートファインディングしていく。後続は藪の急斜面を草木の根元をつかみながら這い進んでいく。ふくろはぎと胸の筋肉が悲鳴を上げる。

やっと尾根に出たと思ったら、塔状の岩稜を取り囲むように深いハイマツの藪が延々と続く。弾力のある高さ2~3メートルのハイマツ帯を空中遊泳さながら押分け、踏みつけ、漕いでゆく。ザックとはみ出たロープが引っ掛かる。この夏5~6時間藪漕ぎした涸沢岳西尾根をA級とするなら、ここはS級だ。

餓鬼岳小屋のビールと平な寝どころを目指していたが、夕暮れ近くなり唐沢岳手前1時間のところに奇跡的にキャンプ適地を見つける。テントを張った途端夕立ちが始まる。2500メートルの稜線行動中、雨に濡れたらと思うとゾッとする。その夜は熊しか来ないような場所で満点の星空が広がる中深い眠りについた。

翌朝唐沢岳にたどり着いた時には感動した。思わず涙が出そうになった。快晴の中、槍や裏銀座の稜線が広がる。他の登山客からどこから来たんですかと聞かれ、誇らしげに「いやあのダムから」と道なき山を指さす自分がいる。

そこから餓鬼岳までは登山道だがちょっとした登りで息が上がり、亀の歩みとなる。チャカ類とロープの重さに辟易し、水の携行をセーブしたため、脱水気味だったようだ。小屋で回し飲みしたビールがうまかった。4時間かけて鎖と梯子が連続する登山道を下山する。50メートルはあろうか、魚止めの滝が見事だった。

立ち寄った温泉で湯上りに体重計に乗ったら先週71キロあった体重が今世紀最軽量の66キロになっていた。帰京し一夜あけたら4キロ戻っていた。今までで一番キツイ山行だった。無事に戻ってこれたことを、リーダー、同行者に感謝したい。行動中は二度とこんな山は御免だと思っていたが、しばらくしたらまた、行きたくなるんだろうな。

 

【感想】54期 辻博史

今回の山行はただのバリエーションルートでは無く、本当に人が入っていないバリエーションルート。

山頂まで行けるかどうかもはっきりわからない開拓要素を含んだ物でした。

地形図では谷筋から尾根に乗越せれば山頂までいけそうだが…

過去の敗退記録を読んで悪いことは分かっていたが、谷筋はザレて足場も手掛かりも怪しく、気を抜くと崩壊・崩落する岩ばかり。

緊張しつつ谷筋を這い上がり、尾根筋への取付きがうまくいったので、やれやれと思いましたが、ここからが本当の苦難の始まりでした。

木登りと藪漕ぎの連続で一歩一歩の歩みが非常に遅く、木々にはじかれながらの前進でした。

行く前から想像がついていましたが、想像以上の藪漕ぎでへとへとになりました。

思わずトラバースして藪の薄いところに逃げたくなるところを、A.Tリーダーは着実に尾根筋をたどられ、そのメンタルに改めて感服しながら付いて行きました。

こうゆう状況ではたいてい惨めなビバークになるのではと思っていたのが、非常に快適な幕営地が見つかり、まったりと疲れをいやすことができました。

よく休息をとれたこともあり、翌日は1時間ほどで唐沢岳山頂に到着。

下山は登山道のありがたみを噛みしめながら快調に降りましたが、下山道は登山道でありながらはしごや人口の足場、崖など危険個所があり、これなら登りのルートを整備して登山道にした方がよいのでは?と思いながらの下山でした。

ご同行いただいた皆様、ありがとうございました。また、過去何度かこのルートに挑戦されたA.Tリーダーのおかげで安心して歩けました。

なによりもみんな大きなけががなく(おそらく擦り傷、切り傷、軽い打撲はあったと思いますので)下山できたことが良かったです。

今回のようなルートは山岳会に入っているから行けたルートで、改めて皆さんのご協力・ご同行に感謝します。

 

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【感想】59期 増川 雄太

青空と白い雲、気温も高すぎず、湿度もちょうど良く、まさに登山日和と言える気候の中、山に足を踏み入れます。

沢筋を歩いて行くと、サイズ表に -KON- と書いてある、泥だらけのNorth Faceの帽子があり、私はそれを拾いました。ヘルメットの上からでも被りやすく設計された帽子です。

小1時間程度で森林帯を抜け、岩場に出ます。ほとんど人が踏み入れない場所のため道は固まっておらず、高い確率で浮き石に乗ります。

岩場を出てすぐ、我ら比良山岳の親方が負傷した悪名高き、急勾配の泥・岩の道に取り付きます。

腐りかけのロープを時折掴みながら、滑る足元の覚束ない泥道を、散弾のように降る小さな落石、一発で人を仕留められるような落石を躱しながら、なんとか全員無事に登りきりました。

しばらくすると、10~20mそこそこありそうな滝に出ます。リーダーが滝の左を巻きながら進みます。沢の経験がない私は、「ホールドが全て滑る」岩登りの緊張感をはじめて味わいました。ホールドの掛かり具合を丹念に検証し、なんとか登りきりました。

その後、前回の涸沢岳西尾根を超える、終わりなき藪と戦います。生命力が尋常ではない植物、その群勢に常に行くてを阻まれます。

足下はハイマツ、頭上に枝あり、足を取られると、上ではザックが引っかかる場面が何度もありました。これはフラストレーションが溜まります。

一本一本のハイマツの生命力が強く、帯重なる枝の上にに乗ると、トランポリンのように跳ねつつ、空中歩行ができました。

逆に、岩場に生息しているハイマツはもろく。岩登りの際にホールド代わりに掴み、体重をかけると折れ、冷や汗を何度かかきました。

こんな道を、たまに小熊と思しき踏み跡に助けられつつ、6時間以上歩くと、唐沢岳が見えてきました。

山頂まで少しということで、リーダーがテン泊に適当な場所を見つけました。整地をすませ、テントを張ると、ちょうど雨が降ってきました。

テントに入り込み、全員で回し飲みした、ポケットボトルのJIM BEAMは、最高級のお酒でした。疲れ切った気持ちと身体に、ようやく居場所を得た安心感が、お酒の味わいを深くしました。

あくる日、朝イチの藪漕ぎをすませると、唐沢岳の山頂に取り付き、はじめてのバリュエーションを終えました。

その後、リーダーがドローンを飛ばしましたが、通信不良でうまく映像が撮れず断念。餓鬼小屋は、ものしずかな佇まいが良かったです。あとは、たまに雄大な滝を眺めながら、無事に怪我なく下山しました。

先行く道がわからず、景色も特別いいわけでもない。ただ、自分自身や目の前の自然に向かい合えた、今後の糧に、記憶に残る登山だったと思います。

最後に、-KON- のご加護に感謝いたします。

 

【感想】51期 A.T

どうしてこんな一風変わった山行を行うことになってしまったかということについて説明しておかなければいけない。

そもそも唐沢岳に登ろうということになったきっかけは随分前の話になり、2009年の9月のことになる。

当時山岳会に入ってまだ数年という時だったと思うが、豊田さんに例会を組んでいただき、シルバーウイークを利用して北アルプス表銀座へ連れて行っていただいた。

そのとき常念岳からスタートして餓鬼岳まで縦走したのだったが、最後のピークであった餓鬼岳から見えた唐沢岳の姿がとても美しく神々しく感じ、ぜひ登りたいと思ったのが初めて唐沢岳を見たときであった。

しかし唐沢岳は縦走して抜ける登山道が無く、餓鬼岳から半日かけて往復しないと登れない山。その時は日程の関係で登る機会を得られず、下山せざるを得なかったのであった。

その後、上坂師匠に色々な事を教わり、山へ連れて行っていただくようになって、上坂さんより「行ってみたい山はあるか?」と尋ねられた。

そこでパッと頭に浮かんだのが唐沢岳である。

唐沢岳に登りたいということを上坂さんに伝えると、当時は自分も上坂さんにかわいがっていただいていたもので、2010年の秋に上坂リーダーに例会を組んでいただけることになった。

そしてここから話がややこしくなるわけだが、上坂さんのことだからただ登山道から登って帰ってこよう、ということにはならない。

そして唐沢岳といえば西壁に有名な幕岩という大岩壁が聳えている。

この幕岩にある大凹角という有名な登攀ルートがあるのだが、ここから山頂に登って、今度は沢筋を下降しながら高瀬ダムの方へ下山するという計画になったのである。

言われるままについて行ったものの、今思えばこの計画はかなり無謀で、当時は沢登りを多少やった程度で、登攀やロープワークも覚束ない様な技術しかなかった。

幸いにも?山行当日は天候が優れず、ガスで何も見えなかったので大凹角の取付きがわからずさまよった挙句、計画は失敗。

結局壁の南側の弱点部分から立木を伝って取付き、壁の途中で危険になってきたため撤退。

懸垂下降を5、6回繰り返し、闇の中をヘッドランプでD沢を下降。途中でビバークして高瀬ダムまで戻ってくる羽目になった。

その翌年の2011年9月、上坂リーダーの例会で再びリベンジと称し唐沢岳へ。

前回の反省点?を踏まえて今度は取付きやすそうなB沢を辿って山頂へ行こうという一風変わった計画となる。

天気もよく、今度こそ山頂へ立てそうだと思ったが、金時の滝の巻きの急斜面での落石が上坂さんの脛に刺さって出血が止まらず、途中で山行は中止。

救急で大町の病院で診察してもらう騒ぎになってしまった。(幸い大きな怪我ではなかった。)

その後、上坂さんから「どうや?来年リベンジするか?」と聞かれ、「いや、もう良いでしょう」と返答したためこの計画は休眠することとなったのである。

他にも美しい山、登りたい山はたくさんあるのに、あの地味な山の地味なルートにそこまで情熱を傾ける必要はない、と当時は思ったのである。

しかしそれから数年が経ち、自分も山行を重ねるうち少ないながらも経験を積んで、記録の無い沢や尾根を辿る、この冒険心に満ちた計画がいかに興味深いものであるか、ということがようやく自分にも解ってきたのであった。

また義務感の様なものもあり、日に日に「いつかあの時の山を登りたい」という思いが強まっていった。

そこで、ここ数年で勢いのある新しい会員の方々が入って来られ、良いメンバーが揃い今回の機会を得た次第である。

じっさいに登ってみて、「落石と藪の殿堂」と言うべき非道い山行内容だったのにも関わらず、心からワクワクし、ほんとうに楽しい山登りだった。

ただ、反省点もあり、B沢を最後まで詰めずに支沢へショートカットしたが、この支沢が落石も多く、パーティーを危険にさらす結果になってしまった(特に藤井さん)ことについては反省し、次回の教訓にしたい。

帰りは餓鬼岳から下山する白沢登山道を、豊田さん達と一緒に下山したことを非常に懐かしく思いながら、山登りって良いものだな、と思いながら下った。

上坂さんの計画が無ければ、こんな登山的登攀的に価値の無いところにここまで血道をあげて登ろうということは無かっただろう。

ご一緒いただいた皆さまをはじめ、上坂さんや自分にご指導いただいた会の方々に心から感謝したい。

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