京都比良山岳会のブログ

山好きの社会人で構成された山岳会です。近郊ハイキングからアルプス縦走までオールラウンドに楽しんでいます。

〈個人山行〉京都百名山シリーズNo.40 皆子山

平成30211()

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写真1: 皆子山(971m)山頂にて

 

京都にもたくさん山はあるが1,000mを越える山はない。府最高峰は皆子山971mの標高がある。平成264月の標高改訂までは972mとされていたが1m縮んだ。谷コースは避け、平から正教院尾根を往復する山行を行った。バス待ち時間を有効活用し、旧国道経由で花折峠を越えて途中町からバスで帰った。

 

【メンバー】 山本浩史L、土井司、小前竜吾

【山  域】 滋賀県大津市京都府京都市

【行  程】 京都8:158:35堅田8:5010:0010:0311:48 P94112:16皆子山12:3212:58 P94113:49正教院14:0613:46花折峠~15:07花折峠入口15:2016:03途中16:0916:30堅田16:3816:57京都

【登山データ】 雪時々晴れ 歩行12.3 6時間00 延登高822m 延下降976m 1座登頂

 

集合場所の堅田駅バス乗り場に行くと江若バスの係員がしきりに説明している。聞き耳を立てると「8:50発細川行のバスは花折峠の多重事故の為途中行となります。」、「強風で琵琶湖バレイのロープウェイは運休している。」とのことで後者は此処に居る人たちは関係ないだろうが、多くの登山者はこのバスで坊村を目指していたようだ。武奈ヶ岳行の人は諦めて代替手段を講じたようだが、途中までを承知で我々と他の1グループが乗り込んだ。

バスは定刻に発車し伊香立中学校前まで来た。国道367号線は途中交差点から先が通行止めとなり渋滞しているので、バス会社の指示により此処で待機することになった。暫くすると「開通見込みあり」が告げられ途中集落内で待機することになった。計画では帰り平から旧国道経由で花折峠を越えて花折峠入口か途中まで歩くつもりだったので、これを逆にして往路に峠越えをしようと目論見下車する気になった処で規制解除の報が入り途中交差点へと進んだ。事故現場と規制担当の警察官の意思が相違し交差点で再び待たされが10分足らずで峠へと進むことができた。レッカー牽引された事故車が3台反対車線を通り過ぎて行った。花折トンネルを抜けるとまだ雪の壁に突っ込んだ乗用車が3台残っており、10台程が絡んだ事故だったようで、警官が交通整理をしていた。

一緒に乗り込んでいた男性3人のグループは花折峠登山口で降り、権現山から蓬莱山を目指した。我々は最後の乗客となり平(だいら)でバスを降りた。百井川を渡り正教院まで行って輪檋やスノーシューを履き足元を固め、小前さんを先頭に歩き始めた。正教院の墓地の手前から尾根に取付き30㎝余りの積雪に輪檋が気持ちよく急斜面を這い上った。途中では霙だったが、略雪になり一安心だ。P837を当面の目標地点として歩いたが大したピーク性がなく確信を持てないまま通り過ぎてしまった。そうなると次のピークは1/3以上過ぎた所のP941までない。政教院尾根は10年前に下りに使った時は、ルートファインディングの必要な尾根だったが今では赤テープが氾濫し、地図見るまでもなくルートが分かってしまう状態になっていた。

P941は双耳峰の西ピークで、見上げると東ピークに人がいるようだ。乗り上ると4人パーティーが休憩していた。年配の女性が「ここがP941だ。」と云ったが、此処は違う。西ピークに達すると2枚のプレートに表示があった。P941で此のパーティーを追い越し、急な下りではスノーシューは一寸危険で小前さんは一寸おっかなそうだった。此処は輪檋が優位な領域だった。この後は比較的なだらかに進み寺谷との分岐点に達した。

皆子山(971m)は北北西に100m余り行った処にあり、山頂には、「ぐるり大原の山」の山頂標識に「972m京都府最高峰」と一寸昔の標高が記載されていた。3等三角点「葛川」がある筈だが50㎝の雪に埋もれ見つけることはできなかった。北北東に展望が開け芦火谷越しに伊賀谷山(910m)が望めた。手前の木々は霧氷を付けて、発達した雪庇を伴い素晴らしかった。峰床山(970m)も肩に電波塔を背負って佇んでいた。

P941で追い越した4人グループが到着した。平までどうして来たかと問うと、堅田からタクシーに乗り規制線を越えてくることができたそうだ。そういえば途中交差点で入って行ったタクシーを見たのはそれだったようだ。風が通り寒いので15分程で休憩を切り上げ下山に掛った。時々日が射す天気となり寺谷分岐では、琵琶湖や霊仙山(751m)や権現山(996m)を望むことができた。

帰り道ではP837の位置を特定し、急斜面を下り正教院に戻った。山頂でゆっくり休憩できなかったので正教院の門の下でラーメンを食べたり、コーヒーを飲んだりして休憩した。1日に2往復しかしないバスの時刻まで2時間近くあるので花折峠を越えて途中まで行きたい。平集落内はアスファルト道が露出しているが少しの間なので輪檋、スノーシューを履いたまま国道へと抜けて旧道の花折峠への道に踏み出した。

旧道入口にはゲートがあり一般車は通年進入できない。旧道沿いに水道施設があり連絡路として道はしっかりしている。300m程進むと権現山(996m)への分岐に達した。朝バスに乗り合わせた3人組は此処から登山道に入ったようだ。旧国道を1.1㎞進むと花折峠に達した。峠部分は西側の杉が倒れ道を塞いでいた。「花折峠」と記された石碑があり、案内板も建てられて、「嘗て葛川の明王院への参詣者がこの峠付近で樒を手折って参るのを常としたことからその名が付いたと言われている。現在も716日から20日に催される蓮華会では葛川参詣する行者が峠の手前で樒を摘む習慣が残っている」と案内があった。

峠から西には天ケ森(ナッチョ813m)に繋がる尾根があり4年前に歩いた。峠を越え暫く行くと点が森への尾根にあるP762が存在感を持って望められる処があった。やがて国道367号線に到りすぐ前に花折峠入口のバス停があった。輪檋やスノーシューを外し身軽になって国道を歩き途中の集落に帰って来た。堅田行のバス停は2ヶ所あり細川から来るバスはバイパスの途中交差点付近にあり、途中始発着のバスが止まる集落内とは別になっていた。

16:09発のバスに乗ると入口付近には皆子山で出会った4人グループ、後方の座席には朝権現山に行った3人組と見た人達ばかりが乗っていた。京都駅帰着後の反省会はいろはがるた3時間半も反省を行った。

 

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写真2: 皆子山より伊賀谷山(910m)を望む

 

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写真3: 花折峠は嘗て明王院参詣者が樒を手折って行った