京都比良山岳会のブログ

山好きの社会人で構成された山岳会です。近郊ハイキングからアルプス縦走までオールラウンドに楽しんでいます。

天ヶ森・天ヶ岳・焼杉山 《京都百名山シリーズNo.44~46》

平成30321()

 

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写真1: 天ヶ森(ナッチョ813m)山頂にて

 

 

寒い雨の一日、標高700mを超えると白いものがあり、昨夜は雪になっていたようだ。小出石バス停から天ヶ森南西尾根に取付き、天ヶ森(ナッチョ813m)を手始めに百井峠を越えて天ヶ森(788m)、焼杉山(717m)と京都百名山3座を縦走した。

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【メンバー】 山本浩史L、土井司

【山  域】 京都市左京区

【行  程】 桂川7:338:09国際会館8:569:26小出石9:3210:12 P54411:15天ヶ森11:3112:16百井青少年村~12:51百井峠13:13天ヶ岳~14:28焼杉山14:3515:03送電鉄塔15:26古知谷~15:55大原15:5516:18国際会館16:2216:43京都

【登山データ】 雨 歩行17.2 6時間23 延登高1,267m 延下降1,314m 3座登頂

 

降水確率90%とあっては終日雨具を着ての山行は免れない。覚悟はしていたが大した降り方でなく一安心だった。小出石バス亭は、R477敦賀街道の分岐点にあり、その間の尾根を登る。取付きを探すと敦賀街道側は民家が続き無理。R47750m程入った処から尾根に取付くことができた。稜線に這い上がるとしっかりした踏み跡があった。やがて林道が寄り添って急な斜面はジグザグに付けられ、稜線を忠実に歩くと交差の都度泥濘んだ林道を横断するため結構面倒だ。その後も微かな踏み跡が所々にあり辿って行くと下草はないが、倒木や低い枝の張出しを避けなければならずやはり登山道のない尾根だと実感した。

P544を越えた鞍部から南の尾根には、以前登ったことのある登山道があり登山地図にも描かれている。稜線は風が吹き抜け冷たい雨が体温調整には丁度良い心地だ。急登斜面を登ると傾斜は落ち着きなだらかなエリアとなった。標高は打たれていないが顕著なピークがあり北へナッチョ谷東尾根が始まる。地形図では登山道は南側を巻いているがピークを踏んでみた。微かに期待した山名はなく短絡して西の鞍部に下った。ナッチョ谷の源頭でなだらかに続いていた。地形図にはここから三谷への道が始まっている。

もう一つピークを越えると天ヶ森への最後の登りとなり稜線の西端に乗り上ることになるが右に逸れて短絡した。天ヶ森(813m)山頂は、展望はないが3等三角点「見谷」が置かれ、幾つのも標識があり中でも京都大原里づくり協会による「大原の里10名山 ナッチョ(813m)」の標識が一番大きかった。因みにこの大原の里10名山は、他に峰床山皆子山、天ヶ岳、焼杉山、翠黛山、金毘羅山、瓢箪崩山、大尾山、水井山が選ばれている。

里に降り続いていた雨は山頂付近では雪となった時間があったようで白いものが地面に残っていた。天ヶ森から北の稜線を行くと三谷峠を越えて花折峠へと尾根が続くが、今日は西に進み一旦百井集落に下る。西のピークを越えた所で林道に出るように地形図には描かれているが、しっかりした登山道を辿ると南側をトラバースしヘアピンカーブの所で林道に下りた。この後1.6㎞林道を歩き、国道477号線に出たがこの国道は車が殆ど走らない。百井集落を流れる百井川は安曇川の源流域で標高620mもある山村で下界へは高谷川を掛け下り大原に出るか百井峠を越えて鞍馬に下るかしかない。集落には旧愛宕郡を中心に信仰されている神様シコブチ様が祀られた神社があった。ここでは思子淵神社と書く。

長閑な山村を歩き百井青少年村を過ぎ和佐谷峠への道が分岐し百井川を渡ると恐ろしく急な斜面を這い上り国道の谷と水無谷の間の尾根に乗り上がった。水無谷からは林道が上がってきて稜線に纏わり付き始めた。百井峠に下るとお地蔵様があった。今日は彼岸の中日とあって真新しい花が供えられていた。南側の稜線に取付くと微かに踏み跡があり続いていた。この稜線を離れ西に下るとまた林道で、横断して南に続く稜線を辿ると天ヶ岳(788m)に達した。展望もなく、稜線のすぐ横に林道があって幻滅させられた。それでも大原の里10名山の一つである。

元の稜線に戻り南西方向に進むと複雑な地形の部分に差し掛かり注意深く進んでいたが、あまりにも早く表れた分岐に信用できず進み過ぎてしまった。引き返して道を辿ると地形図とはかなり異なって付けられているようだった。滝谷へ続く登山道が東に直進していたが分岐して南に進んだ。P604を次の目標として歩いていると登山道は、稜線を離れ西側を巻く道となり何時しかP604は過ぎてしまった。この先も巻道が続く、この道を寂光院道と称し最後に稜線を横断し大原寂光院に下って行く。巻道を歩いていると地形の変化が読み取れず現在位置が分からなくなるのであまり好まない。できるだけ稜線を進みたいものだ。

GPSで現在位置を確認すると焼杉山への取付きとなる566mの鞍部はもうすぐだった。分岐で稜線に戻り、地形図に道の無い尾根を登り翠黛山からのしっかりした道と合流した。急登路を登ると今日最後の山、焼杉山(717m)に達した。3等三角点「岩谷」が置かれ木立の隙間から展望が得られた。先程まではガスが立ち込めていたがガスが上がり時折大原の里が俯瞰できるようになった。

山頂から真南にミチバタ谷経由で寂光院へ下る指導標があったが、地形地図に無い道だが登山地図には描かれていた。今日は古知谷阿弥陀寺に下りる予定なので東北東へ続く尾根を進んだ。次のピーク手前で敦賀街道西側の尾根を大原に下る道が分岐した。この道は13年前に歩いた道だ。焼杉東尾根は岩場もあり、雨で滑りやすく結構険しい道だった。やがて送電鉄塔が現れた。今日通る古知谷阿弥陀寺への道には送電鉄塔はなく分岐を見逃してしまったようだ。送電鉄塔からは予想外に展望が良く大原の里やゴルフ場(京都大原パブリックコース)、比叡山から連なる小野山(670m)その肩には琵琶湖も見えるようになってきた。分岐を通り過ぎてしまったが怪我の功名で展望を楽しむことができた。

この後送電線は尾根に沿って里に下っているが、尾根は恐ろしく急で慎重に歩いたが足を滑らせ尻もちをつく事もあった。雨は殆ど止み、展望の利く尾根でこれまた気持ちが良かった。3本目の鉄塔を過ぎると谷間に入りやがて古知谷登山口に達した。此の辺りは古知谷阿弥陀寺の境内で敦賀街道に面したところに山門があった。国道367号線の旧道敦賀街道で京都バスはこの道を走る。歩いていると小出石行のバスが来てもしかするとすぐに折り返し国際会館行が来るのではとバス停の時刻表を見ると大原までしか行かないことが判明予定通り大原バス停まで歩いて帰った。雨が雹のような霰となり一時強くなった。まだまだ天候の回復は先のようだった。

バス停に到着すると国際会館行のバスが将に発車する処で雨具のまま飛び乗った。国際会館で地下鉄に乗り換えるとこれまたすぐに扉が閉まり全く待ち時間なしで京都駅まで帰れた。京都タワーには大浴場があり、タワーができた時から知っていたが初めて入浴した。料金は、リロクラブの割引で840円だった。タワーの向かいにある酔心で反省会をして解散した。

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写真2: 百井峠は国道477号線が越える

 

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写真3: 送電線尾根から小野山(670m)を望む