【日程】2006年4月28日(金)~29(土)
【参加者】3名
【天候】4/29 曇り
【行程】4/28(金)
9:26京都駅発=13:20武蔵五日市駅着、13:40油屋旅館着 14:00下見開始-15:00今熊山着15:25同発-16:30五日市中学校着(油屋旅館泊)
4/29(土)
5:40起床-6:20油屋旅館発-武蔵五日市駅にてT,Kと待ち合わせ。
(T,K 4/28 23時発 夜行バスーJRにて武蔵五日市着)
7:00駅発-8:06今熊山-8:49入山峠-10km地点通過後にT怪我9:50
市道山経由で笹平へ下山13:10
【事前調査・資料】
1、「山岳耐久王国」HP。醍醐丸迄は迷いやすい。写真付コース案内、等。
2、1/2.5万地形図(五日市、与瀬、猪丸、奥多摩湖、武蔵御岳)
3、山と高原地図23「奥多摩」(昭文社)
4、気象庁HPの統計資料。天気予報から雨と気温低下を予想。(外れた!)
【装備】(約9kg)
ザック(32㍑)、シュラフ(小)、マット(3/4サイズ)、コンロ・ガスカートリッジ(小)、コッヘル(小)、雨具(上下)、防寒具、手袋、シュリンゲ(2)、カラビナ(1)、食糧・行動食(2日分+)、水(4.35㍑)、ヘッドランプ(予備電池)、ナイフ、ホイッスル、ティッシュペーパー、テーピングテープ、レスキューシート、地形図・資料、コンパス、携帯電話、その他貴重品
【衣類・履物】
ハイカットハイキングシューズ、靴下、ズボン、長袖シャツ、帽子、肌着(上下)
【事故報告】 43期 K.T
〈原因〉
1. 初めての本格リーダーで気負いがあった。
2. ストレスが溜り、睡眠不足が続いていた。
3. ハイペースだった。
4. いつも使っているのにストックを忘れた。
5. ローカットの靴を履いていた。
〈状況報告〉
昨年参加した、日本山岳耐久レース(長谷恒カップ)のコースを二日で歩く計画でした。実際のレースは午後1時スタートで翌日の午後1時までにゴールなので山中は夜の走行がほとんど、いったいどんな所を走った(実際はほとんど歩き)のか分からなかったので、その検証と、途中リタイアしたので、次回参加の為の下見のつもりで企画しました。
二日で歩くと言っても、一日35Kあるので、コースタイム通りに歩いていたのでは、夜遅くまでかかってしまいます。コースタイムの3/4を目標ペースに設定。メンバーはKさんとTさん、リーダーは私ですが、経験値、体力共、お二人がかなり優っているので、私が頑張って歩けば問題無いと考えていました。
私がトップで、これぐらいなら保つかなと云う、目一杯ではないが、かなりのハイペースで歩き始めました。歩き始めて約3時間まで目標ペースで順調に進んでいました。道標に書かれている「日本山岳耐久レース スタートから10K」を確認して暫らくした所の緩やかな下り坂、ズルッと足が滑った、普通なら尻餅ついて終わりってところですが、埋もれていた石に右足が引っ掛かり捩れた感じで、倒れ、足首に強い衝撃が走った。
直ぐにTさんが足首が動かない様にテーピングをして下さり、立ち上がり歩こうとしたら足首に激痛。とても続行は無理と判断。水を捨て、装備を軽くして誰もストックを持ってなかったので木を一本拾って杖にして歩こうとしました。それでも痛くて歩けない、結局、Kさんに私のザックも持って貰い、空身にして木でダブルストックにし両腕で身体を支え、右足に出来るだけ加重の掛からない様にし、歩きました。段差のある登り下りは両腕でバランスを取り、ケンケンでジャンプ。両腕の筋肉と腹筋を鍛えていて良かった。筋力が無ければ、自力下山は無理か、もっと時間が掛かっていたと思います。約3時間で下山。タクシーで病院にいったら、右足首の細い方の骨が折れていました。固定をして貰い、JRで帰る事にしたが、帰りが又、大変でした。山中では、痛いながらも多少右足も使っていたが、医者に右足は絶対に着いては駄目だと言われたので、今度は、Tさんが宿に置いておられたダブルストックをお借りして、京都までケンケンで帰ってきました。 事故発生後、私は全くリーダーの役目は果たせず、お二人に全て任せる格好になりました。 最短下山ルートの決定。テーピング。Tの装備の歩荷。生木を切って杖を作る。降りでは前を歩いて、登りは後ろに回って、落ちないようにサポート。タクシーの手配。休日診療の病院捜し。予約していたバスのキャンセルと帰りのJRのチケットの購入等。そして、数々の励ましと細かい心遣いをして頂きました。言葉では感謝の気持ちは表わせません。パニックにならず、落ち込まず、帰京できたのはお二人のお陰です。
まだ怪我の治療中なので、考えが纏まっていませんが、この経験を今後の私の山行の在り方にどう生すか。そして、会に生かす方法は無いのか。今回の私の怪我は、本当に何でもない所で起こっている。と言う事は、誰にでもどんな山行でも起こりうる事だと思います。それを想定し、如何に準備して望むかだと思います。今までも、遭難対策の話合いや、救急の講習などをしてきていますが、現実の事故例として考察して頂ければ、より現実味をもって対策が検討出来るのではと思います。
最後になりましたが、KさんとTさんには、貴重な休みの山行を、私の不注意で台無しにしてしまった事のお詫びと、的確な判断で救出して頂いたお礼を申し上げたいと思います。申し訳ありませんでした。そして有難うござました。
会員の皆様にも沢山の励ましのメールを頂きました。私には、こんなに心配して下さる仲間がいて幸せ者です。有難うござました。
【感想】 48期 Y.K
普段繰り返し遭難想定で訓練をやっていても、いざとなるとできないもんだなあ。常識内のことはやったけどほんとにそれだけ。その原因は、救助を身近なものだと考えていなかったから。軽度に考えてしまっていた。普段必要重量以上にボッカをするのは何のためなの?って改めて自分に問いたくなる。もし一歩も歩かせずに搬送できていたら、ほんの少しでも負傷を軽減できていたかもしれないのに。
警察官や消防官でなければ山岳救助ができない訳じゃない。むしろその場に居合わせた人が、初期応急できなきゃいけないもんだと思う。山をやる年数がかさむにつれて、いたたまれない事態に遭遇する事も増えて。そのいずれもが大切な人が関わる状況だから、ロープワークもやらなきゃと思って始めた。大切な人を守りたいと思う気持ちは男性ばかりじゃない。自分の大切な人が、自分の手の届かないような山域で助けを求めていたら、きっと悔やみきれない。
もっと山奥の山域だったら。悪路・悪天等厳しいコンディションだったら。精神的に負傷者が参ってしまっていたら。よい医者に当たれなかったら。考えることはできるけど、実行できるかは別問題。これは自然と向き合う限りずっと考えなくてはいけない事なんだろう。