京都比良山岳会のブログ

山好きの社会人で構成された山岳会です。近郊ハイキングからアルプス縦走までオールラウンドに楽しんでいます。

No.3275 氷ノ山 雪中キャンプ

タイトルに雪中キャンプとある通り、気楽な冬山登山をイメージしていましたが、ラッセルにも読図にも予想外に厳しく、ギリギリの二日間でした。

 

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[NO.3275]氷ノ山雪中キャンプ マイカ

 

【日時】2013年2月22日(金)夜~24日

 天候:23日曇り、24日曇り

 

【参加者】

 上坂淳一CL 秋房伸一 藤松奈美 

1日目:出発8:10〜若桜氷ノ山スキー場8:30〜11:10リフト終点〜12:55三ノ丸展望台〜13:15三ノ丸〜15:40氷ノ山

2日目:氷ノ山避難小屋出発8:15〜11:30氷ノ山越〜13:40車道〜14:00デポ地

(注)氷ノ山南方のピークは一般的には二ノ丸と呼ばれるそうだが、展望所を設置している波賀町では三ノ丸と呼ぶそうである。

 

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(氷ノ山越 避難小屋にて)

 

【記録】上坂淳一

22日夜

 冬型気圧配置の続く中、山崎ICを降りたあたりから、激しく雪が降り続く。戸倉峠では路面にも積雪。氷ノ山スキー場(登山口)には何とか辿り着いたものの、足首ぐらいの新雪が積もっていた。下山路に近い無料駐車場に車を置く。

 

23日

 パトロールに届を出し、比較的行程も短いので、リフトは使わずにゲレンデの端を歩いて登る。上部はチャレンジコースという上級バーンで、ゲレンデガイドでは平均斜度18度となっているが、かなりの部分で30度近い斜度があり、無圧雪のために予想以上のラッセルを強いられる。

ゲレンデトップからは先行トレースがあり、稜線近くまで快適に登るが、三ノ丸付近は地形が平坦な上にホワイトアウトしていたので、慎重に読図をしながら進む。視界が改善されない限り下降は困難である。

 

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(三ノ丸避難小屋附近)

 

頂上付近では、視界がほとんどきかず、右往左往して何とか避難小屋を見つけた。

強風で雪が飛ばされており、テント設営が難しいので、小屋テントに変更する。

 

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(氷ノ山頂上避難小屋)

 

24日

 一度は出発したものの、まったく視界はなく、すぐに小屋に戻る。翌日には冬型は緩むはずなので、沈殿も考えたが、秋房のGPSを頼りに再度下山を試みることにする。

 こまめに地図とGPSを確認しながら進んだのでルートミスはなかったが、稜線の8割ぐらいは雪庇が張り出していた。

氷ノ越の避難小屋で休憩。このあと、夏は「ファミリーコース」と呼ばれる道を下山することになる。このルートは急斜面を下ったあと、沢筋までトラバースするところが読図の勘所になると思われた。斜度の変化に注意しながら、概ね夏道を正確にトレースして、沢に出た。しかし、沢の両岸は雪壁になっており、渡渉ができない。薄いスノーブリッジを試しに踏んでみたが、軽く体重をかけただけで踏み抜いてしまった。

やむを得ず、左岸の快適そうな斜面を見ながら、右岸をへつる。藪と腐れ雪に手こずりながら巻きおり、植林帯に出ると、そばに無立木の斜面があり、スノーボーダーの姿が見えた。近づいて話しかけるとトレースをたどれば林道に出るという。ありがたくトレースを辿ると間もなく林道に出た。

 

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【感想】 52期 秋房伸一

標高も1500メートルほどで武奈ヶ岳より100メートル高いだけ、スキー場のリフト終点から標高差では400メートルほど登るだけの、気楽なスノーハイキング、のつもりで参加しましたら、寒波の到来もあって、とてもエキサイティングな山行になりました。

奥深い山で、誰もおらず、地形図とGPSを頼りに進む、ラッセルを続けてひとつひとつ難所をクリアする。次には何が現れるのだろう、無事、たどり着けるのだろうか、まるで沢登りのような山行でした。上坂リーダーのもとでなんとか、帰着できました。

藤松さんも断然強くなっていて、頼もしかったです。無雪期に再度同じコースを歩きたいですし、来シーズンには氷ノ山方面をいろいろと探索したいと思いました。

皆さん、ありがとうございました。

 

【感想】 48期 上坂淳一

 タイトルに雪中キャンプとある通り、気楽な冬山登山をイメージしていましたが、ラッセルにも読図にも予想外に厳しく、ギリギリの二日間でした。

何とか無事に帰ってこられたのも、一つは避難小屋に助けられたこと、もう一つは行程を短く設定していたことで、慎重に行動する時間があったことでした。

 やはり、不慣れな山域では、より慎重に計画する必要があるようです。

 

【感想】 54期 藤松奈美

 今冬は、冬用登山靴を買ったので、たくさん山に行こうと決意していました。

 夏にもテント泊山行をしたことがなく、ボッカポイントもまだですが、冬山テント泊に何度も行ったおかげで、荷物を担いで歩けるようになり、体力もついたなあ、と思い、のぞんだ山行でした。

 

 事前に、早くテント場につきすぎてすることがなくなるくらいの楽な山行、と聞いていたので、スキー場をリフトを使わず、登ることに。今から思えば、これがすべての始まり・・・・。

 軽々とすべるスキー客に、奇妙な目で見られながら、巨大な荷物を背負い、急斜面を登るわたしたち。

 上級者コースの急騰のラッセルは、心が折れそうになるほど。それだけに、登り切った時には、何ともいえない充実感がありました。

でも、本来はここが登山出発口。スキー登山客の踏み跡があり、らくらくと登っていけたのは、最初だけでした。

 

 だんだん雲行きがあやしくなり、吹雪に。

 引き返すスキー客を見送り、せまい視界の中を地図を読みながら今度は本気のラッセルをしないといけなくなったのです。

 急斜面や雪庇と格闘し、頂上付近についた時は、まさにホワイトアウト

 以前、上坂さんに、「ホワイトアウトしたときは、登っているか降りているかも感覚がにぶる」と聞いていて、本当かなあと思っていたのですが、まさに、体感しました。

 強風のため、避難小屋に泊まることになり、お鍋をたべてほっと一息。

 夜中も激しい強風のため、壁がすごい音を立てていたので、これで外にテントをはっていたらどうなったんだろう、と、不安な一夜を過ごしました。

 

 朝起きても天気はまったく回復せず、一度出発したもののすぐに小屋に引き返し上坂リーダーが「あした会社を休むことも考えて」と言われた時は、どきりとしました。

 その後、秋房さんのGPSを頼りに下山していったのですが、とにかく足手まといにならないよう、付いていくのが精一杯でした。

 看板には確かにファミリーハイキング道と書いてあるのに、片鱗は全くなく、数㍍ごとにGPSを確認しながら、雪庇を通過していく、という厳しい下山が続きました。

 上坂さんが沢に落ちてしまいそうな場面もあり、ひやりとしましたが、落ち着いておられました。わたしがそれほど恐怖を感じず下山できたのは、上坂リーダーがとても頼もしかったからです。

 それでも、人がいる林道が見えたときは、心からほっとしました。

 その後に入った温泉の温かさは、今も体の芯に残っています。

 山は怖い。当たり前のことですが、しみじみ実感し、鍛錬を積まねばと思います。

 お気楽な山行、という前ふれはなんだったんだろう、と思いますが、メンバーを見ればこうなる予感を持たねばならなかったのかもしれません。

 勉強させていただいた例会でした。ありがとうございました。