京都比良山岳会のブログ

山好きの社会人で構成された山岳会です。近郊ハイキングからアルプス縦走までオールラウンドに楽しんでいます。

〈個人山行〉京都百名山シリーズNo.58・59 三頭山・朝日峯

平成30年12月8日(土)

平成30年最後の京都百名山シリーズは愛宕山の北方、三頭山(みつづこやま728m)と朝日峯(688m)を登った。個人山行の江村さんが1時間遅れで後続し、朝日峯で合流した。今冬一番の冷え込みとなり地蔵山の山頂部は白くなっていた。

f:id:hirasankun:20181210092734j:plain

 

【メンバー】 山本浩史L、鹿嶽眞理子、江村一範(途中合流)

【山  域】 京都府南丹市京都市右京区

【行  程】 桂川6:20-7:12八木7:19=7:45どんどこ橋7:50~8:08星峠~8:27 P569~9:14三頭山西峰~9:19三頭山9:28~9:45三頭山東峰~10:11芦見谷川出合~10:24林道入口~11:22 P807 11:50~12:33ダルマ峠~12:56カヤノキ峠~13:16松尾峠~13:31朝日峯13:41~13:58朝日峯分岐~14:59峰山~15:56栂ノ尾BS 15:59=16:59+10京都駅21:24-21:30桂川

【登山データ】 晴れ一時曇り 歩行24.4㎞ 8時間06分 延登高902m 延下降914m 5座登頂

JR八木駅から発車する京阪京都交通バス原行の乗客は我々二人だけだった。途中乗降もなく“どんどこ橋”からは無人で発車して行った。阿祇園寺の矢印に導かれ林道に入って行った。一段高い処に件のお寺を見て先に進むと谷の縊れた所で倒木が道を塞ぎ迂回を強いられた。星峠(465m)は地形図では点線道だがしっかりした林道が京北細野町から上がって来ており倒木被害さえなければ神吉へと抜けられていたようだ。峠には旧八木町長による「星峠道改修記念」の石碑が置かれていた。この碑には平成元年12月の日付があり丁度29年前に建立されたようだ。

星峠からは登山道となり複雑な地形を進んだ。登山道はP569の南端を掠っているのでピーク迄足を伸ばしたがピークには何もなかった。標高518mまで高度を下げ登り返しとなって三頭山を目指した。一貫した登りで山頂域に達すると芦見峠からの明瞭な登山道が合流した。南側にあるピークは三頭山西峰(731m’)で本峰より標高が高い。残念ながら“山頂”を示すものは何もなく展望も得られないので直ぐに本峰に向かった。三頭山(728m)は不通「みとうさん」と読みそうだがここは「みつづこやま」と読ませる。広く明るい山頂だが展望は得られない。3等三角点「細野」が設置されていた。

北に進むと稜線上に送電鉄塔があり切り開かれて展望が良い。振り返ると三頭山(728m)が望め、竜ヶ岳(921m)、地蔵山(948m)がどっしりと構え素晴らしい。今日は今冬一番の冷え込みとなり地蔵山の山頂は霧氷なのか白くなっていた。反対側には天童山(775m)、飯盛山(791m)等も確認できた。東南東に張出す尾根に進路を取りP642を目指すと微かな踏み跡が続いていた。P642は何の表示もなかったが三頭山が三つのピークを持つ山であることから此処を三つ目のピークとして三頭山東峰と見做した。

東峰からは踏み跡薄い北東尾根に入り芦見谷川へと下った。等高線が詰まり急斜面を木に摑まりながら慎重に下った。芦見谷川に到ると林道歩きで龍の小屋方面へと遡った。1㎞程行くと東の谷に入る橋があり車止めの鎖があった。林道枝線は傾斜が急で適当なところで西側の尾根に取付きたいが、壁のように立ちはだかり簡単に人を寄せ付けない。谷を渡り壁に取付くと道は無く恐ろしく急で足場も脆いので一歩一歩足場を踏み固め這い上った。岩場に取付いた方が安全かと試みるが岩が脆く掴むと崩れてしまった。元に戻り土の足場を固めながら登った。林道入口から30分余りで稜線に達した。稜線には獣道なのか微かな踏み跡があった。

稜線も急登が続き西からの尾根が合流すると道らしくなりP807に到った。北山エリアでよく見かける「P807」と書かれ小さなプレートがあり嬉しかった。昼食休憩を取りなだらかな稜線を南東へと進んだ。400m程行くと官兵衛山、細野峠への稜線が北に分岐した。この道は4年前に歩いている。この先の目標地点はP812とP792があるがP792は巻いてしまったのか知らずに通過した。

ダルマ峠に近づくと予期せぬ林道が現れ南側を巻いている。稜線沿いには古い踏み跡のようなものも見えるが、反対側でこの林道に吸収されてしまいそうだ。何処をどう歩いているのか惑わされ後でログを見ると明瞭な林道に出た処は地図通りの場所で本来歩く道を歩いて来たのだった。

ダルマ峠に到ると雲心寺林道でしっかりした道となった。200m程北で右に分岐するカヤノキ峠に到る点線道を歩く積りだったがそれらしい分岐のないままウジウジ峠に達してしまった。戻って確認するのも面倒なのでP675の南を行く林道を歩きカヤノキ峠に到った。北の谷からの林道は明瞭だったが、歩く筈だった南から合流する道はなくやはり道形は失われているようだった。

林道はP659の北側を巻いて進んでいるが北西側からピークに行く踏み跡があり辿って行くと何の表示もなかったがピーク付近から朝日峯が望むことができた。元に戻るのも面倒なので東の尾根をそのまま下り先の方で林道に復帰した。松尾峠手前で嘗て歩いた谷山6号橋から槇ノ尾に到る道が分岐した。松尾峠に到ると地形図には谷を下る点線道が描かれているが、何処にも登山道の入口は見出せなかった。少し北に行くと朝日峯分岐があり尾根道に入って行った。前衛のピークを越えしっかり登ると朝日峯(688m)山頂に達した。3等三角点「梅畑」があり西方面の展望が得られ比叡山(848m)や水井山、横高山等が綺麗に見えた。

f:id:hirasankun:20181210093221j:plain


下りだすと個人山行で追掛けていた江村さんが登って来て漸く合流することができた。分岐に戻り江村さんの戻りを待って3人して林道を東へと歩き出した。P556は知らない間に通過しヘアピンカーブで標高を稼ぐと何時しか道は登山道となった。P602の手前は伐採と倒木が凄まじく迂回を強いられた。峰山の西直下でく昭文社地図にも描かれた高山寺へ行登山道が山の北側を巻くように分岐した。直登路で峰山(538m)を目指し山頂に到ると3等三角点「峰山」が置かれていた。展望はなく3人で記念撮影をして下山に掛かった。11年前に来た時は南東尾根を下ったが、今回は「高山寺→」の標識に導かれて南西尾根に入った。

f:id:hirasankun:20181210093048j:plain

南西尾根は余り歩かれていないようで倒木で荒れているが道形は比較的はっきりしていた。高山寺境内に入るのは憚られるので尾根を南に真直ぐ下る積りだが特に分岐もないまま標高170m地点まで下って来た。樹林越しに対岸の高雄の駐車場が見え出した。登山道が東西に分かれたが何も案内がない。東に行けば高山寺、西は恐らく西明寺に下りそうだ。バスは栂ノ尾から出る。始発なら確実に座れるので栂ノ尾を目指した。山端を巻いて行くと「ガレージ前⇔峰山」の指導標があり「ガレージ前」とはまた局地的な案内で一体何処なのか分からない。降り立ったところは国道162号線白雲橋の袂だった。国道を歩き栂ノ尾バス停に到着すると3分後のバスに乗ることができた。

京都駅まで1時間余り掛かり駅前で反省会をして21時過ぎ解散した。

 

f:id:hirasankun:20181210092834j:plain

f:id:hirasankun:20181210092839j:plain

f:id:hirasankun:20181210092850j:plain

 

No.3766 青山讃頌舎美術館から秘境奥鹿野を目指す

2018年11月14日(水曜日)

【メンバー】

リーダー穐月大介、松岡みずほ、穐月哲、富岡慶子、奥野淳子、非会員一名

会員5名非会員1名 計6名

【行 程】

天候:晴

青山讃頌舎9:30集合11:00出発~11:20柏尾集落~12:20道路沿いで昼食タイム12;50~13:45 久昌寺~14:20 金毘羅宮~14:50 八柱神社~15:15 奥鹿野公民館前解散~16:15近鉄西青山駅まで歩いて、上本町行き急行利用

f:id:hirasankun:20181127134634j:plain

(靑山讃頌舎・美術館にて)

 

【記録&感想】17期 松岡みずほ
9:30ジャストに青山讃頌舎前に参加者全員が到着。
美術館長の穐月リーダーの説明を聞きながら、 2018年秋期企画展「それは釈迦から始まった ー穐月明の仏画と 収集古美術 」をゆっくり見せていただく。
続いて、お茶室でご母堂様からお薄とお菓子のお持てなしを頂き、落ち着いてしまいそうになったが、リーダーのかけ声で11時出発となる。
お隣の大村神社を通り過ぎ柏尾川に出る。周りにはほとんど人家のない所に、なぜか一軒だけポツンと建っている家があり、看板に「スナック まろよし」とあった。
どんな人がスナックに来るのだろうかと、いささか気になった。
昼でも人気の無い場所で、日暮れともなると真っ暗なのでは?
もしかしたら狐か狸が現れて「次は麿が歌わせていただこう」「おお良し良し!」
でまろよしか?などど思いつつ歩を進める。
11:20柏尾(カシオ)の里を通過。
「カシワノでなく、カシオ。時計会社と同じです。」
うん、それなら物忘れのひどくなった私でも覚えておけそうと安心する。
道は柏尾川と並行しており、ムカゴを見つけては、リーダーは食料確保に励んでいる。
このリーダーの後についていけば、食糧難は免れそうだ。
12;20〜12:50
暑くもなく寒くもない良い天気で、道沿いの枯草に腰をかけて昼食タイムをとる。
食事の後には、奥野さんが、リンゴとクリームがタップリ詰まったタルトを振る舞ってくださった。すごく美味しくてお腹いっぱい食べてしまった。
小春日和の日差しを浴びながら、手入れの行き届いた村落を歩くのは楽しい。
干し柿の吊るされた農家があり、どんな方法であそこに柿を吊るせたのかと案を出し合う。リーダー曰く、隣の二階から左側に出っ張っている屋根を伝って庇に移動できるはずだとのこと。
とある庭先には、移動式いろりを発見。空き家らしき所にはスズメバチの巣も見かけた。
道沿いに歩めば、黄金色に輝く銀杏の木や月日と風に摩耗し岩に刻み込まれたお地蔵様が目につく。
小高い石垣の上の立派なお屋敷と見えたのは保徳山・久昌時、曹洞宗のお寺であった。
ここで13:45。
御堂の入り口の柱には「座禅会」と墨書されたお札が掛かっていた。
座禅、それは見るには結構なものではあるが、短足の私には不可能な修行だと思った。結跏趺坐 脚が組めへーん!ところが、同行の非会員N君は、簡単にクリアできるとのこと。関節が元々柔らかいのだと結論づける。ちょっと悔しいけれど・・・

この辺りが奥鹿野の里であるらしい。オクガノと読む。
観光客を見かけない村で、静謐という言葉がピッタリくる感じだ。
村人がこぞって地域を守り慈しんでいるのが伝わって来る気がする。
穐月リーダーは、「ここに来て、僕の中で認識が変わってきた様な気がする。古いものを守るのではなく、古い文化を守るという事ではないかと」と話してくださった。
文化を守り継承していくには、若者達が意志的に係わっていかなければどうもならん。
この村で、選挙看板らしきものを見かけたが、2人の候補者が30代のイケメンだった。
そりゃあ投票に行く気も湧いてくる・・良い村だわと思った私でありました。
14:20 金毘羅宮の麓に到着。
階段はあるが枯葉に埋もれ、その上の道も荒れ果てているようで、私と哲さんはパスすることにして、四季桜の花をながめつつおしゃべりをしてチャレンジャー達を待つ。
上には社殿があるとのことだが、今はほとんど人が足を踏み入れていないようだ。
1966年に高松宮がおいでになり、そこで休憩されたとある。
きっとそのとき、社務所や階段を整備したと思われるが、それから50年以上過ぎているからね。

14:50 八柱(ヤハシラ)神社。
元々ある曲がりくねった参道はそのままに、まっすぐな新しい参道が作られている。
八柱と書いてあるので、8人の神様の名前が書いてあるのかと思ったら5行しか書いてない。
建速須佐之男命スサノオノミコト市寸島比売命イチキシマヒメノミコト)
この二つだけは読み取れたが、他は私には、お手上げだった。
15:15  奥鹿野公民館前で、ハイキング終了。
しかし、どっちにしろ帰路は全員が近鉄西青山駅歩かなければならない。
車道をダラダラとひたすら峠まで登って下って、16:10西青山駅に着く。
駅までの道すがら見かけた丹精されている鉢植えや、皇帝ダリアに感激すると、その家の奥様が、お土産にと折り紙に包まれた爪楊枝を配ってくださった。
一つずつ、違うメッセージが手書きされている。私は、いつも笑顔でを選ばせてもらった。
風物良し、人情良しの奥鹿野の一日でした。
普通の例会ならば、恐らく2時間で歩ける距離だと思われるが、メガ鈍足の私に合わせて、皆さんは嫌な顔もせずつきあってくださり、感謝に堪えません。

f:id:hirasankun:20181127134949j:plain

(村より八柱神社を望む)

 

【感想】50期 奥野淳子
11月の青山讃頌舎の庭は真っ赤に紅葉していました。
穐月明さんの仏画とインドの古い仏像など、丁寧に解説してくださり、知識の無い私でも興味深く拝見しました。
夏に腰を痛めて山歩きから遠ざかっていましたが、「平坦な道」と伺い参加させて頂きました。柏尾川に沿って奥鹿野まで、正に「日本の美しい風景」でした。
そして、皆様とお会いしてお話することで心が安らかになる不思議を想い出しました。
とても楽しい一日をありがとうございました。

f:id:hirasankun:20181127135043j:plain

近鉄西青山付近の線路跡)


【感想】奥鹿野探訪  21期 穐月哲
地震を鎮める要石で最近とみに参拝者がふえた大村神社の参道を下り、柏尾の集落を抜け柏尾川沿いに奥鹿野まで歩いた。
道端の二体磨崖仏に道中の安全を祈ると、すぐ里の入り口に奥鹿野の菩提寺旧昌寺がある。曹洞宗名刹伊賀国司北畠氏の家臣、川原田氏が元禄初めにお堂を建立したと説明がある。伊賀市奥鹿野に鎮座する「金毘羅宮」は集落を見下ろす高台にあり、峠道の守護神として里人がお祭りしたもので、文政年間に創祀されたらしい。
奥鹿野は、昭和41年全国的に活郷運動(村おこし)があり、高松宮宣仁親王が来られ野点を楽しまれた、との石碑がある。ところで活郷って何?
昭和41年(1966)頃と言えば、川端康成ノーベル賞受賞式で「美しい日本の私」と題した講演をしたなぁ、うっすら記憶にある。又DiscoverJapanは旧国鉄のキャンペーン(1970〜)「美しい日本と私」がキャッチフレーズだったかな?
ここも「人里離れた美しい風景」を残そうとの活動だったのかも、など思いめぐらす。集落の遠く、近くには四季桜(冬桜)が淡い色合いで咲いている。民家の畑ではお茶を栽培している。山、川、民家、林、全ての景色、姿が整っているのだ。そんなことを感じながら、さらに奥鹿野の産土さんである八柱神社(奥鹿野の鎮守で古くは八王子と称した)の大きな鳥居を潜って砂利の敷き詰められた長い参道を進む。
神前は老杉が鬱蒼と聳え、苔むした大きな岩があり、磐座信仰や民俗行事が今も残る。「日本の“ふるさと”がそのまま其処にある」秋色満載の美しい里山の楽しいハイキングでした。足弱かつ久々の参加、皆様の足を引っ張ってしまいすみませんでした。同行させて頂き有り難うございました。


【感想】25期 穐月大介
奥鹿野の村は靑山讃頌舎・美術館のある阿保(近鉄青山町)から淀川源流の一つ柏尾川を2時間ほど遡ったところにあります。さすがに車道もありますが、今回は車の少ない川沿いの道をたどりました。
阿保もたいがい田舎ですが、奥鹿野は更に布引山池の山中にある感じです。しかしとても綺麗に保たれ、家は立派で神社も手入れが行き届いた生きた村です。ちょっと桃源郷のようイメージがあったので今回訪問を計画しました。
当館の紅葉もまだ盛りで天候も穏やか、平日例会なのに6人ものパーティーになり大変嬉しかったです。有難うございました。

後で地元の人に子供の頃は「どうやってかよってたのですか」と尋ねたところバスがあったのだけど、それを逃すと西青山から夜、歩いて峠を越えた」そうです。
近鉄西青山は周りには何も無い山の中の駅で奥鹿野まで徒歩1時間です。街灯もない暗い峠道を林の間から見える空を便りに歩いて帰ったそうです。

 

〈個人山行〉京都百名山シリーズNo. 56・57 半国高山・十三石山

平成30年11月3日(土)

快晴無風の文化の日雲ヶ畑の持越峠を起点に半国高山(670m)と十三石山(496m)の京都百名山2座を登った。9月の台風の影響で倒木が目立ち乗り越え下を潜りあるいは迂回を強いられたりして多少時間が掛かった。

f:id:hirasankun:20181105230651j:plain

写真1: 倒木が登山道を塞ぎ迂回や潜り抜けで通過

 

【メンバー】 山本浩史L、梅村重和

【山  域】 京都市北区

【行  程】 桂川5:30=6:00宝ヶ池=6:30持越峠6:39~7:18八幡宮入口~8:02岩谷峠~8:22半国高山8:27~9:21 P602 9:27~10:48東谷尾根取付~11:08芦ヶ谷林道終点~11:34 P526 12:02~13:07寺山13:11~13:25満樹峠~13:47十三石山13:57~14:32十三石山北尾根取付~15:18持越峠15:27=15:55宝ヶ池~17:00壬生はなの湯17:54~18:20桂川

【登山データ】 快晴 歩行 17.4㎞ 8:39 延登高 1,287m 延下降 1,287m  3座登頂

 

宝ヶ池で梅村さんをピックアップし府道61号から107号を走り持越峠に到った。途中台風の凄まじい倒木被害の状況を見て走っていると電話線の復旧工事が行われていた。持越峠に到ると林道分岐付近に車を止め真弓方面に向けて下りだした。ぼ~うと歩いているとT字路を手前の林道分岐と勘違いして府道をそのまま行ってしまい初っ端から道間違いをやらかしてしまった。分岐点に戻り北に進んで八幡宮入口に達した。集落の最奥に八幡宮があり、先ずは登山の無事を祈願し谷筋の寺谷峠への古道を登った。真弓と小野郷を結んだ峠道も今では越える人もなく、荒れているが道形はしっかり残っていた。急傾斜になり岩盤が谷道を阻め北側に迂回して再び谷筋に戻った。台風による被害は殆ど無く順調に寺谷峠に達した。

寺谷峠は平成16年に供御坂峠から岩屋山方面に縦走したときに訪れたが記憶に蘇らない。稜線にはしっかりした縦走路があり問題なく歩けた。峠から80m程の標高差を登ると半国高山(670m)に達した。展望のない山頂だが山頂標識が設置され、3等三角点「小野」が置かれていた。給水を取りP546へと下るが登山道は供御坂峠へと下って行くので道のない斜面を下らなければならない。稜線からの下り口が難く、樹林で尾根が見通せずかなり迷ってしまった。下り出すとやはり道は無く、意味不明のロープが張られていた。

両側の谷が深みを増し鞍部に達すると間違っていなかったと一安心、P546への登り返しとなった。P546のピークには何の表示もなく知らぬ間に通り過ぎてしまった。鞍部に到ると登り返し70mで西に張出したP602を目指した。稜線上の最高所から西に入り回り込むようにしてP602に達するが樹林が密生し、茨の蔓が絡まり歩き辛かった。ピークには「P602」と記された小さなプレートが掲げられていた。

f:id:hirasankun:20181105231036j:plain

写真2: P518の南のクランクで展望が得られた P602、半国高山(670m)を望む

 

分岐に戻り南南東へと下り東谷を回り込むようにして府道107号線に下った。途中要注意箇所が2箇所あり、稜線の方向の途中から派生する支尾根のような所に下らなければならない。先ずはTVアンテナが立っている処から南東に下ることになるのだがTVアンテナの位置でコンパスを合せるともう少し先で分岐するような感じで進んでみたが手前の尾根に高さが加わりあの尾根だと見極めトラバースして正しい尾根に乗った。次もまた同じような西方向に伸びる尾根に下るが自信が持てず行ったり来たり、結局一つ手前の尾根に入ってしまった。この尾根は谷の途中で収束してしまうが下りられる処まで下りようとそのまま進んだ。微かな踏み跡が現れ予定していた尾根との間の東谷へと道が続き辿って行くとモノレールの軌道の設置された谷に達した。モノレールは使われなくなって久しいようで錆と軌道脇に成長した木が歴史を物語っていた。

東谷は比較的なだらかなのでそのまま辿って行くと開けた部分から白木谷山(566m)が見えた。谷はと云うと少し先の傾斜が急になる処で倒木が凄まじく谷を埋めていた。モノレールは分岐があり一方は南西尾根に向かって行ったので予定の尾根に乗ることにした。再びモノレールと共に尾根を下り現れた踏み跡を辿って府道に下り立つことができた。

真弓川に沿って府道を300m程下ると芦ヶ谷林道入口があり、入って行った。斜面を見上げると台風の被害で斜面一面の木が倒れ大変な被害を生じている部分が局地的にあった。林道は地形図では標高430m地点まで描かれているが実際は397m地点まででその先300mは崩壊したのか突然途切れていた。仕方がないので南側の急斜面に取付き稜線まで120mの標高差を這い上った。

P526まで進み昼食休憩にした。ピーク付近が伐採されて明るいが展望を得られるまでには達しない。P526の稜線は真弓川と杉坂川の合流点を先端とする尾根で風の通り道だったのか稜線に倒木が目立った。直ぐ東の岩稜ピークも木が寄りかかるように倒れ登山道を塞いでいた。持越峠から氷室に到る稜線“ダラノ坂”に達すると道はまるで高速道路のようにしっかりして快適に歩くことができた。P518の南側でS字にクランクするところで展望が開け午前中に歩いたP602や半国高山を望むことができた。

南に向かって歩いているとトレランの男性がやって来た。(この日あったのはこの男性だけだった。)此の稜線に入ると「KMC」と書かれた白いテープが頻繁に出て来た。中にはメッセージの書かれたのもあったが何だろう?氷室神社への道と寺山への分岐点に達した。昭文社登山地図では赤点線道で記されているが明瞭な道がある。寺山(500m)山頂に達すると2種類の山頂標識が掲げられていた。展望は得られず給水だけして先に進んだ。

氷室から小峠を経由して登って来る道と合流して下り切った処は満樹峠(414m)で東側には上賀茂の立命館大グランド付近に下る道が分岐した。登山道に頻繁に出て来た「KMC」の白テープと共に「11/4に責任を持って取り外す」と記された張り紙があり、明日(11/4)トレラン?の大会が催されるようだ。登り返すと倒木が凄まじく登山道を覆い、下を潜ったり迂回したりしながら十三石山(496m)に達した。3等三角点「十三石山」が設置され、比叡山の方向だけ僅かに開かれていた。

f:id:hirasankun:20181105231138j:plain

写真3: 十三石山山頂にて

 

十三石山からは早刈谷東尾根(十三石山の北尾根)を下山する。倒木は煩いが比較的スムーズに下山できた。尾根の先端は急斜面で一時踏み跡を見失ったが再び現れ早刈谷に下り立つことができた。出て来た処は地形図の鴨川合流点付近と違い少し上流側だった。府道61号に出ると3㎞余りの車道歩きで持越峠へと戻った。

f:id:hirasankun:20181105230526j:plain

 

〈個人山行〉京都百名山シリーズNo.54・55 貴船山・鞍馬山

平成30年10月13日(土)

f:id:hirasankun:20181028114017j:plain

写真1: 貴船山(716m)山頂にて 

 

9月4日台風21号、9月30日台風24号と相次いで上陸した強い台風により京都の山にも大きな被害を齎した。叡山電鉄貴船口~鞍馬間が未だ不通、貴船・鞍馬の山行は、どうなることかと危惧したが、二ノ瀬ユリからのルートには倒木はあるものの大した支障はなかった。一部エリアで凄まじい倒木の個所があり台風の猛烈な風を思い知らされた。。

 

【メンバー】 山本浩史L、土井司、梅村重和
【山  域】 京都市左京区右京区
【行  程】 出町柳7:15-7:40二ノ瀬7:44~(二ノ瀬ユリ)~9:15貴船山9:26~10:26芹生峠~11:21送電鉄塔11:52~12:34旧花脊峠12:40~(途中省略)~鞍馬寺山門15:47~16:18貴船口16:21-16:50出町柳
【登山データ】 晴れ時々曇り 歩行19.0㎞ 8時間27分 延登高1,452m 延下降1,250m 2座登頂

f:id:hirasankun:20181028114506j:plain

 

二ノ瀬駅叡電の列車を下りると、運転席に係員が乗り込んだ。貴船口~鞍馬間が運休中の為、代用閉塞が施行されているようだ。鞍馬川に沿って歩き出し叡電の踏切を渡ると夜泣峠への道が分岐した。張り紙があり台風の被害が大きく通行止めとあった。ユリ道はどうだろう。何の表示もないので問題ないのだろう。ユリ道は緩い傾斜で徐々に稜線に近づいた。40分余りの歩行で稜線に達しがユリ道はまだ続く。稜線の西側に2m幅の道が続いている。
P567の西を巻き終った処で倒木などで道形が見えなくなり稜線に上がった。踏み跡があり貴船山(716m)へと進んだ。ユリ道は貴船山の東側を巻いているので稜線に沿って登り山頂に到った。標識はなく切株に黄色のビニールテープに山名が記されただけだった。展望はなく暫く休憩して先に進んだ。杉林の道は光が注ぎいい雰囲気を醸していた。
滝谷峠に達すると西側の直谷からの道と奥貴船橋からの道が上がってきているが、谷の倒木の様子はどうだろう。更に北に辿りP760に到ると西側が開け、桟敷ヶ岳(896m)が望めた。直谷の枝谷の源頭を回り込むように展望地は続き西の方に愛宕山(924m)や地蔵山(950m)が望めた。芹生峠南の小ピークに到ると北側の展望が得られた。鹿除けネットに沿って下り芹生峠に達した。府道361号が越えるが、貴船から芹生峠までは9月4日以来通行止めになり車は来ない。峠のフェンスに山型の芹生峠標識があり「比叡山を望む」とあったが周りの山は見えない。

f:id:hirasankun:20181028114131j:plain

写真2: 旧花脊峠付近送電鉄塔より水井山(794m)、横高山(767m)、比叡山(848m)を望む


峠は切通のフェンスで北の稜線への取付きを探すと芹生側に少し下って谷筋に取付けた。思っていたほど台風の被害は少なかったが随所に倒木があり道を阻んでいる。芹生峠からは左京区右京区の境界尾根で城丹国境尾根となった。旧花脊峠までの稜線は谷が複雑に入り組みルートファインディングは難度が高そうだ。送電鉄塔に達したら昼食にしようと地図と地形を注視して現在地を確認しながら進んだが尾根を一つ間違え谷を挟んで西側の鉄塔に来てしまうというミスを犯してしまった。
間違って来た鉄塔は展望も良くゆっくり休憩した。昼食後来た道を引き返すとやたらテープがあり、何処を目指すテープだったのだろう。本来目的としていた送電鉄塔までは13分を要した。この付近からは比叡山、水井山、横高山それに旧花脊峠付近にある天狗杉(837m)とその上に花脊の電波塔が見えた。742mの鞍部への下りは慎重に見極め要注意箇所をクリアした。芹生から登って来た林道に下り立ち、林道歩き10分で旧花脊峠(756m’)に達した。今年3月の雲取山に登った時以来だった。峠には小学校の先生二人と車いすの女の子がワゴン車で来ていた。他の児童は天狗杉に登っているそうだ。
国道477号線の通る花脊峠は大原から花脊峠までの間が通行止めで百井地区は孤立しているようだ。府道38号線も鞍馬温泉から北は通行止めで京都市北部の交通網は未だ寸断している。峠から南に進むと直ぐにアソガ谷経由で奥貴船橋に到る道が右に分岐したが地形図にある分岐箇所とは一つ谷が違っているようだ。先ほどの送電線を潜ると林道沿いに池がありその先で車道が分岐した。右はアソガ谷を下る地形図通りの道と思って左に入ったがすぐに途切れてしまった。左の道に戻ると南に進む正しい林道だった。そしてアソガ谷への道は失われたのか間違って書かれたのか峠付近で分岐した道しかないようだった。明瞭な林道を南下し林道は東に去って行き、ロープの張られた林道枝線がさらに南下している。鞍馬山への道は此処を下る。

(途中省略)
何時もなら賑わってる鞍馬駅周辺はひっそりとして、叡電運休や鞍馬寺の拝観停止、22日の火祭りも中止と秋の観光シーズンに痛手だろう。鞍馬寺山門から由岐神社までは行けるようだ。国際会館行のバスまでまだ時間があるので叡電の被害の状況を見ながら貴船口まで歩くことにした。風や倒木によって架線柱が歪み全部取り換える工事が進行中だが今日はお休みのようだ。10月末の開通が待たれる。山の斜面の倒木は凄まじく林業への打撃計り知れない。貴船駅に到着すると3分待ちで出町柳行きの列車があり効率よく帰ることができた。出町柳の居酒屋“でまち屋”で反省会

f:id:hirasankun:20181028114220j:plain
写真3: 台風21号による倒木が酷い

個人山行き 奥ノ深谷遡行

f 2018年8月26日(日)

f:id:hirasankun:20180830110433j:plain

秋房さんが滑り込みセーフ

 

【メンバー】高橋秀治・秋房伸一・松井篤・土井司・若山照代・YN・伊藤清忠 

計7名

【行程】坊村駐車場8:20~入渓9:30~13:15遡行終了地点13:35~(登山道下山)~14:25林道~15:00坊村駐車場

 

【感想】  52期 秋房伸一

 比良の秀渓といわれるだけに、改めて素晴らしい沢だと感じました。

高橋Lから先頭を行くように指示いただき、よい経験ができました。3週間前にも予習をさせてもらっただけに、前回よりも水量は多かったですが、スムーズに遡行できました。皆さん、ありがとうございました。

 

【感想】57期 若山照代

ずっと行きたかった奥ノ深谷は、噂どおりの素晴らしい沢でした。次々と続く中小の滝、透き通った水、太陽に照らされた明るい渓。気がつけば、あっという間の出来事のように感じられた楽しい一日でした。また奥ノ深谷には「私の力量でも、登れそうな感じの滝」が沢山あり、色々なチャレンジ(ステミングしてみる、お助け紐に縋らないで登ってみる、等)が出来て、いい経験をさせていただきました。それも高橋リーダーや秋房さん、松井さんがロープを出して下さり、安心をして遡行ができたお蔭だと思っています。何度でも行ってみたい沢がまた一つ増えて、幸せな気持ちです。

高橋リーダーはじめ、ご同行いただきました皆さま、ありがとうございました。

 

【感想】 46期 松井 篤

例会に匹敵するような大所帯をまとめてくださった高橋リーダー、終始トップで引っ張っていただいた秋房さん、ありがとうございました。

京都市内の猛暑が嘘のような爽快で楽しい沢登りを満喫させてもらいました。

比良には沢登りが楽しめる沢が幾つもありますが、やはり奥ノ深谷はその中でも美しさや気品を備えた女王だと再認識しました。

いやー、夏の沢登りは本当にいいですね。

 

f:id:hirasankun:20180830110716j:plain

ステミングで突破

 

【感想】56期 土井司

入渓地に着いた地点ではすでに汗まみれ。装備を整え川に浸かると最高に気持ちいい!とうかれていると皆さん進むのが早く置いてきぼりにされてしまう。確か2名は今回が初の沢登りのはずだが、どんどん先に進んでいく。こちらが着いていくのに必死。

水温も冷たくなく透明度も高く、滝の登高も難し過ぎず優し過ぎず(トップは無理だが)レベルとしては丁度いい渓谷であり、本当に楽しい遡行であった。

それにしても始めてという両名は、滝でも簡単に上り詰め恐れる。私が最初の頃はおっかなびっくりで常にビビっていたのだが(今でも大して変わらないが)恐怖心が微塵も感じられない。今後の活躍が楽しみである。

素晴らしい遡行であったのは渓谷の状況だけではなく、高橋リーダーをはじめとするご一緒いただいた皆様のおかげであったのは言うまでもありません。次の機会も宜しくお願いします。ありがとうございました。

 f:id:hirasankun:20180830110451j:plain

泳いで取り付くが美しい大釜

 

【感想】61期 伊藤清

沢登り初体験の私としての感想ですが、夏の登山は暑くて汗をだらだらかきながら登りますが、世界でも屈指の美しい水をたたえる日本の清流を、その中に足を踏み入れて遡上してゆくというのは、どれだけ冷たくて気持ちの良いことでしょう 晴れていれば尚更にロケーションは最高です そして、目の前に現れる滝、いかにルートを考えて登っていくのか?まだ初めての私は、ヌルッとした岩に体重をかけるにはまだ、恐怖心があります これから克服していきたいと思っていますが、沢登りの醍醐味はこれら全てを含んだところにあるんだろうなと初心者の私は勝手に一人思っています。

 

 

 

 

【感想】60期 YN

当初高い夏山に沢山登りたくて入会したので、沢登りにはあまり興味がなかった。危険だから最後でと言われていた沢、まだロープワークやボルダリングレベルもまだまだの自分にとっていずれ行ければ良いかな程度の感覚でいた。でも先輩方の話を聞く内に沢登りしてみたいと思い始め申し込んだ沢は台風のためあえなく中止となり、もやもやしていた所、今回の奥の深谷のお誘いを受けた。

沢用ズボンを忘れたり、最初から不安があったが、入渓してそんな物は飛んでしまった。一つとして同じ表情がない滝、迫力ある水流、きらきら光る水面、アスレチック感満載のクライミング、これはやみつきになりそうだ。

 

【記録と感想】53期 高橋秀治

 昨年「前鬼ブルー」をご一緒したメンバーから次回は「奥ノ深谷」に連れて行って欲しいと言われた宿題を解決するために3週間前に秋房さんとATさんで予習して、今回は復習という事で企画しました。

しかし、沢登したいから入会したと言う声が多いのか、沢登初めてと言うメンバーと奥ノ深谷は初めての合わせて4名を率いての遡行となり、リーダーの力不足を痛感して、秋房さんにと松井さんにヘルップをお願いし企画できました。

当日は秋房さん・YNさん・若山さんを先頭グループとし、後続は、松井さん・伊藤さん・土井さん・高橋の2班に分けて遡行開始。

「関西起点 沢登ルート100」に記してある遡行図では最初の7m滝は左側を絡みながら進むとありますが、秋房さんは、大釜を泳ぎ7m滝をロープを出して直登。その後を続くYNさんに尋ねると「私も直登したい」との返答。どうなることかと見守っていると、あっと言う間に直登される。若山さんもそれに続く。皆さんあっぱれです。

 後続はお楽しみは後に残そうと左側を進みました。

その後も皆さん初めてのルートとも思えないくらい楽しんでぐんぐん進んでいかれます。

 4段40m大滝もノーロープで進み、核心部の10m滝に到達。ここでも先頭の秋房さんがノーロープで直登され、思わず下から「ロープを出して下さい」と叫び、上からロープを下ろしてもらい進む次第です。

 快晴の中、市内では酷暑でうんざりしている中を、皆さんさわやかな水線を思う存分楽しまれ、ハイテンションで進み、気が付けば林道が交差する地点に着き、遡行を終了しました。

 「沢登りは助け合いながら進む団体競技です。」と秋房さんが言われるように要所では、お助けロープ等を出して頂き私は年々それが無ければ進めないと今回も実感致しました。ご一緒頂いた皆様ありがとうございました。

 標高差282m、水平距離1500m。所要時間4時間弱で、美瀑と淵を連続できる名渓を堪能でき、さらに市内から1時間余りで現地に到達できます。是非皆様来年は沢登を楽しみましょう。