京都比良山岳会のブログ

山好きの社会人で構成された山岳会です。近郊ハイキングからアルプス縦走までオールラウンドに楽しんでいます。

No.3728  東山 読図例会 読図ポイント

2018年4月28日(土)

【メンバー】
小泉賀奈子(CL)、田中靖之、MYYN                   計4名
【行 程】
4
28日(土) 快晴
8:30
京阪大谷駅10:23音羽山593.1 10:3212:05 牛尾観音(昼食)12:4013:31高塚山△485.013:56 343のピーク~14:32 醍醐寺境内 北門~14:56 地下鉄醍醐駅着 解散

 

【記録】      52期 小泉賀奈子

 ゴールデンウィーク初日、快晴に恵まれ、

絶好の登山日和となった。今回の読図例会は、これまで行ってきたものとは異なるコンセプトで実施した。というのも、雨で予定していた下見ができなかったため、地図作成が間に合わなかったためである。そこで、参加希望者の皆さんに了承をもらい、「このルートで読図例会を実施するなら、どこをポイントにするかを考えながら歩く。」という趣旨で行った。

 まずはリーダーが先頭になり、読図ポイント候補を紹介しながら歩いた。京阪大谷駅から高架を渡り、東海自然歩道へ。木漏れ日がとても気持ち良い山道だった。谷筋から登り、尾根に乗り上げたところで現在位置の確認をした。地形図上でも特徴的な場所である。この後、尾根をずっと登っていくこと、石段がコース上に出てくることを確認した。所々、進行方向や道の形など、地図を手に解説を加えながら進んだ。2つめのポイントは、電波塔のある三叉路。Nさんは、道の形状や建物をすぐに言い当てられた。Yさん、田中さんは、しばらく逡巡されたものの、少し動いて周りの様子を偵察し、同定された。ここから先は、先頭を順に交代。コースをいくつかに分けて各自ポイントを設定し、その箇所で止まっては解説する、という方法をとった。

 音羽山の山頂からは、琵琶湖や京都市内が一望でき、とても気持ちが良かった。進行方向に傾斜の緩い尾根が延びているので、地図を確認しなければ危うく直進しそうな箇所であった。念のため、進んでみると、本当にどこまでも行けそうであった。気をつけたい道迷いポイントである。

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音羽山山頂にて

 

 音羽山からはYさんが先頭になって進んだ。送電線、三叉路、読図ポイントをそれぞれ想定しては確認する、という行程を楽しんだ。一か所、意見が割れたところがある。牛尾観音と石山方面の分岐である。地形図上では、牛尾観音へは谷筋を下っていくコースが示されているが、どうやら歩いたのは破線が途中で途切れている、尾根を伝うコースである。しかも、破線が途切れた先に、南側の谷に下りて牛尾観音に行く道があり、これは地形図には載っていなかった。また、南側の谷に下りるコースは見付けにくく、田中さんは文明の利器を使って読図され、尾根を直進して南下することを選ばれた。地図に載っていないとなると、本当にこちらの道で良いのか迷ってしまう。今回は、読図ポイントの設定を趣旨にしているので、「迷った時は行ってみよう。」の精神で尾根を突き進んだ。明らさまにベンチで行く手を防いであるのに、である。おもしろいことに、この尾根、道がないのに道があるように見えるし、とても歩きやすい。川のせせらぎが聞こえ、傾斜が急になったところでストップ。無駄に見えるが、現在地を確認するにはとても大きな意味があると私は思っている。もちろん、戻る時にも道迷いの危険が伴うので、明らさまに元の場所が分かる箇所でしか行わないようにしている。

 

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   地図を片手に歩くメンバー

 

 その後、Yさんは何度か立ち止まって迷っておられる様子だったが、車道まで出て牛尾観音に到着。実は、山道の途中に小さな看板があり、山から直接牛尾観音に下りてくることができたのである。田中さんはそれに気づいていた様子。三者三様で勉強になる。

 牛尾観音は山里の秘境寺という趣で、杉の大木がそびえ、とても神聖な場所だった。空気がおいしくて、昼食をとりながらそれぞれが日頃の疲れを癒した。

 その後、川を渡りせせらぎを横目に醍醐へ向かう。時折、登山者にも会い、人気の山だと分かる。送電線、トンネルなど、人工物も多く、現在地を確認しやすかった。高塚山では、三角点を確認し、心地よいペースで下っていった。一か所、道を見失ったが、少し戻って田中さんが登山道を発見。無事に下山することができた。

 

【感想】      57期 MY

読図山行を計画する場合、どこにポイントを設定するかを話し合いながら地図に落とすという試みでした。地形図からピークなど特徴的な地形や人工物が見られる箇所を探して、設定するポイントの案を出し合いながら歩きました。現在地を地形図から読み取るのは難しくもっと練習が必要だと感じました。地形図の読み方、地図記号や三角点の話し等とても勉強になりました。今後ともご指導頂けると幸いです。

 

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木漏れ日の中を進む

 

【感想】       60期 YN
3回目の読図例会となる。今回は読図ポイントの設定の仕方がわかる趣向であり、こ
れもまた読図力の向上になるだろうと期待して臨んだ。当日は山行にもってこいに晴
れ渡る。気分も上昇し、リーダーが地図上に設定されたルートを通りつつ、東海自然
歩道沿いの尾根に向かい歩いて行く。最初のピークまでは現在地を確認しながら地図
上の記号が何かを当てていく。それから参加者全員で読図になりそうなポイントを設
定したのち、田中さんを先頭にそれがどこかを確認しながら歩いて行くが、ピーク534への分岐手前の自分の設定したポイントは外してしまう。人工物との交点ではあったが、踏み跡のある道につられ設定ルート上を歩けていなかった為であった。その後もリーダーからこまめに現在地を確認されつつ、10時頃音羽山山頂へ着くと、山科
区内と琵琶湖も望める大パノラマが広がっていた(送電線がある為だろうか)。小休
憩して次は牛尾観音へ先頭をYさんに交代して進む。途中石山寺への分岐から右へ巻き道を行くと現在地を見失う、これも設定ルート上を辿っていないために現在地の把握が困難になったからかと思いつつ、ヘアピンみたいな牛尾観音への逆方向の道が
あったので、田中さんが目的地へ一直線に尾根筋をおりる道を提案されたが、道がないのですぐに違うと気づかれたが、リーダーが行ってみましょうと言われたので、下りていくと傾斜と谷川のせせらぎが大きくなってきて、これは危険だからと元来た道へと引き返した。やはり下りはとても迷いやすいと再認識する。牛尾観音へと到着すると丁度正午過ぎだったので昼休憩をとる。ここは山と山に挟まれた高台にある隠れ里
みたいな所だ。新緑の清々しさ、大杉の存在感と相まって境内からの眺望にとても癒
やされた。その後は自分が先頭に午前中と同じくポイントを設定して進んでゆき高塚
山へ着く。リーダーから三角点の説明を聞いてから醍醐寺へと帰路についた。結果、
ポイントは合計10カ所位設定出来た。多めにポイントは作っておき、参加者によりポイントの数が調整できることも知った。ただポイントはもっと厳密に特定しますと
も。自分の読図力はまだまだですが、読図は現在地の把握と道なき道を行ける基礎的
なツールであるし、低山でもじっくり楽しむことが出来る貴重なツールであると再認
識できた例会でした。
小泉リーダー、参加者の皆さまありがとうございました。

 

【感想】       55  田中靖之
今回自身約半年ぶりに例会に参加させて頂きました。昨年10月から体調を崩し、又体調回復後は仕事が忙しくなり3月末までは比叡山に1回登っただけでしたが、仕事も落ち着き、4月六甲2回、蓬莱山1回登り今例会に参加させて頂きました。

今回、小泉リーダーには、読図のポイントを所々で丁寧に教えて頂きました。いつもは標識が豊富な六甲に行くことが多く、あまり地図を見ないので、今例会をきっかけに、読図が必要な事が多い比良山や京都の北山にも行ってみたいので、読図を少しでもできるよう頑張りたいと思いました。

尚、音羽山は別ルートで登った事は有りますが、それ以降の高塚山は初めて登りました。音羽山から京都市街が一望でき大変綺麗でした。
今回読図例会で地図を確認しながらの山行なのに、久しぶりに会の皆さんとの山行で凄く楽しく、山行中しゃべりすぎ大変失礼しました。小泉リーダー、参加者の皆様ご一緒させて頂きありがとうございました。またよろしくお願いいたします。

 

 

No.3727  京都外周ウォーク⑪ 春の八丁平湿原・峰床山・鎌倉山

2018年4月22日(日)

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【メンバー】

CL 57期 崎山康治

54期 鹿嶽眞理子 

【行 程】

22 晴れ時々曇り 昼気温32度

7:45京都バス出町柳駅前発=8:40葛川

学校前着・出発~[伊賀谷]~9:30二

股~[右股]~10:30中村乗越~10:35八

丁平湿原~10:45同南端~11:00クラガ

リ谷への分岐~[クラガリ谷]~11:20

尾根筋~11:30 970m峰床山休憩・昼

食12:0012:25オグロ坂峠~13:35

970m鎌倉山休憩~14:40林道出合

休憩~[鎌倉谷]~15:00葛川森林キャ

ンプ場前~15:05坊村バス停到着・

15:46江若交通バス堅田駅行発=

16:40JR堅田到着

【歩行距離等】

歩行距離:11km

所要時間:6時間35

累積標高差(+)1,000m(-)1,040m

【記 録】57期崎山康治

満員のバスに揺られ葛川学校前で下車。中学校北側から安曇川支流の伊賀谷を遡上し「火の用心」の大看板のある二股に至る。左岸に渡渉する橋が無いため少し下流の堰堤の縁を渡り右股に進む。

テープ等の目印に従い谷を左右に渡りながら北に進み、最後に右岸に渡って谷を離れ、急斜面を登って西に折れ中村乗越に着く。

西側の眼下に八丁平を見ながら斜面を下り六尺道に出会う。道なりに南に向かい、湿原の南端から峰床山への道標に従って木道等を北西に進む。フノ坂峠への分岐を見送って湿原の中を進み、クラガリ谷への標識から西に向かい、湿原を進む。北へ向かう谷と別れ、踏み後に沿って西に登る。前回、北に進む目印に従ったが途中で滝に阻まれたため、素直に西の谷を辿り急斜面を経て尾根道に出る。北に向かい峰床山頂上に到着。360度の眺望があり、比良山系等を眺めながら昼食を摂る。

下山は、オグロ坂への標識に従い、東の斜面を下り、イワウチワなどを楽しみながら、オグロ坂峠に至る。

休憩後、眼前の斜面を東に登り、アップダウンを繰り返しながら北東に進み、ようやく鎌倉山に着く。眺望はきかないが雑木林がきれいな平坦地の山頂で、休憩後、東に向かう。緩やかな下りを満開のシャクナゲの花やイワカガミ、ブナ林などを楽しみながら、広幅の林道出合まで下る。

 

 

休憩後、「城の鼻~登山口」の標識に従いカマクラ谷へ下り、「かまくら谷林間遊歩道案内図」の大看板のあるキャンプ場前に着き、葛川市民センター前駐車場を経て坊村バス停に到着。予定の出町柳までの京都バスには2時間余りあるため、休憩後、江若交通バスでJR堅田駅に向かう。

【感想】54期 鹿嶽眞理子

爽やかな新緑とせせらぎの音に心弾ませて歩きだしました。しかし、上のほうに上っていくとまだあまり芽吹いておらず、八丁平は冬の眠りから目覚めかけてるところでした。さらに登っていくと、ミヤマカタバミ、オオカメノキ、イワウチワが咲き乱れ、イワカガミは今日初めて開花したのかと思われる初々しさでした。圧巻は、下山路で見たシャクナゲの群生でした。

さて、今回の山は道標もかなり少なく、渡渉地点に橋がないなど、地図読みに神経を使う山でした。ちょっと道間違いなどもしながら、何とか無事予定コースを回ることができてほっとしました。やはり北山は奥が深くて楽しいです。崎山リーダーありがとうございました。

 【感想】57期 崎山康治

  今回のコースは、中村乗越までの沢渡り、八丁平湿原の新緑と木道、下山道での花々と3つの行程が楽しめました。特にシャクナゲは満開で大輪の花がきれいでした。帰りのバスの時刻が気になっていましたが、同行いただいた鹿嶽さんのおかげで、余裕をもって下山できました。

腰折を2句

「宿り木の梢に高し春の空」

 「沢渡り見上げる木々や夏近し」

 

【ルート図】

 

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No.3726 青山讃頌舎から信長軍伊賀攻めの史跡をめぐる

2018年4月22日(日)

【メンバー】(CL) 穐月大介 、加藤一子、伊藤正子、山本浩史、奥野淳子、江村一範、計6名

 

【記録】59期 江村一範

422日(日)晴れ

11:12 青山讃頌舎出発〜11:35 阿保頓宮跡(阿保城)11:53 慈福寺おせいき地蔵(道祖神)〜12:28 城氏城狼煙台着(大休止)〜12:55 城氏城狼煙台出発〜13:41 城之越遺跡(通過)14:27 山村氏(中原氏城址は接近できず)15:12 丸山城城址碑〜16:12 天童山無量寿寺着(三十三観音巡り)16:45 天童山無量寿寺出発〜16:54 丸山駅着解散 

 

最初は里山歩きくらいだろうと油断していたのですが、

マイナーな山城跡(狼煙台と山村氏・中原氏城址)は最初から藪こきの連続で、低山バリエーション歩きのようでした。何でも無い尾根から急に遺構がどーんと眼前に現れるのは、さながら秘密基地を見つけた気になりました。まるで子供の頃の探検ごっこをしているような趣があって面白かったです。山城跡は年月が経っているにも関わらず、土塁や堀などの遺構はしっかり残っており、

当時の生活や戦いぶりを想像してみたりして、敗れ去った無名の忍(しのび)達に思いを巡らせました。

青山讃頌舎でお父様の穐月明氏の作品鑑賞と、茶室でお母様よりお茶を頂いたのも眼福なる経験でした。この日は夏の様な暑い日でしたが、童心に帰ったような一日で楽しかったです。ありがとうございました。

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(村から村へ)

 

【感想】 25期伊藤正子

昨日は有り難うございました

久しぶりの山行にしては、藪こきあり、美術鑑賞あり、歴史勉強ありと盛りだくさんで有意義な1日となりました。

青山美術館では、新緑に包まれた茶室で御茶を頂き、美しい絵を間近で見られ穏やかな気持ちになりました。伊賀の乱の城後は440年前に起こった戦いの様子をうかがわせる狼煙台や堀に立ち、時代を遡ることが出来ました。

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(丸山城址天守閣跡)

 

【感想】 50期 奥野淳子

青山讃頌舎を訪れ、水墨画家穐月明さんの美しい絵と庭を楽しませて頂きました。

穐月大介さんによりますと「怖い」お父様だったそうですが

雀やウサギ、蟹など小さな生き物や自然が描かれた絵からは、温かで優しい心が伝わって来ます。

素晴らしい美術館をたくさんの皆様に訪れて頂きたいです。

 山行も山城を巡る楽しいものでした。穐月さんの「歴史探訪シリーズ」には何度も参加させて頂きましたが、毎回とても勉強になります。機会がありましたら、またよろしくお願い致します。

 

CL所感】 25 穐月大介

去年中止になった計画のリベンジであり久々の例会なので私自身楽しみにしていました。しかし、遠いしマイナーだし参加があるか心配してたのですが5人も集まってくださいました。当青山讃頌舎は新緑の今が一番見頃です。しかもこの日、天気が良くて萌黄の若葉が透けてすごく綺麗でした。

久々の山仲間との散策はすごく楽しかったです。このメンバーだとつい安心して無駄な藪漕ぎをさせてしまいました。道のないとこ大好きなんです、ごめんなさい。

今回マイナーな遺跡なのでを少し解説しておきます。

 

・阿保城跡:一般には頓宮跡と て知られ伊勢斎王が帰還の宿とした所ですが、残っている遺跡は中世山城です。当館から一番近い「伊賀タイプ」の城を紹介するために 立ち寄りました。尾根の中腹に築かれ3.5mもの高い方形土塁で囲まれた城跡で、畿内の築城理論から見ると不合理な構造をしています。

 

・城氏城跡:伊賀惣国一揆の狼煙連絡システムの一つと考えられる城跡で私も初めて登りました。道が無いのできつい坂をよじ登らねばならず当会のメンバーだから行けた所です。小規模ながらしっかり機内的城郭思想を取り入れて作られていました。きっと狼煙を上げるくらいの時間は持ちこたえたでしょう。

 

・城之越遺跡:国史跡で古墳時代の水の祭祀場跡ですが、時間がないのと有料なのでパスしました。

 

・山村氏城・中原氏城址:此処も初めてでした。山村氏城も道は有りませんが藪はまばらで今回のメンバーは一撃で落としました。城は「伊賀タイプ」ですが麓の中原氏城との連帯が注目点です。しかし私有地のようで近ずけませんでした。城の有る上林の村はのどかで美しい村でした。

知らなかったのですが村中の持仏寺は丸山城建設の拠点だったそうです。

 

・丸山城跡:当時伊賀最大最新の城で未完です。伊賀国のど真中に 伊賀惣国一揆と対立する織田軍が建設しようとした巨大要塞で、今まで見てきた城の何十倍もの規模です。しかし此処には道があり落とすのは簡単です。今回未完の部分や大手も確認できました。

 

・無料寿福寺:伊賀惣国一揆が集結し丸山城攻撃を決済した寺です。丸山城が一望できます。裏山の三十三観音参りをさせてもらいました。

 

又、こんな機会を作れれば良いなと思います。ありがとうございました。

 

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No.3724 成生岬へ ※読図ポイント

2018年4月14日(土)

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写真:成生岬灯台

 

【メンバー】CL秋房伸一、AT、NF、

若山照代、藤井康司、織田直子、小前竜吾

 会員7名

 

【行程】

14日(土)ロッジ前7:00=成生9:30~12:12三角点(P213)~12:58成生岬灯台13:20~(基本的にピストン)~14:28 P166~16:00成生=京都

 

【記録】52期 秋房伸一

 成生岬の突端にある灯台への道は無い。灯台の保守は船を利用しているらしい。

 陸路で灯台をみてみたく、例会を企画した。アイゼントレーニングの個人山行と合流したので、ロープや登攀具フル装備で、装備的には万全であった。

集落を出る時に地元の人から「灯台に行くのは無理」だと散々言われたが、「迷惑かけないように、無理と思ったらすぐ引き返しますし」ということで、なんとか通過。

地形図では岬のかなり奥まで破線の小径があり田のマークもあるので、離れた田んぼに通う小径があったと推測される。その小径がある程度残っているならば、案外簡単に灯台に到着するかもしれないと思ったが、集落を出てすぐに小径は消滅した。

 

尾根に登り、基本尾根歩きで小ピークをいくつも越えて灯台へ着いた。標高は低いがアップダウンは結構あり、体力的には負荷が大きかった。

 結果、登攀具を使うことはなく、普通の歩きで済んだが、道が無く全く管理されていない山の中を、地図を頼りに進むというエキサイティングな体験ができた。先頭は読図ポイント取得対象の小前さんが務めた。天気予報では午後から雨であったが、降雨前にデポ地に戻れた。

 

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写真:正面のピークを越えると灯台は近い

 

【感想】 61期 小前竜吾

舞鶴に来たのは何年ぶりか思い出せない程大昔の事。駐車ポイントに向かう道中で海上自衛隊の学校があり、セーラー服の学生さんが大勢歩いている。そう舞鶴は漁港と海上自衛隊の街といった感じ。その舞鶴の北端成生岬に読図しながらの目指すという冒険に参加した。

読図ポイント対象者が私だけという事もあり、僭越ながらトップを歩く。事前に印刷した地図を眺めていると、送電線や電波塔がまったく無く、読み解くヒントが少ないなと感じていたが、周囲の奈島、毛島、風島の島々と湾の地形がヒントになる事がよく理解できた。

登山道が明瞭でない場合は尾根道を歩くのがセオリーである事もよくわかり、道迷いした時にも役立つものと感じる。スマホGPSが大変重宝する昨今であるが、紙の地図とコンパスで進むなんて何と格好が良い事か。大切にしていきたい。

 

【感想】57期 藤井康司

アイゼントレが、成生例会と合流することになった。気になっていた岬巡りだけに一も二もなく参加を決めた。集落を抜けたところで畑仕事のおばさんたちに岬に向かう旨告げると、「やめとき!道もないし、猪も熊も出んで。去年も4人組が崖で動けんようになって、漁船を呼んだとこや。」とのこと。

怖いもの見たさというか、いつもの好奇心がムクムクと湧いてきた。地図と地形を見ながら進んでいくが、踏み跡がかなり明瞭についている。ハイカーのものというより獣のものか。グズグズのトラバースを抜け、藪尾根を進む。左側は断崖絶壁。百数十メートルの眼下に白波が砕け散る。右側には穏やかな海と島が広がる。正面には正三角形の山が。岬の細尾根ならではの景色だ。ワクワク感が増す。日露戦争時代のものだろうか。砲台跡を過ぎ、やがて白い無人灯台に。360度の絶景が広がる。ここまで3時間半。時間切れとなり、アイゼントレは断念せざるをえなかったが、下には魅力的な岩場が広がる。機会があれば下までいってみたいもんだ。

帰りはほぼ同じ道をたどる。最高到達点213メートルのプチ縦走とはいえ、細かいアップダウンとバケツのような冬靴が体力を奪う。

帰路舞鶴の道の駅で食べたアジフライ定食がおいしかった。山岳会ならではのプチ冒険でした。

 

【感想】57期 織田直子

今回藪こぎしながら岬の灯台を目指すという例会に参加させて頂きました。

漁村で畑仕事をされていたおばさま達に行き先を告げると「ムリ」と何度も言われたので、今日はきっと途中で帰ることになるんだろうなと思っていました。数年前に途中で動けなくて船で救助された人がおった話や、猪や鹿や熊の餌に私たちがなるよと脅かされながら見送られました。

読図例会となっていましたが私には全くのお手上げで、小前さんたちが先頭を行って下さり完璧なルート読みで無事灯台迄辿り着きました。灯台は、当たり前ですが岬の先っぽで、陸の一番端まで足で来れたんだなと感慨深かったです。

帰りもアップダウンが多く、「まだ登るの」ともう少しで終わりかなと思うところで出てくるのでげんなりしましたが、何はともあれ岬に導いて下さって無事帰って来れたのはATさん小前さんがしっかり地形を読んで下さったお陰で、また必ず間違いないように怪我ないように後ろから見守って下さって、このようなおもしろい企画をあげて下さった秋房さんに感謝致します。

ご一緒下さった皆様のお陰で、楽しく山行きを終えることが出来ました。本当にありがとうございました。

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写真:道は無いので、地形の弱点をついて斜面を登る

 

 

 

【感想】57期 若山照代

春の海と春の山が楽しめる「一度に、二度美味しい」成生岬例会に、すぐ参加を申し込みました。

秋房リーダーから成生岬まで道がないと聞き、家で1万分1地形図を見て、等高線の間隔や尾根の方向、海に浮かぶ島の位置などを確認していたのですが、予想と実際に歩くのとは感覚が全く違い、近そうに思った岬は遠く、数字上では低い山が心臓破りの高さに感じました。

ヤブ道が歩きづらい為なのか、読図力が足りない為なのか、思っていた以上に汗をかき「まだかなぁ」という思いをもちながら歩きました。それでも、海から聞こえる波の音や海風がとても気持ちよく、余り疲れた気はしませんでした。

心配していた天気ももち、岬では360度の春の日本海を眺められました。「春の海」というと与謝蕪村の俳句が思い出されますが、成生岬からみた舞鶴の海も、のどかでゆったりしていて、心が満たされました。秋房リーダー、ご一緒くださった皆様ありがとうございました。

 

【感想】54期 NF

山に登りはじめる前は、岬や島が好きで海ばかりを旅してました。

出発地点で、成生の集落の人に30年以上行ってないし、熊やイノシシのえさになるよ、といわれて始まった山行。確かに当時の道は薄いもののかつての人の生活がうかがえる跡かた。こまえさんたちの読図に導かれ、両側が海の稜線にみんなで歓声をあげ、灯台にたどり着いた時には感動ひとしおでした。これは冒険だ。

最高標高213メートルであってもアップダウンが続く道なりで疲労感は増し、山の面白さら標高じゃないなとつくづく感じる、発見多い1日でした。いつも優しさをくれる若山さん、藤井さん、ひさびさにお会いしてはっとする元気をくれる織田さん、なによりも企画してくださった秋房さん。みなさまに感謝です。

 

【感想】51期 AT

お誘いを受け今回成生岬を歩かせていただきましたが、なんだか不思議な体験をしたような、異世界を味わった様な気分にさせていただきました。

入り口で集落の方に言われた通り、鹿が目の前で何度も走り抜けていきましたが、よくぞ我々が疲労しながらノロノロと登っているこの急斜面を、あんなに素早く駆け上がるものだと感心させられました。

全体に地面は粘土質で急斜面が多かったので、よく滑りました。

時折遠くが見渡せるところへ出ると、海はずっと水平線まで続いて、眼下には切り立った断崖に波が打ち寄せ、稜線には強い風が吹き、見ていて美しいような、なんだか不安になるような日本海と岬の景色を楽しみながら歩きました。

見えていた風島(かざしま)について、ずいぶん爽やかな名前で、風が強いからかなと安易に思っていましたが、葛島(かつらじま)が訛ってついたものだそうで、昔はこの島に葛島神社があったそうです。(帰りに成生で通りかかって見かけた神社の中に現在は祀られているそうです)

 

 

 

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地図:GPS軌跡(往路)

 

京都百名山シリーズNo.47・48 翠黛山・金毘羅山

平成30413()

 

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写真1: 翠黛山(577m)山頂

 

 

大原寂光院から翠黛山(577m)に登り金毘羅山(572m)の京都百名山2座を登り、瓢箪崩山を通り上高野に下山した。稜線はミツバツツジが満開で石楠花や馬酔木の花も見られた。

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【メンバー】 山本浩史(単独)

【山  域】 京都市左京区

【行  程】  桂川6:206:49国際会館駅7:027:24大原7:277:44寂光院登山口~8:27翠黛山~8:48奥社9:039:07金毘羅山~9:42江文峠11:12瓢箪崩山11:2112:44崇道神社~13:03三宅八幡宮13:25国際会館駅13:2914:14桂川

【登山データ】 晴れ 歩行14.3 5時間58 延登高1,079m 延下降1,218m 3座登頂

 

国際会館駅から京都バスの始発で大原に入った。バス停の裏側から高野川の人道橋を渡り、ミチバタ谷に沿って長閑な大原の里道を進んだ。寂光院は未だ拝観時間前で、隣の建礼門院陵に立ち寄った。平清盛の娘で高倉天皇中宮に入内、安徳天皇を生み、源義経に追われ壇ノ浦で入水したが救い上げられこの地に隠棲した。ミチバタ谷を挟んで対岸の登山道を入った処には、一門の阿波内侍、大納言佐局、治部卿局、右京大夫、小侍従局の墓がある。

寂光院の門前を過ぎると左手に登山口があり階段を上ると件の侍女の墓があった。獣除けフェンスの扉を開け登って行くと高さ5mを超える大岩があり登山道は左側を巻いてた。稜線を歩きたく岩の直後を這い登った。かなり上の方で登山道が合流して来たが稜線も結構歩かれているようだった。翠黛山山頂直下で南側を巻く道が分岐したが勿論山頂を目指した。焼杉山からの道が合流した処が翠黛山(577m)山頂で、展望はなく大原の里10名山の標識が掲げられていた。案内板には建礼門院が仏さまに供える花を摘みに来られたとあるが山頂まで来る必要があったかどうか如何なものだろう。

西に進んで巻道と合流し顕著なピークを超えると金毘羅神社からの巻道が合流し少し登ると大原の里越しに比叡三系の横高山、水井山、小野山を望めるポイントがあった。ひと登りすると奥社に到った。三宝大神の石碑と岩があり朱色の柵に囲われているが正面の門は壊れていた。10m程先の大岩の上には天御中主之命、魔王大神、大国主命の神名が刻まれた円形のコンクリートの碑が西の方を向いていた。その先にはハングルで書かれた碑があり此処からの展望は良く金毘羅山や京都市街を望むことができた。地形図を確認しようとすると地図がない!探しに戻るが発見できず諦めて先に進んだ。

金毘羅山(572m)山頂には3等三角点「根王」と壊れた祠があるがこれも金毘羅神社所縁のものだろう。展望もなく4分の滞在で静原方面への続く南西尾根を下った。地形図には静原の東又川に向かって道が2途描かれているが江文峠に近い処に下りてくる尾根には道がない。南東に折れて尾根に入ると踏み跡があり所々テープも巻かれていた。何の問題もなく府道40号線に下り立ち、時折車の通る府道の坂を登り江文峠バス停に到った。嘗ては年に1本しかバスがなく路線維持の為だけに残されたバス停だったが最近毎日3貴船口と大原を結ぶバスが運行されている。

江文峠南尾根に入りP471に到るとまだ10時なのにお腹が空いて来た。超早めの昼食を取りふと見上げると小さなプレートに「P471」の表示があった。北山でよく見かける標高点の標識だ。ピークの少し西の分岐では箕ノ裏ヶ岳への指導標があった。尾根通しに行けるとは新発見だった。P476には何の表示も無く、鞍部で長谷を下り井手町に達する道が分岐した。寒谷峠(462m’)の手前には一寸したピークがあるが登山道は東側を巻いている。忠実に稜線を辿ると歩いている人はいるようでテープが巻かれていた。峠には長谷経由井手町への道と寒谷経由岩倉長谷町への道が記された岩倉北消防分団名の指導標が設置されていた。

瓢箪崩山へは東に進み少し上がった処にある岩場の上は西方面の展望が得られた。瓢箪崩山(532m)山頂には3等三角点「大谷」が置かれ比叡山方向と蓬莱山方向に展望が得られた。南に進み次のピークで振り返ると瓢箪崩山が望め、石楠花も咲き清々しい。花脊の電波塔が位置を示してくれ天狗杉(837m)のピークが確認できた。少し下ると花園町への下山路が分岐した。此処からは処女ルートに入りP461P346を越えると「入山禁止10/111/15まで 見つけ次第警察に通報します 山主」との表示があり松茸山であることを示していた。

複雑な稜線だが道がしっかりしていて間違うことはない三宅への道と分かれ宗道神社へ下る。宗道神社は上高野の山懐にある大きな神社で国宝の小野毛人(おののすくね・遣唐使小野妹子の子で刑部大卿)の銅製の墓誌奈良時代)が収蔵されている。街中歩きで三宅八幡宮に立ち寄り朝バスに乗った国際会館駅で山行を終えた。

 

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写真2: 南側のピークから金毘羅山(572m)を望む

 

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写真3: 金毘羅山(572m)山頂の3等三角点「根王」