京都比良山岳会のブログ

山好きの社会人で構成された山岳会です。近郊ハイキングからアルプス縦走までオールラウンドに楽しんでいます。

〈個人山行〉北八ヶ岳スノーシュー山行

2020年2月21日(金)夜~23日(日)

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【天候】22日 曇り一時晴れのち雪、23日 曇りのち晴れ

【場所】北八ヶ岳 縞枯山茶臼山

【メンバー】CL鹿嶽眞理子、SL高橋秀治、橋本満里子、KY

【行程】21日 20:20山科三条Fマ前集合~24:00過ぎ諏訪湖SA幕

22日 7:00諏訪湖SA~8:00北八ヶ岳ロープウェイ駐車場8:40~ロープウェイ山頂駅8:54~9:06縞枯山荘9:30~雨池峠~10:10縞枯山~10:25縞枯山展望台~10:50茶臼山~11:10分岐~11:50五辻~12:30山頂駅~12:45縞枯山荘13:23~13:29雨池峠~縞枯山荘泊

23日 8:00縞枯山荘~8:10雨池峠~8:30分岐~8:50雨池9:05~9:30分岐~10:00雨池峠~10:50ロープウェイ山頂駅~11:20北八ヶ岳ロープウェイ駐車場~18:00京都着 

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【記録と感想】53期 高橋秀治

アルペン的山容の「南八ヶ岳」と違い、「北八ヶ岳」は、神秘的で日本有数の美しさと言われる原生林と湖が広がり、厳冬期でもロープウェイで一気に2337mまで上がることが出来、晴れていれば楽しい冬山スノーシュー遊びを味わえますと言う誘い言葉を目にして、鹿嶽さんにリーダーをお願いして行って参りました。

週間天気予報では、土曜日は曇りのち雨、日曜日は曇りのち晴れとの予報です。また、てんきとくらすでは北横岳や縞枯山の山頂付近は風速17m以上の強風予報で山登りには適さないCが連続しています。しかし、縞枯山茶臼山は樹林帯の中の道歩きだし、ダメで有れば山荘に停滞していれば良いかと行く事で現地に向かいました。

今年もふもとは雪がなく、北八ヶ岳ロープウェイ駅の駐車場もがらんとしています。乗り場には山頂の温度は-3、風速10mと表示されていました。

山頂駅をでると、アカゲラの看板が迎えてくれています。先ずはパシャリと記念撮影。ツボ足で山荘に向かい、食材等をデポして縞枯山スノーシューを履いて歩き出しました。雨池峠から直ぐに急登がはじまり、アイゼンに履き替え進みます。足元を確かめながら進むと、山頂に出ましたが展望はなく、さらに展望台まで進み皆さんようやく冬の2400mの景色と強風を肌で感じている様子です。さらに茶臼山まで進むと、さらに頂上付近は風が強くストックとアイゼンで強風に暫し耐えながら、シラビソやコメツガの冬の森の風景を楽しみ、たまにうっすらと顔を出す青空が、テンションを上げてくれます。寒さと強風の中で記念写真を撮り速攻で樹林帯の分岐まで戻り、またスノーシューに履き替え、その森の中を五辻まで下ります。Kさんはワカンで飛び跳ねるように歩かれている。そこから山頂駅までは横移動で赤旗も立ててあり、風と雪で視界が悪いが真白の世界を思い思いに楽しみ、山荘に13時頃に到着。遅い昼食を小屋入口付近で済ませ、雨池山までピストンで行こうと出かけるが、さらに雪と風が強くなりあえなく小屋に戻り、早い宴の始まり。

夕食も済ませ、最後は炬燵に足を入れてスタッフのメンバーや宿泊客の方たちと冬山談議で盛り上がり、就寝する。しかし、一晩中風の音は止まず、何度となく小屋全体が揺れる。

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翌日は曇りのち晴れの予報でしたが、風もまだ強く白い世界。ツアーの宿泊者は入口付近で貯まり、出ていく様子も無く停滞。8時前になっても出ていく様子がないため、こちらが外に出てスノーシューを履き出発する。昨日の強風で綺麗なシュカブラ(雪面の波のような紋様)が出来ている。それを踏むとパリパリと気持ちよい音を聞きながら雨池峠に到着。そこから先は、踏み跡のない新雪スノーシューとワカンで雨池目指して進む。サラサラの新雪は中々低山では味わえない感触を思う存分楽しみ、気が付けば雨池の上に立っている。一面氷が張り、その上を雪が覆って白い面がどこまでも続いている。その上に強風が吹くとつむじ風が舞う。やはり来て良かった実感して、来た道を急いで戻る。途中でテレマークスキーの跡を確認するが、先に道一杯にこちらが踏み荒らしている。

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縞枯山展望台

山荘まで戻り、アイゼンに履きなおし北横岳を目指しますが、どんよりした空模様で、登ることを止めてロープウェイで降りる事にする。

ロープウェイ駅に着くと、何と乗車待ちの長蛇の列。駐車場も車が停めるスペースは無い。前日に止めた所に戻ると車に20㎝以上雪を乗せていた。

八ヶ岳ブルーを見る事は出来ませんでしたが、フカフカ新雪を踏み、アイゼンを履き強風の中で山頂にも立つ事も出来た、有意義な厳冬期の北八ヶ岳を楽しめた山行でした。

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茶臼山展望台

【感想】57期 橋本満里子

新年会の折、鹿嶽さんより声を掛けていただき内心「え・・・冬の北八ヶ岳、、、大丈夫かな」と不安に思う反面 楽しみで仕方なくなり、2か月間あれやこれやめくるめく想像で楽しませていただきました。(雨具、買い換えておいて良かった~)

当日は、風雪もありトータル丸一日ほどの歩行になったかと思いますがアイゼンもスノーシューも堪能でき大変満足です。

きりっとした冷たい空気や、木々のこすれる音、新雪を踏みしめる音、風に流される雲、凍って姿を変えた湖、その上を舞う雪。稜線の突風とか、轟轟しい風雪など今までまだ経験できていなかった自然を体感でき、相当に冬の山に惹かれてきました。

行動中、アイゼン取り付けやスノーシュー取り付けであたふたし、行動食を摂る隙間時間が上手く確保できていなかったのか、帰宅後3日間は猛烈な食欲に襲われた次第です(笑)
ご一緒できたみなさま、ありがとうございました。色々と教えていただき安心して歩くことができました! ありがとうございます。また、機会がありましたらよろしくお願いします。

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【感想】60期 KY

初北八、今季初ワカン、久しぶりの山小屋泊を楽しみに参加させていただいた。新雪を踏みしめ、森を抜けてたどり着いた雨池までの道のりが特に思い出深い。雪化粧した針葉樹の森、ウサギの足跡、パウダースノー。「北八とはきっとこういうところ」のイメージそのもので感激だった。関西では、雪山でも登りは半袖T(+アームカバー)が定番だったが、北八では一度も半袖になりたいと思わなかった。自炊組で席をご一緒した、山に相当通っている人の雰囲気を醸し出す、素敵なお兄さんお姉さんとの出会いも楽しかった。帰りに立ち寄った、元旅館だったという「小斉の湯」も、レトロで楽しい温泉施設(源泉かけ流し)だった。

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雨池

【感想】54期 鹿嶽眞理子

八ヶ岳ブルーと素晴らしい景色にあこがれて北八に行きましたが、天気が良かったのはほんのしばらくで、ほとんどが曇りで時々雪がばらつき、強風が吹き荒れる時もありました。

雨池山と北横岳は強風のために断念しましたが、ふかふかのバージンスノーをスノーシューで楽しみ、12本アイゼンを使っての散策もできてよかったです。また晴天の時にリベンジしたいと思いました。

〈個人山行〉冬の真教寺尾根

2020年1月26日(日)~27日(月)

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【天候】26日曇り時々晴れ、27日曇りのち雪

【場所】山梨県八ヶ岳真教寺尾根

【メンバー】43期 丸山 弘(単独)

【行程】26日(日)4:00京都発〜9:00美し森駐車場着〜9:30駐車場発〜13:00牛首山山頂幕営

27日(月)7:00テント発〜9:00 岩稜とりつき〜10:00稜線分岐着(終了)〜12:30テント帰着・撤収〜15:00駐車場着〜19:30京都帰着

【記録と感想】 

年末の山行が雪不足で中途半端に終わったので、休みをとって1月末の冬山に出かけました。西側からのアプローチは大賑わいの八ヶ岳ですが、山梨県側からの登山道は人も少なく、展望もよいので偵察をかねて、昨夏、真教寺尾根から赤岳を越えて県界尾根を下る周回コースを日帰りで歩きました。

真教寺尾根は末端から竜頭峰山頂まで一本道のきれいな尾根で、山頂直下の2700mあたりから岩とガレの長い鎖場になります。夏道はちょっと難しめの一般道ですが、冬は八ヶ岳にしては雪深く、最後の岩場も夏道が埋もれるとロープが必要なルートです。甲斐駒黒戸尾根を少し短くした感じでしょうか。

強いパーティーは冬でも日帰りで行くようですが、私は体力不足で、初日は5合目の牛首山までテントをあげ、翌朝早くにアタックすることにしました。天候は曇り、月曜午後から下り坂、関東地方で大荒れの予報です。

久しぶりにテント・ロープ・ギアなどフル装備で25キロくらいあるザックを担いだので、予想通り初日はバテバテでテント場に到着。

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風に備えて、張り綱をいつもより多い6点からとって設営、午後3時にはレトルトカレーの夕食を食べて就寝。

ところが、真っ暗になった18時半と20時すぎに2回も大勢の足音とヘッドランプで起こされました。

聞こえてくる話の内容から、両パーティーとも日帰りを目指して入ったものの上部岩稜の登下降に苦労して,登攀と離合の待ち時間もあって数時間の遅れが出たようです。2つ目のパーティーは下山が午後10時を回りそうなので、他人事ながら心配になりました。

翌朝は4時起きで朝食に豚汁雑炊を作り、行動用のお湯を沸かしてテルモスに入れ、ゆっくり夜明けを待ってスタート。高曇りながら視界は十分、中間地点からは富士山も後ろにそびえ、なかなかの絶景です。

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(振り向くと雲をかぶった富士山が)

7合目まではトレースもあり快適に登り、岩場のとりつきに到着。ここまでスマホで写真を撮っていたのですが、ここで突然画面が真っ暗になり、まったく起動せず、せっかくの核心部の写真が取れませんでした。バッテリー残量は60%ほどあったのに突然のことで驚きました。機内モードにしてあり、寒さもマイナス5度程度なのでこの「突然死」は予想外でした。こういうことはよくあるのでしょうかね?

手袋を脱ぐリスクを考えても、やはり写真は専用カメラにした方が良さそうです。

とりつきから稜線まではロープを出すなら3、4ピッチ、傾斜70度くらいの小さな岩場と雪壁が連続し、直上と左へのトラバース、最終ピッチ手前に短いナイフリッジがあります。全体としてまっすぐ谷底へ落ち込むように見えるので高度感があり、阿弥陀北陵より怖く感じるかもしれません。

今回は、雪壁をけりこむと靴半分でブッシュや浮石が出てくるほど雪が少なく、バイルのシャフトを刺しても自立しないので厄介でした。逆に雪の深いところは高温で溶けて再氷結した雪の表面5センチほどが氷化し、その下がフワフワなので、踏み抜くとバランスを崩すし、氷の板が割れて大きな氷板がカラカラと谷底へ滑り落ちていく様子はなかなか気持悪いものでした。

手足とも不安定な雪壁とトラバースをだましだましで通過してなんとか終了。下りに時間がかかりそうなので簡単な赤岳は省略し、下りは迷わずロープを出して懸垂下降4ピッチで取りつきへ戻りました。(懸垂支点は、鉄杭や露出している鎖の一部に捨て縄をかけたり、ダケカンバに回したりと豊富です)昨夜の下山遅れパーティーも大人数だけに、これでだいぶ時間をかけたのでしょう。先行者の踏み跡もヤバそうなのを含めて何種類も有り、いろいろ試した様子が想像できました。

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(ルートの略図)

平日のため、朝から下山するまで誰とも会わず、尾根は完全に貸し切りで贅沢な一日でした。テントに戻ったころに予報通り雪となり、急いで撤収してさっさと下山しました。

このところ体力的には冬山を登るのはもう無理かなと感じ続けています。テント泊の冬山は達成感も格別ですが、無理して皆さんに迷惑をかけないよう、少しずつレベルを下げて、もうしばらくは楽しめたらと思います。

〈個人山行〉京都百名山シリーズno.100 笠置山・柳生街道

令和2年1月25日(土)

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京都百名山シリーズは最終回を迎え南山城の笠置山(288m)に登った。笠置山後醍醐天皇が行在所を置いた山で巨石の散在する行場の山である。笠置の南に位置する柳生の里から奈良に抜ける間道のような柳生街道を歩き奈良に到った。折から若草山の山焼きの日で三条通から鑑賞することができた。

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【メンバー】山本浩史L、安宅耗人、加藤一子、岩波宏、土井司、小前竜吾、岩波昌美 計7名

【山域】京都府笠置町奈良県奈良市

【行程】京都7:04-8:24笠置8:36~9:08笠置寺~9:38笠置山9:43~19:59笠置寺~10:24阿対の石仏~11:04天石立神社~11:37阪原峠11:52~12:21南明寺~12:56夜支布山口神社~13:36円成寺~14:42石切峠~14:56地獄谷石窟仏15:06~15:28高円山~15:55大文字火床16:00~17:14なら町~三条通(山焼き鑑賞)~近鉄奈良22:10-22:58京都

【登山データ】晴れ後曇り 歩行28.6㎞ 8時間38分 延登高1,344m 延下降1,310m 2座登頂

関西本線の加茂から先は、ICOCAが使えず、ワンマン列車での精算に手間取った。笠置山(288m)は駅の東側に位置し、駅から一望することができる。車道が山頂部まで上がり参拝者は山門近くに車を止め行くことができる。入山には拝観料300円が必要で開門は9時、山門を入ると直ぐに受付があり9:10に有料エリアに入った。行場巡りは大岩が重なり修験の山であることが知れる。

正月堂の横には本尊の巨大な弥勒摩崖仏があるが光背だけで弥勒の姿は浮かび上がらなかった。笠置寺縁起では、天智天皇の子、大友皇子がこの地に鹿狩りに来た時断崖絶壁で立ち往生してしまい山の神に「もし助けてくれるならこの岩に弥勒の像を刻みましょう」と祈り目印に笠を置き、無事に帰還することができた。誓いを果たそうと後日この地を訪れると天人が現れ忽ち刻んだと云う。笠置の地名は大友皇子が笠を置いたことが由来だそうだ。

此の他にも磨崖仏は点在し、虚空蔵菩薩磨崖仏は線刻がしっかり残っていた。胎内くぐり、ゆるぎ石や平等石、貝吹岩など巨石が点在している。笠置山山頂部は後醍醐天皇の行在所跡とされ登り口には御醍醐天皇御製の石碑が置かれていた。大師堂から階段を下りると行場巡りが一周し受付の小父さんに挨拶して柳生への道に踏み出した。登山道は直ぐに真新しい舗装道路に吸収され“かさぎゴルフ倶楽部”の南端を辿って府県境を越えた。

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県道4号線に合流し、打滝川の右岸の遊歩道に逃れると摩崖仏の“阿対(あたや)の石仏”があり花が供えられていた。柳生下町の集落を進むと西の山麓に十兵衛杉と呼ばれる涸れた大杉が望まれた。柳生但馬守宗矩の子、柳生十兵衛三厳が旅立つときに植えたと伝わる。柳生家老屋敷を遠くに眺めて柳生陣屋跡の丘の処から東へ折れ天石立神社(あまのいわたてじんじゃ)へと向かった。大岩が転がる谷を進むとご神体の前立磐と後立磐が人工物のように並び、奥の方に柳生石舟斎がこの地で修行中に現れた天狗を一刀のもとに切ったと思った瞬間、天狗は消え割れた巨石が現れたと云う。

引き返し国道369号線を横断し疱瘡地蔵に到った。これも摩崖仏で右下には正長元年柳生徳政碑が刻まれ、「正長の土一揆」の際に農民の側が勝ち取った「徳政令」を称えていた。里の中では昼食適地もなく阪原峠(357m)を目指した。一寸した陽だまりがあり皆思うままに寛いだ。地形図には峠のすぐ南に三角点峰があるので昼食は早く済ませて一人で標高差50mを駆け上がった。4等三角点「阪原」(405m)がある筈だが、ピークには小さな石仏があるだけで探し回ったが見つからなかった。

南明寺への指導標に従って阪原町へ下りて行くと山里の集落は耕作放棄地もなく民家からも豊かさが感じられた。南明寺は観光寺院ではなく立入りもできなかった。小さな峠を越えて大柳生町に入って行くと棚田が美しく集落の外れに差し掛かると石室の露出した水木古墳があった。田んぼの中の道を複雑に進むが柳生街道(東海自然歩道)として整備されおり指導標が充実し迷うことはなかった。

集落内の小高い処に夜支布山口神社があり、トイレも設置されていた。「夜支布」と書いて「やぎゅう」と読ませるらしく素盞嗚命(すさのおのみこと)が祀られていた。本殿に向かって右側に大きな摂社立磐神社があり春日大社の第四殿を延享4年(1747)に、ここに移したと云われる。山口神社よりこの摂社の方が古くからあったらしい。山麓を巻くように北上し白砂川を渡ると、橋の欄干に「東海自然歩道」とあり、自然歩道の為に掛けられた橋であるかのようだった。

人里を離れ登山道となり複雑な地形を指導標に従って進むと徐々に標高が上がり、人家が現れると忍辱山(にんにくせん)町に入った。忍辱山円成寺真言宗御室派の古刹で天平勝宝8年(756)聖武上皇孝謙天皇の勅願で、鑑真和上の弟子、唐僧虚滝和尚が開山したと伝わる。国宝大日如来を始め重要文化財が多数あり、短時間で見学するのが惜しく拝観はまたの機会に取っておいた。門前で観光バスから降りた団体があり、拝観するのかと思ったら柳生街道へと歩いて行った。軈て追い付き添乗員(ガイド?)に「奈良まで歩き山焼見物か?」と問うと「そうだ」と云っていた。

山間部の山歩きが続き上誓多林の集落に下りる直前に481mの3等三角点「誓多林(せたりん)」のピークがあり、此れも一人で立ち寄って見た。何もない山頂で三角点だけが静かに佇んでいた。上誓多林集落からは登りで石切峠の手前に達すると“峠の茶屋”があり、「営業しているのかな」とか喋っていたら、中からおじいさんが「やってません」と返って来た。すぐ峠で北に芳山(ほやま)へ行く道があるが時間が押しているので端折って南下し高円山を目指した。地獄谷へ下りる道は通行止めとなりバリケードで封鎖されていた。その脇から稜線道を辿ったが此方も結構荒れていた。

地形図によると地獄谷道に“地獄谷石窟仏”と書かれた処があったが場所が違っているようで稜線道の途中に出てきた。岩の庇の下に線刻された廬舎那仏が十一面観音と薬師如来を従え鎮座していた。鉄の門扉があり上部は有刺鉄線で囲われ、余りの厳重さに興ざめしてしまった。車道に下り立ち高円山へと進んだ。車道の分岐地点に高円宮憲仁親王殿下御手植の樹木が育ち傍らには大伴家持の「高円の 秋野の上の 朝霧に 妻呼ぶ牡鹿 出で立つらむか」の歌碑があった。実物は万葉仮名で書かれていたので現地では解読できなかった。高円山(461m)山頂は何もないが人の手が入った中途半端な広場で真新しい山頂プレートが掲げられていた。展望良く奈良盆地が一望でき生駒山(642m)が横たわっていた。その右肩は六甲山系のようだ。

北西の尾根を辿り2等三角点「白毫寺」(432m)に到ると“有志山の会”と記された「高円山三角点」の標識が掲げられていたが、点名が間違っていた。三角点から西に下ると開けた処に飛び出した。火床があり景色が素晴らしく、生駒山、六甲山、京都の愛宕山を望むことができた。此処は昭和35年に京都の大文字山を模して作られ毎年8月15日に送り火が行われているそうだ。因みに京都は8月16日に行われている。火床の草原に三脚を立てた人達が何人かおり、正面に見える若草山の山焼きの写真を撮ろうと2時間以上前から待ち構えているという。

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大文字の右足の部分の尾根を下り白毫寺町の人里に達した。春日大社に立ち寄って“大どんと”を見たかったが時間が押しているので此方もパスした。若草山山焼きは春日大社の大どんと焼きの火が種火として使われるそうだ。東海自然歩道の標識に従って歩いていると「円成寺→」の標識となり一周回って夜業の里に引き戻されそうになった。奈良教育大学の縁を歩き市街地に入り、猿沢の池から“なら町”に到り、草鍋のお店に入って京都百名山シリーズの打ち上げを行った。19時前に三条通りに行くと花火は終わった後だったが、山を線刻のように火が走り美しかった。奈良の名残が尽きず家に辿り着いたのは日付が変わる寸前だった。

No.3833 愛宕山 歩荷トレーニング

12月21日 晴れ時々曇り

【メンバー】CL鹿嶽眞理子(12㎏)、高橋秀治(15㎏)、NF(15㎏)、TW(15㎏)、YK(15㎏)、小前竜吾(23㎏)、近本かずみ(18㎏)、松本正(20㎏) 計8名 

【行 程】JR保津峡駅8:17~米買道出会9:32~表参道出会10:13~水尾別れ10:25~黒門10:47~11:15愛宕神社下(昼食)12:45~神社参拝・水の奉納13:05~三角点13:30~旧愛宕スキー場入り口13:45~反射板14:20~月輪寺分岐15:02~大杉谷分岐15:12~月輪寺15:53~清滝駐車場前16:53

f:id:hirasankun:20200107115818j:plain大根鍋

【記録と感想】54期 鹿嶽眞理子

JR保津峡前に集合し、荷物の計量をして出発しました。つつじ尾根からの登りはいきなりの急登が結構ハードでしたが、天気も良く風も穏やかで歩きやすくて助かりました。時々休憩を入れつつゆっくりと登ります。木の間から美しい雲海が顔を出し、みんな見とれていました。

米買道との出会いを過ぎると、登りの傾斜は幾分楽になります。表参道に合流すると今度は階段道。水尾別れを過ぎ、黒門を過ぎ、やっと愛宕神社下に到着です。出発から約3時間みんな頑張りました。

ここで鍋宴会です。同じ歩荷するなら美味しいものを担ぎたい。是非鍋をとのリクエストがあったので、我が家特製の大根鍋にしました。

食事の後は神社にお参りし、担ぎ上げた水を神社に奉納して、三角点へ向かいました。そして今回の最終目的地の地蔵山を目指しましたが、時間が押していたので、反射板まで行って引き返すことにしました。

下山は月輪寺コースで。月輪寺には鹿が4頭もいて、お寺の方と一緒にのんびりとくつろいでいました。お寺の方の話では、去年の台風21号の災害で、今も上の山にある大量の倒木がいつ押し寄せてくるかもわからない状態なのだとか。登山道だけは通れるように整備してくださっていますが、いつまで持つかわからないようです。

時刻が気になっていましたが、何とか明るいうちに下山できてほっとしました。バスが来るまで30分ほどで、それなら歩こうということになり、JR嵯峨駅及び丸太町のバス停まで向かいました。

 

【感想】53期 高橋秀治

鹿嶽さんが歩荷例会をあげておられたので、リハビリを兼ね緩めの歩荷にて参加しました。

半年ぶりに肩にくいこむザックの重量に充実感を感じ、足をとられない様にストックでバランスをとりながらツツジ尾根を歩き、後ろから聞こえる笑い声を励みに何とか社務所まで歩ける事が出来ました。

昼食タイムは、まさかの愛宕山の参道での美味しい鍋パーティーでした。

まだまだ本調子ではないですが、ぼちぼちと皆さんの後ろからついて行きたく思います。

鹿嶽リーダーをはじめご一緒して頂いた皆さんありがとうございました。

f:id:hirasankun:20200107115857j:plain愛宕神社

【感想】54期 NF】

怒濤の12連勤、最終日は歓送迎会の幹事…。こんな体調でボッカなんてできるのかな…。

一抹の不安が胸をよぎりましたが、山頂で「かたけさん特製だいこん鍋」という大きなご褒美と、目指す冬山のために、頑張らない訳にはいかない、と、冬山装備とノンアルコールビールをザックに詰めて出発しました。

案の定、みなさまに迷惑をかけるばてぶり…。登り慣れたツツジ尾根が、こんなにも苦しいのか…。ふがいない自分が嫌になりながらも、小前さんの励ましもあり、なんとか山頂までたどりつけました。
ご褒美の鍋はやはり絶品。気温二度の山頂でしたが、あつあつの鳥ダシだいこんとショウガ、みなさまの笑顔にほっこりし、来て良かったとしみじみ感じました。8人分のだいこんとにんじんを千切りしてくださったかたけさんの「プライスレス」のお手間に本当に感謝です。ごちそうさまでした。
しばらく山岳会と離れていましたが、みなさまと登る山はどんな山でも楽しいとつくづく思います。少しずつ山に登りながら体力を回復し、また、いろんな山行にチャレンジしたいです。みなさま、ありがとうございました。

 

【感想】57期 TW

ボッカ例会とは思えないような、快適な山行でした。なじみのある愛宕山とはいえ久々のボッカに体がついていくか不安でしたが、心地よい気候のなかYKさんや近本さんと嵐(※ジャニーズの)の話などをしているうちに、あっという間に愛宕神社に着いたように感じました。楽しいと時間の流れが早いという言葉通りでした。

その後は髙橋理事長からの般若湯や鹿嶽さん特製のおいしい大根鍋。思いもよらぬ豪華な忘年会に身も心も温まりました。

冬山に備えて冬靴で歩きましたが、帰ってみると足にマメが出来ていたり、フトモモが筋肉痛になったりと、準備の必要性を実感でき、これも次の山への収穫となりました。今までボッカは「大量の汗を流し身体をきしませながら歩く」苦行的なイメージを持っていましたが、こんな楽しい山行なら、毎月でもボッカに行きたいと思えます。

企画してくださいました鹿嶽リーダー、ご一緒いただいたみなさま、ありがとうございました。

 

【感想】61期 小前竜吾

歩荷山行は決して楽しいことはなく、少し腰が曲がった状態で視線は足元の土に行きます。そんなイメージしか無いのですが、今回は鹿嶽リーダーの大根鍋がいただけ、大変楽しいものになりました。鍋を言い出したのは私です。せっかく重たいものを運ぶのですから、石とか水ではなく、実のあるものを運びたいと思ったからです。言い出しっぺにも関わらず、仕事の都合で食材の購入が出来ず、すべて鹿嶽リーダーに任せっきりになりました。いつか恩返ししますのでお許しいただきたい。スマホのログを見ると、水平距離は18km、累積標高は1200mとまずまずの負荷になりました。冬季の雪山山行につながる良いトレーニングになりました。鹿嶽リーダー、同行いただいた皆様ありがとうございました。

f:id:hirasankun:20200107115916j:plain愛宕山三角点

 【感想】61期 近本かずみ

やっぱりボッカはきつかった…でも大根鍋は美味しく、山は楽しかった。今回はそんな山行となりました。つつじ尾根からのルートは初体験で、いきなりの急登に体がついて行けず何度も心が折れそうになりましたが、一人ではない事が励みになり何とか乗りきる事ができました。急登以外は好きなタレント話などに花が咲き、ずっと笑っていたように思います(笑)。お昼は鹿嶽さん特製の大根鍋。噂に聞いていた伝説の大根鍋を食べることができ、とても美味しく本当に幸せでした。2019年納めの登山を愛宕山で、厳しくも楽しめた事を嬉しく思いました。鹿嶽さん、8人分の鍋の準備は大変だったと思います。本当にありがとうございました。そして愛宕ボッカ例会を企画して頂きありがとうございました。そして参加のみなさん、楽しい時間をありがとうございました。

 

【感想】62期 松本正

この会を通じてのお山は3回目、高齢のわりには山歴が短い私目には、恐らく皆さんが先輩、京都ならではのお仕事をされている皆さんとの出会い、目から鱗のお話の数々、とっても大変な8人分のお料理をご準備いただいた鹿嶽リーダー、お鍋とってもおいしかったです。たくさんの方と楽しい時間が持てたこと、おかげで20kgのボッカは、苦も無く、、、のはずでしたが、翌々日に身体がずっしり、にしても愛宕山は、京都の様々な歴史と文化が随所に刻まれたお山、時折、しみじみとした気持ちとなりました。

鹿嶽リーダー、ご一緒いただいたみなさま、素敵な時間をありがとうございました。

 

【感想】60期 YK

真夏の愛宕ボッカに連れていただいた時には曲がりなりにも15kg持てたので、冬のボッカではもっと重くするのだ!と狙っていたが、風邪のため15kgギリギリにさせてもらうことにした。その時点で、私の山行目的は大根鍋となった。久しぶりにご一緒できた方ともおしゃべりしながら、調味料だの具だのをわいわい回しながらの鍋大会は楽しく、よい一年の登り納めができた。また大根・人参・生姜の根菜三重奏のおかげか長引く風邪もその日から快方に向かった。前日に2時間かけて大根を刻んでいただいたリーダーに感謝の山行だった。

〈個人山行〉京都百名山シリーズno.98・99 鷲峰山・三上山

令和元年12月21日(土)

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鷲峰山(じゅうぶせん682m)は、宇治茶の産地、相楽郡和束町にある。山域は真言宗醍醐派の金胎寺境内で山号も鷲峰山、役行者の開いた寺で五光の滝への行場がある。三上山(さんじょうざん473m)は、海住山寺の北方にある山で、展望櫓からの展望が良い。今回はこの2山を繋ぐ長距離縦走を行った。

【メンバー】 山本浩史L、加藤一子

【山  域】 京都府和束町・宇治田原町加茂町

【行  程】 京都6:01-7:27加茂7:50=8:10原山8:14~9:39鷲峰山9:44~9:55金胎寺山門~10:05鷲峰山~10:25鷲峰山三角点~10:23平岡分岐~11:13犬打峠~11:44奥岸谷山12:13~12:54白栖三角点~13:23北山13:28~14:05三上山14:13~14:38鳴子川渡渉~14:57海住山寺15:03~15:55加茂16:11-17:12京都

【登山データ】 曇り一時晴れ 歩行22.7㎞ 7時間37分 延登高1,323m 延下降

1,436m 4座登頂 

長距離縦走なので6時の奈良線で出発した。加茂駅で加藤さんと合流し和束町原山へのバスに乗った。全区間京都府下を走るのに何故か奈良交通バスが進出している。原山の集落は船屋坂三角点峰の急な斜面の南側に広がり、鷲峰山の表参詣道とされる東海自然歩道を歩いた。原山地区の茶畑は山の上まで拓かれ、中でも円形茶園は特異な景観で知られている。参詣道は船屋坂三角点峰の中腹を巻いて進むと東に張出した処の東屋の中にお地蔵様が鎮座していた。やはり古来の参詣道であることが窺えた。清水谷川を上る道となり林道に乗り上ると大きな石に「下乗」と刻まれ、金胎寺の寺域に入ったことを知らされた。

山門に到ったが入山料を取られるので門内には入らず折り返すように林道を辿って行くと彌勒殿や多宝塔、行者堂のエリアに達した。多宝塔は永仁6年(1298年)の建立で重要文化財に指定されている。更に登って行くと鷲峰山(682m)山頂で此処にも鎌倉時代重要文化財の宝篋印塔があった。宝篋印塔の案内板を兼ねた山頂標識を前に記念撮影をして北尾根へと下った。道は不明瞭で木立の中を適当に下って行くと林道に飛び出した。電波塔の取付道路が分岐する処から東のピークに這い上がった。

681mのピークには1等三角点「鷲峯山」があり東方向の展望が得られた。此処には六角形のコンクリート柱の“天測点”があった。大文字山で見たのは同じ形で“菱形基線測点”だった。この天測点は用途が少し違い、戦後1等三角点網の東京基点からの捻じれを補正するため全国48箇所の1等三角点の傍に設置された観測台で天文測量が行われた遺物である。

来た道を戻り、林道を歩き鷲峰山の西側を巻いて宇治田原町平岡への道を見送り、和束町と宇治田原町の町堺尾根を辿った。林道と登山道、農道が入り交じり地形図に無い道も沢山あり、ルートファインディングに神経を使うエリアだ。地形図には「∴」の記号が点在している。余り見慣れないがこの地域ならではの茶畑の記号で稜線にまで点在している。斜面に広がる刈り込まれた茶畑の景観は美しく、展望も得られるので気持ちが良い。

4等三角点「三本松」を目指していたが一つ先のピークまで行ってしまい三角点は断念した。犬打峠(368m’)に下り茶畑の農道を登り返した。農道から登山道に分かれ稜線を進んだ。踏み跡を辿り稜線からはみ出した奥岸谷山(522m)に達した。3等三角点「腰越谷」が置かれているが展望は得られなかった。昼食休憩を取っているとやはり12月、体が冷えてきて早々に出発した。

南に続く町界尾根は複雑な地形で地形図を確認しながら進んだ。ルートから外れる中栖三角点へは藪を這い上った。稜線には地図に無い農道があり暫く歩くとまた道が無くなり藪に突っ込だが問題なく4等三角点「白栖」(484m)に到った。谷の源頭を3本巻き込むように半円を描いて北山へと進んだ。一つ手前のピークには「P490」の黄色いプレートが掲げられていたが標高点でもないようだ。南に下り北山(487m)山頂に到ったが樹林帯で展望は得られなかった。

P490の西端に戻り北へと下り縦走路に戻った。左手に登山道が分岐したがコンパスで確認するが少し方向が違うようでそのままメインの道を進んで行くと段々コンパスの矢印が北を示し出しこれはおかしいと引き返し左手の道に進んだ。この後は比較的直線的に南西に進み登り返し峠を越え谷の源頭の右岸の稜線を下り鞍部から三上山への登りが始まるという複雑さ、登り口に「三上山へ」と表示があり始めて丁寧な指導標を見た。

京都百名山に選定された三上山(473m)は、3等三角点「三上山」が設置され、傍らに展望櫓が設置されていた。手摺りが異常に高く展望の邪魔。北東方向には北山と鷲峰山が重なって見え長い尾根を歩いて来た実感が得られた。南に下る道があり下って行くと林道に飛び出す寸前に「冒険の道」なる登山道が稜線に続いていた。地形図には点線道だけが描かれているが、林道がそれだと思い冒険の道はいったいどこに行くのか情報がなくどっちに行ったものかと思案したが、車道を歩くよりは“冒険”してみようと登山道を進むことにした。

分からない道を進む不安を持ちながら何れにしても鳴子川に下るだろうと進んで行くと結果は林道の方が地図に無い道で冒険の道が歩こうとしていた道だった。この林道はグーグル地図には既に描かれていた。鳴子川右岸に達し渡渉して南側の谷間に付けられた道を登って海住山寺へと向かった。稜線に到ると「←海住山寺 神堂寺→」の標識があり左手に進むと少し下って海住山寺(かいじゅうせんじ)の境内に達した。通過だけでも入山料100円が必要とあるが安い。桜の広場から加茂の街が俯瞰出来、関西線のトンネルがある大野山(204m)が木津川沿いに存在感を持っていた。

本道に到ると生憎、工事中で覆いが被さっていた。五重塔は建保2年(1214)の建立で国宝に指定されている。本堂の十一面観音立像は重要文化財で拝観するには追加で300円必要、工事中の本堂、しかも登山靴を脱ぐのが面倒でパスした。離れた処にある山門は歩いてこそ通ることができる。後は車道歩き3.5㎞で加茂駅を目指した。のどかな茶畑の縦走を終え加茂駅到着、駅前のローソンで缶ビールを買ってホームの待合室で乾杯して帰路に着いた。 

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写真1: 鷲峰山金胎寺の多宝塔(重要文化財

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写真2: 鷲峰山(682m)山頂にて

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写真3: 奥岸谷山(522m)、鷲峰山(682m) 白栖三角点北稜線より