京都比良山岳会のブログ

山好きの社会人で構成された山岳会です。近郊ハイキングからアルプス縦走までオールラウンドに楽しんでいます。

No.3784 霧氷バスで三峰山へ

2019年2月24日(日)

【メンバー】
小泉賀奈子(CL)、船木佐織、波佐場春香  計3名

【行 程】
2月24日(日) 晴れ
9:15近鉄榛原駅バスターミナルよりバスに乗車=(奈良交通・霧氷バス)=10:06みつえ青少年旅行村10:17~登山口~(登り尾コース)~11:00展望小屋~11:55避難小屋~12:31△三峰山山頂12:58~13:03八丁平~13:30避難小屋~14:10不動滝~登山口~14:35みつえ青少年旅行村15:00=(奈良交通)=15:50近鉄榛原駅、解散      

 

【記録】 52期 小泉賀奈子

 期間限定で運行している奈良交通の霧氷バスで、まだ行ったことのない三峰山に行こうと思い立ち計画した。連日の気温の高さに、期待はできなかったのだが、それでもたくさんの登山者が訪れていた。みつえ青少年旅行村では霧氷祭が催されていて、抽選用紙に名前を書いた。何が当たるか当たらぬかは下山後のお楽しみに。

 登山口から登り尾コースを歩いていくが、雪はほとんどなかった。気温も暖かかったので、晩秋のハイキングに来ている気分。展望小屋を過ぎたあたりからは、雪が解けたであろうぬかるみがちらほら。足をとられないように進んだ。避難小屋付近で3人連れの男性と出会う。奈良在住の男性は、今期3度目の三峰山で、「1月と2月上旬に登った時は、たくさん雪があったのに、今日はすっかり無くなっている。」とおっしゃった。霧氷が見られたら、それはそれはメルヘンチックらしい。船木さんは以前にも訪れたことがあったそうで、霧氷をバックに撮った写真を見せて下さった。今日はずいぶん様子が違う。山頂付近に残っていたわずかばかりの雪を楽しんで、誰かが作った雪だるまを随所に見つけて、少しだけ雪の世界を楽しんだ。

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山頂付近に残る雪

 

 山頂からの見晴らしは良く、山々を望みながら昼食をとった。家族連れや団体さん、

デイキャンプを楽しむグループなど、思い思いの時間を過ごしていた。

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 山頂にて

 

 少し南へ下って八丁平へ。ここはなだらかな丘陵地で、とても気持ちが良かった。雪がある時期は白く化粧をした山々を望むことができ、5月にはシロヤシオの群生が見られることで有名なところ。深呼吸をしてきれいな空気を目いっぱい吸い込んだ。

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八丁平にて

 

 下山は避難小屋から東に下りて、不動滝コースへ。わりと急な斜面をひたすら下りて、やっと出会えた不動滝。近くまで行くと、水量が多く、とても迫力のある滝だった。水も澄んでいて、とてもきれいだった。その後はしばらく車道を進む。14:30の姫石の湯行きのバスはわずかな差で乗れなかったので、榛原行きのバスが出発するまで、霧氷祭を楽しんだ。ふるまいコーヒーにおでんなどの屋台、お酒や漬物などの物産。地域ぐるみで取り組まれていた。残念ながら、抽選には3人とも外れてしまった。お花の咲く頃にまた来たいなと思っている。

 

【感想】 55期 船木佐織

 とても暖かい日が続いていたので霧氷はありませんでした。毎年のように高見山地の山を登っていて、こんなことは初めてです。心の中で霧氷をイメージしながらの快適ハイキングにはなりましたが、八丁平からの展望も見事で楽しい山行でした。

三峰山は5月下旬になるとシロヤシオが見られるそうです。その頃にまた来てみたいと思える山でした。例会を企画してくださった小泉さん、いつも笑顔の波佐場さん、ありがとうございました。

 

【感想】 62期 波佐場春香
霧氷という言葉を初めて知り、ぜひ見てみたいと思い、参加しました。残念ながら今年は雪が少ないらしく、霧氷は見られませんでしたが、晴れていて気持ちのよい日でした!
広々として眺めの美しい八丁平には、5月にシロヤシオという花が咲くという話を聞き、ぜひまた訪れたいと思いました。
楽しい1日をありがとうございました!

 

〈個人山行〉京都百名山シリーズNo.64~69​高雄山・沢山・桃山・左大文字山・衣笠山・船岡山

平成31年2月24日(日)

同行者がなかったので二つの計画を一つに繋いで高雄山(429m)、沢山(516m)、桃山(466m)、左大文字山(231m)、衣笠山(201m)、船岡山(112m)の京都百名山6座を一気に登った。

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【メンバー】 山本浩史(単独)

【山  域】 京都市右京区・北区・上京区

【行  程】 京都6:50=7:39山城高雄7:43~8:31文覚上人墓~8:49高雄山~9:37福ヶ谷林道入口~10:22福ヶ谷林道出合~10:48仏栗峠~11:05沢山11:34~12:03吉兆山~12:20桃山~12:44紙屋川~12:58大北山鷲峯町~13:14鷲ヶ峰~13:36鷹ヶ峰~13:45左大文字山~14:22衣笠氷室町BS~14:43西源山~15:11衣笠山~15:55船岡山~16:35今出川16:39-16:50京都

【登山データ】 曇り 歩行25.1㎞ 8時間52分 延登高1,603m 延下降1,703m 10座登頂

 

京都駅から始発のJRバスに乗り山城高雄で降り、清滝川へ下る遊歩道を歩こうとすると昨年9月の台風による土砂崩れで通行止めとなっていた。仕方がないので槇尾まで周山街道を歩き清滝川沿いの府道138号線に入った。谷山林道入口で清滝川を渡ると西明寺裏参道が右に分岐した。谷山林道も台風の被害で通行止めになっていて少し気が引けたが少しだけと自分に言い聞かせてバリケードを越えた。谷山川に沿って進むと斜面に台風の爪痕が見える。右岸に波切不動の像が現れ鉄橋で渡り参拝して谷筋の登山道へと取り付いた。道形はあるが殆ど歩いた形跡はなく古い倒木が苔生していた。樵小屋の跡が現れると分岐で地形図に従って左の巻き道に入った。尾根の先端に到ると尾根に取り付き首無地蔵から神護寺に下りる登山道に合流した。

P342を目指して斜面を這い上がり稜線に乗り上った。P342へと南下すると堀切のような人工を思わせる地形があり、嘗ては神護寺のエリアであるので城跡ではなく寺の何らかの施設があったのではないだろうか。P342に到ると比較的平坦な広さがあり嘗ては何かあったようだ。少し南に下りると性仁親王の墓があり、隣の少し高い所に神護寺開祖の文覚上人の墓があった。

此処からの展望は良く神護寺の甍や菖蒲谷山が望めた。天気は良いが霞みがかかって市街地は今一はっきりしない。引返して稜線の道なきを高雄山へと這い上がった。3等三角点「高尾」があり小さなプレートが掲げられていた。北に進み谷山林道への林道を目指して道のない尾根を下ると地形図にある林道に出たが実態は少し違う所を通っていた。この林道も途中で途切れ斜面を下ると再び林道に復帰した。朽ちた橋を渡り谷山林道に戻ると直ぐ波切不動に戻った。

槇ノ尾から福ヶ谷林道に入り急傾斜を遡って行くと谷の分岐地点の中央に顕著な尾根があり地形図に登山道が描かれているので取り付いた。稜線に乗ると道形が認められるが最近歩いた人はないようで荒れ放題だった。ピークまでは何とか道形があったが先には全くなく地形図では巻き道になるので諦めて稜線に這い上がった。何となく踏み跡っぽいものがあり辿って行くと福ヶ谷林道の京都トレイル分岐点に下り立つことができた。

京都トレイルのしっかりした登山道に入ると山主による立ち入り禁止の表示が頻繁にあり、ルート外を歩くことは憚られる。仏栗峠に至ると京都トレイルは沢池へと下って行った。稜線を直進し吉兆・桃山への縦走路を進んだ。沢山前衛ピークから北に分岐し沢山(516m)に達した。2等三角点「鷹峰」があり“澤山”と旧字体の山頂標識が掲げられていた。昼食休憩を取り前衛ピーク迄引返し吉兆山へと向かった。沢山、吉兆山、桃山は太秦の北側に横たわる連山で京都南郊から見ると三つの瘤の京都らしい山容を示している。縦走路から少し北に行った処が吉兆山(470m)山頂で展望は利かない。桃山(466m)も展望の利かず山頂標識を写真に収め先に進んだ。

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桃山からは原谷に下りる道もあるが北への稜線には地形図には描かれていないが明瞭な道があり所々に指導標が設置されていた。鷹峯の紙屋川に下り立つと左岸は平成24年7月の豪雨による土砂崩れ現場があり治山工事で剥き出しの山肌を表れていた。

車道歩きで紙屋川から原谷川に入り、鷲ヶ峰に源を発する谷を遡る林道に入った。二つ目の堰堤で林道は途切れた。トタン屋根の小屋があり林業に使われていたようだ。堰堤の手前に梯子がありこの地点から稜線に這い上がった。微かに踏み跡を辿り鷲ヶ峰(314m)山頂に達した。弧を描くように進むと鷹ヶ峰(260m’)で少し戻って左大文字山(231m)に到った。木立の間から鷲ヶ峰を振り返ることができた。少し南に下ると五山送り火の火床で京都市内を一望でき素晴らしい。先客があり工事用のヘルメットの人もいたので送り火関係者かも知れない。この山の金閣寺側の麓はフェンスで閉ざされ北側からしか登ることができない。比叡山、(右)大文字山、そして最後に行く船岡山もよく眺められ、今日の山行で唯一の展望の利く山だった。

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鷲ヶ峰への分岐に戻り以前歩いた大北山からの尾根の一本西の尾根を下った。あまり歩く人がいないようで荒れているが道形はしっかりしていた。尾根の先端部で西に振れ氷室道の衣笠氷室町バス停の位置で車道に下り立った。道路の対面で原谷への峠道に入り2m幅程の階段道を登って行った。峠に至ると反対側は舗装された車道で左に折れて稜線を進んだ。暫く行くと稜線上に道路にあるガードレールが設置され、かなり違和感のある光景で北側は原谷の人家の庭のようで散らかり方に嫌悪感を覚えた。

西源山(251m’)は何もなく御室への道と衣笠山へ道が分岐した。南に下ると衣笠赤坂町の波切不動寺に下る林道が西に分岐したが土砂崩壊で通行止めになっていた。比叡山船岡山の展望が良く、朱山が大きく見えた。稜線道には龍安寺の標石があり南側が龍安寺領であることを示し、立入禁止の表示がされていた。朱山(192m’)の山頂部は円融天皇火葬塚となっている。正式な円融天皇陵は宇多野にあるようだ。第64代の天皇で在位は安和2年(969) 9月27日~永観2年(984) 9月24日で25歳で退位されている。

南尾根を南下すると一條天皇園融寺陵と堀河天皇後園融寺陵が同じ敷地にあった。一條天皇は第66代で寛和2年(986) 8月1日僅か6歳で即位し寛弘8年(1011) 6月13日に退位し12日後に31歳で亡くなられている。堀河天皇は第73代で応徳3年(1087) 1月3日に即位し嘉承2年(1107) 7月19日の崩御まで20年間位にあった。

御陵の裏手にある「衣笠山→」の表示に従い40mほど登ると衣笠山(201m)に到った。展望はなく龍安寺への進入禁止を示す看板ばかりが目立った。正規の登山道は北に続き辿って行くと衣笠保育園に下りて来た。此処からは街中歩きで最後の船岡山を目指した。蘆山寺通を東に進みわら天神交差点の南西に金戄八幡があり信号待ちの間に立ち寄った。「金戄」は「金閣」に通じる読みで「戄」の字は訓読みでは「おどろく」と読むので「金に驚く八幡さん」では意味をなさず単なる当て字なのか?

千本鞍馬口から船岡山南の遊歩道に入り船岡山(112m)に到った。3等三角点「船岡山」があり少し北西側に左大文字、吉兆山、桃山が望める広場があった。南西側の建勲神社は裏側から入ることができず北から東側に回り込んで参拝した。神社前の階段から比叡山(848m)や大文字山の展望が良かった。再び街中歩きで堀川通を越えて茶道の街、小川通界隈を歩いた。日蓮宗本法寺の東側には裏千家今日庵表千家不審庵が軒を連ね和服姿の関係者が行き交っていた。今出川駅に到ると地下鉄で帰路に着いた。

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No.3738 霧氷を求めて御池岳山行

2019年2月17日(日)

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【メンバー】

CL土井司、松井篤、高橋秀治、鹿嶽眞理子、TW、YK  計6名

 

【行程】

17日(日)6:50烏丸御池ロッジ前=7:30JR山科駅近くのコンビニ=8:25鞍掛橋(車デポ)8:43~11:05鈴北岳~11:28日本庭園~11:52御池岳(昼食休憩)12:30~12:39天狗の鼻~12:41ボタンブチ~13:02御池岳~~13:15鈴北岳分岐~13:29鈴北岳~14:55鞍掛橋(デポ地)=京都

 

【記録と感想】57期 TW

(天気)くもり午後から時々晴れ

予定通りの時間に京都市内を出発、大君ヶ畑集落の奥にある鞍掛橋まで入り車をデポ。8:20時点で既に10台弱の駐車があり、人気の山・人気の季節なのだなと感じました。

8:45駐車地出発、林道を10分程歩くと右手に「鈴北岳 急登」の小さな看板。見つけにくい上に、看板の矢印(←)の向きが間違っていました。要注意です。

トラロープが下がっている急斜面から取り付き、雪が薄くついた杉林の急登をしばらく。途中、2つ目の鉄塔の下でアイゼンやチェーンスパイクを装着しました。曇り空で展望が心配でしたが、尾根の手前辺りから木々の枝が白くなり樹氷のトンネルが楽しめました。坂を登りきると杉林が開けて一気に白い稜線へ。稜線上はスキー場のように広々としていて風の勢いを直に感じましたが、風が強い分曇り空でも展望には恵まれたようで、前に鈴北岳、後ろを振り返ると霊仙山と伊吹山、隣の尾根には真っ白な樹氷の森が見える、すばらしい景色でした。

11:00鈴北岳を過ぎ、平地がちになった辺り(日本庭園辺り?)でスノーシューやワカンを装着。締まった雪にうっすら新雪が乗って、スノーシュー歩きがとても快適でした。鈴北岳から御池岳までは「テーブルランド」の名前の通り、アップダウンが少なく白い高原が広がっていて、ルートファインディングが大変難しく感じました。踏み跡もそこかしこにあり、どのルートがピークに続くものなのか混乱しそうでした。

11:52御池岳ピーク、お昼休憩。休憩している間に勢いよく流れる雲間から青空が見えだし、お腹がいっぱいになる頃には太陽の光も差しこんできました。

12:30天気の好天に盛り上がりながら、ボタンブチへ。ボタンブチまでの道は、青空ときらきら光る白い樹氷が大変綺麗で、おとぎの国のようでした。雲の動きが早く、どんどん景色が変わるのも素晴らしかったです。

いつまでも樹氷を見ていたい気持ちでしたが、風が強すぎて寒さに勝てず撤収。13:00に御池岳を出発し、スノーシューで思い思いのコースを楽しみながら鈴北峠分岐から下山しました。下りは大変早いスピードで進み、鈴北岳を少しだけ下った付近でスノーシューからアイゼンに履き替え、第一鉄塔の下でアイゼンも外して15時前にはデポ地に着きました。以下は次回の御池岳冬の山行の為のメモです。

①ソリがあったら楽しさ倍増だと思います。ヒップソリ必携。

②鞍掛橋での駐車位置について。積雪時は大君ヶ畑集落までしか除雪されず、除雪されていない場合は集落を過ぎた場所から鞍掛橋まで1時間ほど歩く必要があるそうです。(この件で、前日土井リーダーは車のデポ地を偵察しに行って下さったとの事。どうもありがとうございます!) 

③下山後のお風呂は名神高速多賀SAの浴場へ。温泉ではありませんが、清潔感のある気持ちの良いお風呂でした。(入浴料550円)

 細やかなお心遣いを戴いた土井リーダー、ご一緒させていただいたみなさま、楽しい山行をどうもありがとうございました。

 

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【感想】46期 松井 篤

会報の例会案内に土井リーダーが書かれていた「霧氷とテーブルランドの絶景を堪能しましょう!」のキャッチコピー以上の素晴らしい絶景と快適な雪山を堪能させていただきました。

最初こそ雪のない単調な急登でしたが、北方に霊仙山と伊吹山のどっかりとした立派な山容が見えるあたりまで来ると、周囲の木々に霧氷が見え始め、一気に冬山の雰囲気になりました。

その後は、景色にプラスしてアイゼンとスノーシューの快適な雪上歩行と、雪山ならではの歩行も楽しめました。

特に、緩やかな起伏の地形の上に降り積もり適度に締まった雪の上を、自由にスノーシューで歩くことは、快適そのものでした。(どこでも自由に歩けるのをいいことに、適当なルートをとってしまい、たいへん失礼しました)

京都から数十キロ程しか離れていないところに、このような素晴らしい山域があることを改めて教えていただいた土井リーダー、往復とも車の運転をしていただいた高橋さん、参加された皆さん、本当にありがとうございました。

 

【感想】60期 YK

霧氷、エビのしっぽ、雪庇…初めて見たが、時間が止まったかのような美しくて不思議な風景だった。しかし夜の間は過酷な環境になっているのだろうな、と思わせられた。素晴らしい天候と数々の絶景ポイントに皆、上機嫌で雪上を歩き続けた。例えは今ひとつだがデスクトップの風景写真の中を歩いているみたいだった。エビつながり?で買った多賀SAのえびせんは、職場の同僚に大好評だった。

 

【感想】53期 高橋秀治

 今年2回目のスノシューは、鈴鹿の山の最高峰である御池岳を堪能して来ました。

 鞍掛橋から稜線に出るまでは急登ですが比較的アプローチも短く、さらに御池岳の山頂部に広がる樹氷の森とテーブルランドは、スノーシュで好き勝手に歩き周る事もでき、お手軽感満載です。稜線をアイゼンを利かしながら登り、詰めあがった所では、強風によりできるエビの尻尾や360度の展望等、快晴であれば青と白の静寂の世界を堪能でき、冬山の虜になること間違いなしです。

次回は月明かりに照らされた雪原で一夜をのんびりと過ごしたいと思いました。

 ご一緒頂いた皆様ありがとうございました。

 

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【感想】56期 土井司

事前の天気予報では曇り「てんきとくらす」の登山指数は「C」(のちに「B」)で霧氷の付とガスを心配してのスタートとなった。

鞍掛橋から稜線が見えところどころ青空も見え、ひょっとしたらとの期待を胸に急登の尾根を登る。鞍掛峠からの稜線との合流に近づくと霧氷が現れはじめ合流地点では霧氷の森となった。青空に霧氷が輝き素晴らしいの一言。その後の鈴北岳へ向かう開けた稜線歩き、スノーシューでのテーブルランドかっ歩、ボタンブチや天狗の鼻の広々とした雪面などなど予想をはるかに超えるメルヘンチックな景色に感動した。鈴鹿山系という近場にこんなに素晴らしい山があったとは「目からうろこ」であった。

ご一緒いただきました皆さんと素晴らしい風景を共有でき嬉しくおもいます。ありがとうございました。

 

<個人山行>南八ヶ岳縦走

2019年2月9日(土)~2月11日(月) 

【メンバー】

CL中尾諭、高橋秀治、土井司

【行程】

○2月9日(曇り、雪)

 美濃戸口(7:00)→美濃戸山荘(8:00)→赤岳鉱泉(10:20)→行者小屋(11:00)    テント泊 

  *ジョウゴ沢で沢遊び

○2月10日(晴れ)

行者小屋(8:00)→赤岳(10:00)→横岳(12:00)→硫黄岳(13:20)

赤岳鉱泉(14:20)→行者小屋(3:20)     テント泊

○2月11日(曇り)

 行者小屋(7:45)→美濃戸山荘(9:30)→美濃戸口(10:30)

【山行概要】26期 中尾

・若干トレーニング不足のメンバー(筆者)がいるため、全体的に歩くのはゆっくり目の行動となった。

・入山初日は、計画では、阿弥陀岳を北稜からの登頂を予定していたが、山はガスっており、雪も舞ってきたので無理せず登るのをやめ、ジョウゴ沢でトップロープを張り、プチアイスクライミングの体験をして遊んだ。

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・2日目は、今回の山行のメインである縦走。文三郎尾根から赤岳、横岳、硫黄岳を踏み、赤岩の頭から赤岳鉱泉に下る一般ルート。天気が良く、文三郎尾根の登りでは、阿弥陀岳が朝日に当たり、白く輝いているのが印象的。また、赤岳のダイレクト尾根を登るパーティがー何組か寒そうに順番待ちをしているのが見えた。赤岳の登りでは下山者も多く、多少混雑していたが、地蔵尾根の下り口を越えると、人も少なくなった。稜線からの眺めは、南には富士山の頂が雲の上にみえ、南アルプス中央アルプス北アルプス等の白い峰々もきれいに見ることができた。横岳への岩場のトラバースは鎖は出ているが、足場も悪く、高度感もあり、若干緊張気味に進む。硫黄への登りは、強い西風を受けながら進み、爆裂火口を覗き噴火の凄さを感じる。硫黄からはは、赤岩の頭を経由し赤岳鉱泉へ下り降りた。 

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 ・最終日は、美濃戸口への下山のみ。行者小屋から少し下ったところで、大阪府山岳連盟が積雪訓練を行っていたのを、横目に見ながら無事下山。

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【感想】26期 中尾

一昨年、暫く持っていなかった冬靴を購入し、約15年ぶりぐらいに冬の南八ヶ岳に入った。昨年末にインフルエンザにかかり、それから体調を崩し1月に漸く復帰した体で、体力が十分回復していない中での山行となったため、ゆっくりしたペースで登り、パーティーには多少迷惑をかけたあと思います。個人的には、今シーズン初の登山で、久々に、稜線から、北や中央、南アルプスなどの白く輝く峰峰が見渡せる天気の良い日に歩くことができ、しんどいながらも楽しい山行きになりました。

 

【感想】53期 高橋 秀治

3年前に土井さんと厳冬期の赤岳に登り、次回は赤岳から硫黄岳を縦走しようと話していました。また、「富士山と八ヶ岳」の興味深い民話も教えて頂き、尚いっそう縦走して確かめたいと思って、中尾会長を巻き込んで実現できました。

京都を出発直前に、会長より「天候が良くないので中止しようと思う」というメールが来ましたが、「とりあえず行きましょう」と出発。

現地に着いた時には、雪交じりの天候で明日の縦走が出来るのか心配しながら、行者小屋に昼過ぎに到着。その後、阿弥陀北陵を登る計画でしたが、天候等を考慮して「ジョウゴ沢」を見に行こうという事になりました。そして、トップロープを掛けてくれて、プチアイスクライミングを体験することもできました。

翌日の天気予報では、昼頃から晴れるという事で、8時に幕営地を出発しましたが、既にその時には光り輝く阿弥陀岳が微笑んでいました。

また、核心部の横岳を通過する時には、ダイアモンダストで歓迎してくれていましたが、私は緊張のためにそれを楽しむ余裕はありませんでした。

気が付けば快晴の縦走を楽しんで硫黄岳のピークに立っていました。そこから歩いてきた白い稜線を振り返った時に、歩いたからこそ実感できる充実感で涙がこぼれそうになりながら、「これだから冬山はやめられないな!」と再度痛感しました。

中尾会長、土井さんありがとうございました。

そして、硫黄岳の爆裂火口を間近に見た時には、太古の時代は富士山より八ヶ岳が高かったと確信できた山行きでた。

 

【感想】56期 土井司
 今回天候が冴えない予報であった為、験を担ぐ意味も含め諏訪湖SAで仮眠&朝食を取る提案をした。(今シーズン二度、同様の前泊方法で共に素晴らしい天候に恵まれた)
 初日は曇りのち雪であったが、この験がものの見事に的中し縦走本番である二日目の天候は風も弱く快晴となり、且つ前日の雪が一層素晴らしい景色を作り上げていた。 雪を被った樹林の奥に朝日を浴び輝く阿弥陀岳、赤岳頂上からの権現岳とその奥に横たわる南アルプスの山々、これから向う横岳の岩壁、その横岳から見る急峻な赤岳の山容などなど言葉を失う程の景色を目にすることができた。今シーズン3度目の3000m級冬山登山であったがそれを締めるにふさわしい山行となり、帰りの車中では来年の厳冬期山行の山をどこにするかで大いに盛り上がった。

中尾さん、高橋さん、お世話いただきありがとうございました。来年も宜しくお願いします。

 

〈個人山行〉京都百名山シリーズNo.63 牛松山

平成31年2月2日(土)


牛松山(636m)は、亀岡盆地の西に位置するどっしり落ち着いた山で山頂にはしっかりした社殿を持つ金毘羅神社が鎮座している。山麓には愛宕山の総本社愛宕神社の根源の愛宕神社が鎮座している。保津町の長閑な田園地帯を歩き雪山ハイキングを楽しんだ。

 【メンバー】 山本浩史L、梅村重和

【山  域】 京都市右京区亀岡市

【行  程】 京都7:35-8:06八木8:25=9:04原9:14~9:43送電鉄塔~10:39標高点~11:09牛松山11:38~12:23元愛宕神社~13:30保津小橋~13:52馬堀13:55-14:19京都

【登山データ】 歩行12.9㎞ 4時間38分 延登高 597m 延下降 949m  1座

 

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JR嵯峨野線京都駅7:35発の快速は山屋が多く乗る。山屋は八木駅で降り午前中1本だけの京阪京都交通バス“原”行に乗り換える。この日は10人程が乗り込んだ。一般客は残念ながら誰もいない閑散路線。我々を除く全員が越畑で下車した。地蔵山を目指し芦見峠からの一般道を目指すのだろう。細い道を一杯になってバスは進み終点の原に到着すると20m程先の回転場所で方向転換し26分後の発車まで待機に入った。

バス停で登山準備を整え府道50号線を南に少し行くと愛宕神社の鳥居があり、樒ヶ原からの登山道に続いている。樒ヶ原は棚田が美しくその奥に千歳山(630m')が鎮座していた。バス停から0.9㎞程進むとロープの張られたゲートがあり牛松山への登山道が分岐した。積雪は5㎝程で心地よい明瞭な道の新雪を踏んで倒木を避けながら進んだ。送電鉄塔のあるピークに到り南の稜線に戻ると展望が良く先にあるP643が前方に見え、西の方には南半分を伐採された地蔵山(948m)が雪景色で美しい。

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送電線から辿って来た京都市亀岡市の境界がP643の手前で西の稜線に去って行った。その地点に「界」の標識があり、側面には「元千歳国分~」と書かれているが下部は判読できなかった。縦走路はピークの脇を掠り南側で西の方から来た林道に飛び出した。略々稜線の直下を進んでいたが徐々に稜線を離れ谷へと入って行きそうになった。此れは違うと稜線に復帰すると登山道が続いていた。

稜線を進みP578に達すると送電鉄塔があったが樹林で展望は利かなかった。50m程下り登り返すと最後の登りで牛松山(636m)に達した。山頂にはパラボラアンテナが設置され広場となっていた。先客の男性と挨拶を交わし昼食休憩とした。此処まで南下してくると積雪も少なくなりパラボラアンテナの向こうに雪化粧の愛宕山(924m)だけが望めた。山頂の南東側にある金毘羅神社に立ち寄り参拝、しっかりした社殿があり休憩舎も備わっていた。巻道を東に進み山頂域の端にある3等三角点「金毘羅」を見て千歳町国分への下山路に入った。

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展望箇所もなく単調な道を下り林道に飛び出すと登山道の入口には「牛松山ハイキングコース→」や「オートバイ乗り入れご遠慮ください」の標識が立てられていた。「ご遠慮ください」ではなく「禁止」とは書けないものだろうか。少し下ると比較的大きな神社があり、杉の古木が神々しい。此処は愛宕神社で「元愛宕神社」や「愛宕神社本宮」などと通称されている。案内板によると継体天皇元年(507)創祀とあり、天武天皇の頃京都鷹ヶ峰に分霊され、大宝年間(701~704)に役小角と泰澄によって創建されたのが現在の総本社の愛宕神社で親元はこの神社だと云う。本殿は鎌倉時代(1280年頃)のもので国の重要文化財に指定されている。

今日は保津町の里を歩き保津小橋を渡り馬堀駅をゴールと目論んでいる。なるべく府道に出ないように田の畦道のような所を辿ったが保津ヶ丘の住宅地前で止むなく府道に出てしまった。溜池の処で再び里道に入り長閑に歩いていると田圃の畔から牛松山や愛宕山が美しく眺められるスポットがあった。保津町訳目では旧亀山城の新御殿玄関を移築したと案内板のある風格ある木造建築があった。残念ながら門は閉ざされ公開されていないようだった。私有地なのか公道なのかよく分からないので何時しか保津橋に近い保津八幡神社に出てしまった。

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請田神社への道を通って河川敷の工事中エリアの中を歩き保津小橋で保津川桂川)を渡った。年谷川も渡り田圃の畦道のような道を真っすぐ南下した。東の方、保津峡の入口方面に目を向けると完全な田畑と山の織り成す風景で人工物がなく素晴らしい。JR嵯峨野線を潜ると旧街道の街並み歩きで馬堀駅に達し軽いハイキング山行を終えた。予定通り13:55発の列車で京都駅に戻り、京都タワー大浴場で汗を流し、ビアホールで反省会を行い17時過ぎに解散した。