当初寒風から遠回りして赤坂山へ行こうと計画していたが、降雪・積雪の多さから武奈ノ木平の短いルートに変更することにした。
トレースはついておらず、極めてゆっくりラッセルしていると・・・
[個人山行]2011年1月16日(日)
【参加者】AT
本田勇樹
計2名
【天候】 雹
【記録】T
9:56マキノ高原→13:30鉄塔近くの620ピーク付近→14:26マキノ高原
早朝に起床して地下鉄の始発に乗ろうと思っていたが、ぐずぐずしていると少し出遅れてしまい一本遅れた便に乗った。
朝の交通機関は本数がまばらで、地下鉄で乗り遅れた10分ほどがJR湖西線の2~30分の乗り遅れになってしまい、本田さんと合流して登山口にたったのは10時過ぎになった。
寒波の影響で京都でも雪が降っていたので、これは北へ行くと凄いことになっているのではないか、と思ったが湖西線が山科を過ぎてトンネルを抜けるとすっかり雪国で、北に行くほど雪の量が増えてゆく。
車窓を眺めていると本田さんが、ぽつりと「(景色があまりに雪国なので)なんだか旅情が出てきましたね」と言った。
マキノ駅についてそこからバスに乗るが、乗客は我々だけであった。
運転手さんが「今日は道が悪いので遅くなりますが」と言ったので「今日はやはり雪が多いほうなのですか」と尋ねると多いほうだとのことであった。
そこからマキノ高原停留所までの道は完全に積雪していてバスもゆっくり走り、対向車とのすれ違いに苦労したり、交差点を曲がる際には運転手が「うーん曲がれるかなあ」などということを言っているので、本田さんと「これはえらいところへ来てしまったなあ」と顔を見合わせた。
マキノ高原に到着したのは14:20頃。
当初寒風から遠回りして赤坂山へ行こうと計画していたが、降雪・積雪の多さから武奈ノ木平の短いルートに変更することにした。
トレースはついておらず、極めてゆっくりラッセルしていると、程なく後ろから単独の方が我々を追い抜いていかれたので、そのトレースを使わせてもらう。
降雪は雹に変わり、勢いよく降っていて痛いほどである。
視界が悪いなか、近くの稜線がチラチラ見えたので、あれはどの山だろう?と同定しながらゆっくり進む。
やがて半ば雪に埋もれた状態の東屋があったのでそこで休憩すると、先の単独行の方も休憩しに来られた。
話を聞くと「今まで何回か来たが、こんなに積雪の多いのは初めてだ。このまま登っても稜線は吹雪いていて展望も望めないので、ここでひきかえします。」とおっしゃった。
では我々もと重い本田さんに「じゃあ僕らもここでお茶して帰ろっか」と言うと、普段表情に乏しい本田さんが驚きの色をあらわにし「え、こんなところで下りるつもりですか」と言うので、え、ダメ?ということでもう少し進むことになった。
東屋から数百メートル行ったところで、夏道は沢筋を通って堰堤から迂回して620ピークへと上がる道になっていて、自分は忠実に登山道をトレースしようとしていたが、本田さんが尾根伝いに行こうと言った。
地形図を見るとその方が近道であり、また雪崩がおこって下の沢に滑落することを恐れてのことで、それはもっともだということで急斜面を尾根までトラバースしながら登る。
途中、「そちらは雪崩た形跡があるから危ないですよ」などと本田さんは雪をよく観察しているようで感心した。
雪面は発泡スチロールの様な雹が積もっており、一定の重さになるとサラサラと斜面を転がり落ちていて、ちょうどわかりやすい表層雪崩のミニチュア模型のようになっていた。
雪も非常に柔らかくまったく締まりがない。今にも雪崩が起こりそうな不気味な雪質である。
斜面が緩んだところで、本田さんにどこまで行こうか、と尋ねると「もう下山するのは構わないが、その前に用を足してから下りたい」とのことであったので、自分は先に少し下まで下りた。
本田さんが用を足すのはこれで4~5回目くらいにもなったので「おじいちゃんみたいやなー」と言うと本田さんはトホホという感じで苦笑いした。
東屋まで戻ると、誰かが作った雪洞があったのでその中で少し休憩してから駆け足で下りる。
下ってみると案外と早く下山してしまい、そんなに進んでなかったんだなあということを実感した。もう少し頑張れば良かったかなと思う。
その後、さらさ温泉にゆっくりつかって帰京した。