京都比良山岳会のブログ

山好きの社会人で構成された山岳会です。近郊ハイキングからアルプス縦走までオールラウンドに楽しんでいます。

〈個人山行〉京都百名山シリーズNo.15 青葉山

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平成29年2月25日(土)

 

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青葉山(693m)は福井県高浜町にある秀峰で若狭富士と称される。二つのピークを持つ双耳峰で東峰が主峰となる。西峰の左肩まで京都府域であることから京都百名山に加わっている。両ピークの間は険しい岩場だがアルミ階段、ロープが設置され無雪期は問題なく縦走することができる。今年は丹後・若狭も大雪に見舞われ市街地の雪はもうないが山には未だ70~80㎝の雪に覆われていた。この季節に登山者は殆ど無く処女雪を踏んで周回縦走した。

 

【メンバー】 山本浩史L(車)、平川暁朗                                                                                  計2名

【行  程】 桂川7:50=篠IC=(京都縦貫道)=舞鶴東IC=9:56高野登山口10:07~10:58金毘羅神社~11:43青葉山12:14~12:57青葉山西峰13:13~14:09今寺林道終点~14:39熊野神社14:46~15:07高野登山口15:14=15:49たかお温泉16:54=舞鶴西IC=(舞鶴若狭・京都縦貫道)=篠IC=18:45桂川

【登山データ】 晴れのち曇り 歩行8.2㎞ 5時間00分 延登高716m 延下降716m 2座登頂

 

船木さんも参加予定だったが腰痛でドタキャンになり平川さんと二人の山行となった。1月の大雪以来丹後・若狭にはよく雪が降った。市街地の雪は無くなっているが山にはまだたっぷり残っているようだ。今日のルートは険しく梯子やロープもある。雪に埋もれていると縦走は難しいかもしれない。そんな危惧を抱きながら、話に夢中になっていると舞鶴若狭道への分岐を見過ごしてしまった。大失態! 次の舞鶴大江ICを出て引き返して20分余りロスをしてしまった。

高浜町高野の集落に達すると空は快晴、青葉山の姿が一望でき期待が高まった。高野登山口は車2台程止められるスペースがあり、登山ポストと案内板が設置されていた。梅の花を咲かせている民家の前を通り、「民家のブロック塀に沿って」という登山道案内に従い山道へと入って行くと倒竹が道を塞ぎ本当に登山道? と思われるような荒れ方だったが、少し進むと登山道は明瞭になってきた。標高が400mに達する頃から積雪が増し樹木の下に隠された雪は深くなった。

平川さんはワカンやスノーシューを持って来ていなかったので、付き合って僕もツボ足で登った。踏まれていない雪は腐れて先頭を行く平川さんはズボズボ沈み大変そうだがずっと先頭を行ってくれた。やがて中山寺からの道と合流し急登斜面を登り、稜線に到り電波塔を右手に見て東屋に達した。東の展望が開け高浜の海岸や久須夜ヶ岳(619m)を望むことができた。少し進んだ広場に金毘羅神社があり登山の無事を祈願した。馬の背の稜線は岩稜からの眺めが良く麓の高野集落が見え登山口に止めた車も確認することができた。山直下は再び急登で岩の迫出した断崖に到り展望が開けた。青葉山(693m)山頂は直ぐ先で此方は葉を落とした木々が邪魔で展望今一だった。青葉神社が鎮座しているが板戸で塞がれ参拝することはできなかった。

雪の上で昼食休憩を取り、いよいよ核心部、西峰への縦走でルートを探ると東峰までの登山道とは比較にならない険しさだが行けるところまで迄行こうと岩稜に乗り出した。雪は安定せず股まで潜り込む処もあり際どい所を進んだ。前面に岩壁が現れ何処を登る? と直下まで行くと階段があり幸い雪に埋もれることなく露出していたので難なく乗越せた反対側は長いロープで下るが此れも雪に埋もれることなくフリーだった。蟻の門渡り、岩壁のヘツリを過ぎ大岩の隙間を潜り直下の急登は雪の中を泳ぐ状態で這い上がった。

無事核心部を通過し西峰(692m)山頂に達した。西権現が鎮座し背後の大岩が山頂で雪は飛んでしまい露出した岩を太いロープを伝って山頂に立った。日本海の景色が最高で広瀬鼻の半島の沖合にはオオミズナギドリの繁殖地として保護されている冠島も見ることができた。丁度今頃南の島から渡って来るが今年は寒いので帰途のかどうか。此の他電波塔の立つ空山や前回行った多禰山、丹後半島の山々、南の方には弥仙山(664m)も確認することができた。

以前来たのは平成23年5月、当時やっていた関西百名山シリーズで来た。其の時は、沢山の花を見た。ここにしか咲かないと云われているオオキンレイカがあるが此れは夏を待たなければならない。京都府レッドデータブックに登録されているとかだが厳密にはこの場所は福井県だ。

下りは2.5万図に描かれている今寺への道を下りたいが登山口の案内板には松尾寺コースを100~150m下った地点で分岐するようになっていたのでそのつもりで西に進んだ。すると真南に下る道らしきものを発見、興味をそそられ下ってみることにした。無理だったら戻るつもりだったが積雪のため道を失い斜面を適当に下って行くと足を取られて歩き難いこと甚だしく、平川さんが谷側にひっくり返ってしまい一人で脱出ができなくなってしまったが大事はなかった。

やがて林道に飛び出した。現在地をGPSで確認しようとするとGPSには今寺コースそのものが描かれず、飛びだした林道もない。2.5万図に記された林道だと思い東に進むとどうもおかしい。林道が登りに転じ訳が分からなくなった。下る道も分岐しているので鹿のトレースを辿り180°折り返した。赤テープがあり谷への下り道かと入ってみるが荒れ方が酷く断念引き返して林道を進んで行くと広くなり案内板があった。現在地は「林道終点」とありここが2.5万図にある今寺林道の終点であることが分かった。するとさっき下り始めたところが正しい登山道だったようだが谷道の危険を回避しこのまま林道を下ることにした。

林道の雪も深くツボ足は続いた。今寺口に達すると登山道の入口があった。これが先程の道に繋がるようだ。今寺集落奥の熊野神社に参拝し登山の無事のお礼をして、車道歩き1.8㎞で高野登山口に戻った。立ち寄り湯は西舞鶴のたかお温泉光の湯、このシリーズで4回目の利用だった。

 

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〈個人山行〉スノーシュー「蛇谷ヶ峰」

2017年2月12日(日)

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写真:林道脇の廃車も雪に覆われていた

 

【メンバー】L高橋秀治、秋房伸一

 会員2名

【行程】

2月12日(日)烏丸夷川7:05=桑野橋駐車場(車デポ)8:35~8:48林道除雪最終地点(スノーシュー装着)~9:39廃車横~登山道9:55~10:15雨量計~11:27P791~12:40電波塔(引き返す)12:47~13:04P791~13:48登山道終了地点~14:27駐車場(デポ地)

【天気】 曇時々雪、稜線ではホワイトアウト&強風雪

 

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写真:ラッセル中

 

【記録】52期 秋房伸一

 郷里の鳥取では90cmを越える積雪で交通がマヒ、全国的に報道される状況の週末になった。風邪が完全に回復していなかったが、炬燵で過ごすのも面白くないと思っていたところ、高橋さんから個人山行のお誘いがあったので参加させてもらった。

 花折トンネルを抜けると世界は一変し、雪国であった。路面が圧雪状態であることはもちろん、この数年みたこともない量の雪が「平」集落を覆っている。

 幸い桑野橋の駐車場は除雪されていた。これまでに何度も積雪期比良全山縦走のスタート地点に使わせてもらっているが、今回の雪の量は一二を争う。

 意気込んでスタートしたところ、林道の除雪が民家を過ぎても続いていた。山腹の施設まで除雪してあるのかと思ったが、しばらくして除雪区間は終わった。距離はたいしたことないが、その区間だけでもラッセルせずに済んだのは、たいへん楽だった。

 除雪終了地点でスノーシューを装着し、除雪でできた雪山を乗り越すと、なんと、前方にはトレースがあった。

 残念な気持ちがしたが、2人だけで積雪量も多いため、ありがたく使わせてもらうことにした。

 登山道との分かれのところで、秋房のメガネの弦が片方欠落していることに気づいたが、片持ちでもメガネは掛けられていたので、気にせずスタートすることにした。

 登山道にもトレースが続き、誠に残念と思ったが、楽をさせてもらった。このまま山頂までトレースがあるのかと思ったが、傾斜が急になるあたりから、いつのまにかトレースが消え、お約束通り、思う存分バージンスノーのラッセルをすることができた。腰まで潜る箇所もあった。

 一歩毎に股上まで雪に埋まりながら、「なんでこんなことをしているのだ」と一瞬思ったが、「これをやりたくてわざわざ来ているのだ」と思い直し、楽しくラッセルした。

 積雪のため樹木が進路を塞ぎ、ルートミスをして支尾根に入ったりしたが、高橋さんの冷静な判断で、無事、復帰した。

 電波塔のところで樹林帯から抜けると稜線上はホワイトアウトし、風雪も強い。天気が良いと、電波塔から蛇谷ヶ峰山頂までが実に気持ちの良い区間なのだが、この風雪の中突っ込んでもロクなことはないだろうと二人で判断して引き返すことにした。

 登りはデポ地から電波塔まで4時間弱かかったが、下りは1時間40分で済んだ。スノーシューでの下りは速いし、脚への負担も少ない。2人で雪山を堪能することができた。

 

【感想】53期 高橋秀治

 先約がなくなり、蛇谷ヶ峰なら単独でも行けると思いましたがメーリングリストでお誘いし、秋房さんが参加して頂ける事になり心強い山行になりました。

 雪の降りしきる中、桑野橋駐車場に着く車中でも、比良全山縦走の時の懐かしい想いに酔いながら、低山の冬山日帰りと言う事で安易に思っていました。ところが、前日からの大雪警報が出る中で、新雪の中を腰まで潜るラッセルは前回の三重嶽同様厳しいスノーシューハイクとなりました。

 秋房さんがご一緒して頂き何とか電波塔までたどり着けましたが、還暦を迎える身にはこたえた山行でした。

 

 

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写真:電波塔はホワイトアウト

〈個人山行〉京都百名山シリーズNo.14 多禰山

平成2924()

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写真1 多禰寺の山門は鐘楼を兼ねている

 

舞鶴市大浦半島にある多禰山(556m)は、山腹に西国薬師49札所の30番医王山多禰寺があり、多禰寺山とも呼ばれている。お寺まで車で上がることができる気軽な山だ。しかし今回は安易な登山を避けて三浜峠の自然文化園に車を止め、府道を赤野まで戻り南から縦走した。立春とは云え、山頂部の積雪は40㎝近くあり、締った雪にツボ足で楽しみ三浜へと抜けた。

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【メンバー】 山本浩史L(車)、畑中里子     2

【行  程】 桂川6:00=沓掛IC=(京都縦貫道)=舞鶴IC7:36三浜峠・自然文化園P 7:458:11赤野BS8:46多禰寺~10:05多禰山10:4611:20小ピーク11:2212:27三浜12:3713:13三浜峠・自然文化園P 13:2214:12たかお温泉15:14舞鶴西IC=(京都縦貫道)=沓掛IC16:23桂川

【登山データ】 霧のち晴れ 歩行12.8 5時間28 延登高806m 延下降806m 1座登頂

 

単独山行になり当初計画にアレンジを加えたところ、畑中さんが急遽参加になった。京都縦貫道で老ノ坂を越えると濃霧が立ち込めた。霧は舞鶴に到っても晴れることなく大浦半島へと進んで行った。今日の登山口は赤野バス停付近を予定していたが駐車場所を探して先に進んで行ったが道路脇には側溝があり止める処がなく三浜峠に到った。峠付近に舞鶴自然文化園があり冬季でも営業しているようで駐車場に車を止めた。多禰寺への林道が峠から分岐するが赤野からの縦走を目指し、走って来た道を2.5㎞歩いて戻った。赤野集落は直ぐに途切れ地道の林道となった。車が走ることはもう無いようで登山道として利用されているようだった。

標高が上がると積雪が徐々に増してきた。「アト400m」とプレートが置かれた地点はお地蔵様も鎮座していた。林道と分かれ石段で山門に到るとちょっと違和感が、そう山門に鐘が吊り下げられ鐘楼を兼ねていた。志納料100円で誰でも撞くことができる。雪の境内は静かで参拝を終えた頃お寺の受付の男性がやってきた。本堂の裏は西国薬師49箇寺の仏像巡りができるようになっていた。空は完全に晴れ真っ青で太陽が雪に降り注ぎサングラスをしないと眩し過ぎる。寺の裏手から林道に這い上ると三浜峠から始まり多禰寺高原牧場に通じる林道だった。林道沿いに西に暫く進むと登山口があった。登山道に踏み出すと雪に覆われ積雪は30㎝程ありツボ足で進んだ。雪は微妙な締り具合で時々ツボにならずにすっすっと行けるところがありかえって力の入れ方が不安定で疲れてしまった。

暫くすると東コースが分岐した。山頂まで1.8㎞とあり、このまま行くと0.8㎞なのでかなり迂回しているようだ。このまま西コースを進み山頂域に達すると東屋があり山頂まで0.1㎞と表示があった。山頂に建てるならともかくこの地点の東屋の必要性を考えるとどうも腑に落ちないまま多禰山(556m)山頂に達した。1等三角点「多禰寺山」があるが「大切にしよう三角点」の白い標柱の頭が露出し大体の位置は推定できたが三角点を掘り起こすことはできなかった。開かれた山頂は嘗て砲台があったそうで「砲台跡」の標識が設置されていた。

南北方向の展望が開け南側は下界を埋め尽くす雲海が見事だった。北の方は日本海で磯葛島、沖葛島がすぐの所にあり少し沖合にはオオミズナギドリの繁殖地となっている冠島が海中から険しく突き出た島影を見せていた。北西方向は丹後半島で先端の船津山、権現山、そしてスイス村スキー場が白く浮き出た太鼓山など京都百名山シリーズで行った山々を望むことができた。風もなく穏やかな陽だまりの中、山頂のベンチで寛いでさあ出発と再び南側を見ると劇的に晴れていて東舞鶴の街並みを望むことができた。舞鶴東港の平集落にあるベニヤ工場の煙突から今時の環境基準では許されないのではと思われる程色の着いた煤煙が気になった。

下山は北の小ピーク(約500m)を越えて三浜へと下る。山頂北側に達している林道を進み小ピーク直下のコルに到った。2.5万図には点線道はピークを越えているが積雪で分からず斜面を適当に登った。山名があるかと密かに期待していたがピークには何もなく北へと下った。途中で東に方向が変わる処のルートファインディングが肝で2.5万図では東からの道が合流する筈だが道形がないのか、雪の下で隠されているだけなのか全く地図とコンパスだけが頼りだ。林道が見えてきたが夏道から少し南に逸れたようで断崖となっているので少し北に着地点を求めた。

林道に下り立ち少し北上すると除雪もされている1ランク上の三浜瀬崎林道に出て多禰山山頂からの林道は終わった。こちらは冬季閉鎖なのか入口に柵がされていた。再び登山道に入り谷筋を行くと大きく迂回した林道に合流した。暫く林道を歩き三浜への下降点に到った。指導標はなくテープが巻かれただけでガードレールの隙間から下って行った。此処まで来ると積雪は殆ど無くなり、最近整備されたのか登山道に被さっていたであろう木が切られ歩き易いくなっていた。里に近づくと愛宕神社の祠があったが中は祀られているべき御神体と思しきものはなかった。三浜集落の高台に下山するとアンジャ島から繋がった竜宮浜漁港に抱かれた漁村の風景が長閑で、沖に横たわる磯葛島との間に冠島も望むことができた。南東側に存在感のある山があった。2.5万図で同定すると523mと標高点の打たれたピークで名前は無いようだ。

此処からは車道歩き2.5㎞で三浜峠に戻らなければならない。標高差が170m程あり下山後の車道の登りは気分的に辛いものがあった。半分くらい来たところで下山時に一部歩いた三浜瀬崎林道の入口を左手に見て稜線で潜った送電線を再び潜ると三浜峠はもうすぐ。東に林道が分岐し空山展望台と書かれていた。むむ「空山?」と食指を動かされP523のことかと想像したが林道は山腹を巻いており山頂に到るのかどうかも分からないので今日は断念し後日の宿題とした。帰宅後空山はもう少し東で560m程の電波塔の林立する山であることが分かった。

三浜峠の自然文化園駐車場に戻り、西舞鶴のたかお温泉光の湯を目指した。途中平集落で引揚桟橋跡に立ち寄り終戦時の混乱で苦労を強いられた先人達に思いを馳せた。この桟橋のすぐ北側が山頂から煤煙の上がっていたベニヤ板工場(林べニア産業)だった。

 

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写真2 多禰山(556m)山頂は積雪40

 

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写真3 クレインブリッジ多禰山(556m) 舞鶴市大波下の海岸より

No.3632  スノーシュー「高島トレイル武奈ヶ嶽」

2017年1月22日(日)

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写真:武奈ヶ嶽ピークにて

 

【メンバー】L秋房伸一、船木徹

 会員2名

【行程】

1月22日(日)阪急西院7:00=今津町角川(車デポ)8:45~10:55P740~11:02高島トレイルに合流~11:45武奈ヶ嶽12:00~12:23往路分岐地点(そのまま高島トレイルへ)~12:28岩場~12:50P620~14:12水坂トンネル上~14:32旧国道~14:42除雪地点(スノーシュー外す)~15:30角川デポ地

【天気】 曇のち雪/雨

【記録】52期 秋房伸一

 当初、前夜泊で鳥取の鷲峰山に行く例会であったが、天気予報では山陰地方は大荒れの可能性とのことで、急遽、行き先を変更した。 

豪雪のため敗退した先週の三重嶽例会のスタート地点と同じ今津町角川へ。雪はかなり消えていた。何の苦労もなく、集会場の前の広場に車をデポさせてもらった。

 武奈ヶ嶽への取り付きは地形図をみるのに、お寺の横。雪が多いと地形もわかりにくく苦労するかと思ったが、案内板も雪に埋もれることなくあっさり発見できて、問題なかった。

 すぐにスノーシューを装着。最初は重たい腐れ雪のような感じであったが、標高を上げるにつれて快適になった。

 P740からほんの少し下ったコルから登り返し、髙島トレイルに合流した。当然だが、地形図の通り。

 江若国境稜線になるので積雪量も断然増え、当にスノーシューワールド。視界も良好で振り返ると琵琶湖、斜め前方には三重嶽がどっしりと佇む。山頂手前では積雪量は優に1mを超えていたと思う。

 武奈ヶ嶽のピークからは若狭湾も望めた。

帰りはピストンの予定だったが、髙島トレイルをそのままトレースして下ることにした。行きの分岐から先は、最初は順調だったが、正面が崖で切れ落ちている箇所にさしかかり、雪で下の地形もよくわからないし、引き返そうか一瞬思ったが、左に回り込むと容易に通過できた。その後も、けっこう荒れた感じのところが何カ所かあった。髙島トレイルの誘導テープが要所にあったので、初めての雪中でも突っ込めたが、地形図だけを頼りに下るのだとしたら、躊躇したかもしれないと感じた。

 水坂トンネルを歩いて通過するのは嫌なので国道旧道まで下ったが、冷たい雨の中、距離が増えてしまった。角川に直接下るか、トンネルを通って帰ればよかったかもしれないと、反省した。

 

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写真:武奈ヶ嶽頂上より若狭湾を望む

 

【感想】59期 船木 徹

本日は日本海側の荒天が予想された為、鳥取県への山業計画は急遽変更になりました。

下調べも出来ぬまま、今日は最新のスノーシュートライアルだと 少々意気込んで出掛けました。なかなか癖を掴む事が出来ず、二度、シューを外すなどかなりの苦戦を強いられました。

私の苦戦を他所に秋房さんの歩きっぷりは素晴らしく、下りのかなりの急斜面でも前向きのまま、ひょいひょいと跳ぶように下られます。また、ずぼっとはまりこんだ時のリカバリーも、兎に角素早いのでした。周りの静寂を楽しむのなら、一人や二人の山歩きも良いもんだと納得しながら先行する秋房さんの姿を楽しんでおりました。

天候もなんとか2時くらいまでは晴れ間も覗き、日本海が輝いて見えるなど美しい眺望も楽しめた例会でした。山自体の植生は皆伐されてから年数が浅く、細い樹木ばかりで 殆どがミズナラ、コナラ林で 中腹からブナ、ヒメシャラ、シデ、に植林の桧、杉が混じる、少し淋しい森でしたが、兎や鹿の足跡には癒されました。秋房リーダー、本日は大変お世話になりました。

 

 

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写真:髙島トレイル下り岩場

 

 

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図:GPS軌跡。武奈ヶ嶽頂上からの下りで信号ロストのため直線になっている。

〈個人山行〉京都百名山シリーズ番外編 愛宕山・つつじ尾根・猪谷

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平成29年1月21日(土)

 

先週の大雪で愛宕山(924m)にも30㎝余りの積雪があった。宕陰出張所から地蔵山に登り愛宕を目指そうと計画したがJR八木駅からのバスは神吉口から先は積雪のため運行できないと運転手が云うので保津峡に引き返し、つつじ尾根を登ることにした。下山は猪谷を下ったが積雪と倒木に阻められ、思ったより時間を要した。恒例の水尾つじの家に14時5分前に駆け込み、柚子風呂と鶏の水炊きを楽しんだ。

 

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【メンバー】 山本浩史L、高橋秀治、土井司、藤井康司、梅村重和、塩見孝浩、江村一範、水岩雄一  計8名

【行  程】 京都7:42-8:21八木8:29-8:46保津峡8:56~9:54荒神峠~10:40水尾分れ~11:17社務所前11:32~11:40愛宕山11:56~12:15猪谷下降点~13:43府道出合~13:55水尾・つじの家16;:30=16:53保津峡17:07-17:27京都

【登山データ】 晴れ一時雪 歩行9.3㎞ 4時間59分 延登高960m 延下降758m 1座登頂

 

1月15日の大雪は、愛宕山に恵みの雪をもたらした。一気に降り過ぎ越畑地区へはバスが未だに不通でJR八木駅から京阪京都交通バスに乗り込もうとすると途中の神吉口までしか行かないという。仕方が無いのでJRで引き返し保津峡からつつじ尾根を登ることにした。山間の駅は標高75m程あり道脇には雪が残っていた。水尾川の橋を渡り尾根の先端部に取付いた。2.5万図には尾根の西側の谷から登山道が描かれているが、この道はなく、府道50号線を落合側に少し行った所に登山口がある。他にも数組の登山者があり比較的歩かれている道である。

つつじ尾根の先端は等高線が詰り険しい。南側の斜面には「壁岩」と2.5万図にも載る岩壁があり保津峡の渓谷に落ち込んでいる。最初の急登で稜線に這い上がるとなだらかな稜線歩きとなり、標高が150mを越えると雪がしっかりし残り躑躅の葉っぱにもしっかり乗っていた。昨夜市内で降った雨は、標高150mより高い所は雪だったようで、標高に従って積雪量が増してきた。北側に落合尾根が迫ってくると荒神峠(こうしんとうげ)に到った。保津川・水尾川添いの府道ができるまで水尾集落の人々は荒神峠を越えて京都市街地との間を行き来していた。この山越え道は「米買道」と呼ばれ嘗ての生活道路出会ったことが偲ばれる。愛宕山に登るつつじ尾根が交差し、いつの頃までか茶屋もあったと云うから驚きだ。荒神峠は庚申峠、長坂峠とも呼ばれたと案内板に書かれていた。

荒神峠から先のつつじ尾根は、落合尾根に乗り上がるため急登となった。落合尾根に達すると登山道はなだらかになり積雪20㎝位の植林帯の穏やかな登山道となった。やがて表参道と合流し水尾分れに達した。流石に表参道は人の気配が多い。水尾への道が分岐し少し行くと“ハナ売り場”の小屋があった。嘗て参詣者に火災護符の樒(しきみ)が売られていたが水尾の集落の高齢化と需要の減衰で最早小屋が開くことはない。護符としての樒は、今では山頂の愛宕神社で求めることができる。

アイゼンを装着し表参道を進むと右にケーブル愛宕駅跡への道を分け緩やかに表参道を進むと早くも下山してくる人がちらほら見かけるようになった。千日詣の時なら「おのぼりやす」と声が掛るのだろうが今日は無言の人が殆どだ。廃仏毀釈前に存在した白雲寺の山門であった黒門に達すると登山道の左手に雪庇ができ愛宕らしからぬ風景を見せていた。

トイレがあるので社務所前で休憩し、軽く行動食を食べた。気温は氷点下4℃、余り長く休むと冷えるので15分で出発した。愛宕神社の石段は雪が完全に覆い単なる斜面と化していた。愛宕神社は全国に900社あると云われる愛宕神社の総本社として1,300年の歴史を刻む。創建当初は神仏習合の山岳霊場役小角と白山開祖の泰澄が開いたとされている。本殿の背後にある若宮は、嘗て天狗太郎坊が祀られていたと伝わる。

山頂を後にし、予定通り猪谷(ししだに)を下ることにした。竜ヶ岳への分岐を過ぎ岩ヶ谷北の尾根を乗越し、なだらかな谷へと踏み込んだ。愛宕山の北側に入ると積雪量は増し40㎝位になった。トレースは全くなく新雪を気持ちよく踏んで下って行くと谷はS字にカーブし両壁が迫り急峻になってきた。明瞭な道はなく荒れている上に15日の大雪で折れたであろう枝が邪魔をして歩き難い。

この谷は嘗て硯石を産出していた。谷を下ってくると途切れ途切れに石組みの跡が現れだした。掘り出した硯石を木馬(キンマ)で運び出し、米買道をベタ(牛に牽かせた荷車)に乗せ荒神峠と六丁峠を越えて嵯峨の地で“嵯峨硯”に加工されたと云う。時代が下がり採算が合わなくなり100年ほど前には途絶えてしまったという。谷を下るに付け道跡が明瞭になり歩き易くなってきた。左岸尾根が収束し、その先端を越えて岩ヶ谷に入り府道50号線に飛び出した。

つじの家へは、14時迄に入らなければならない。猪谷は予定以上に時間が掛かり、谷を下っているときから若干焦りを覚えていた。府道に出ると取り敢えず一人先行し約束時間の5分前に駆け込んで取り繕った。皆も2分前に到着し、直前に到着した女性客がこれから入浴と云うので結果は気兼ね無かったが、女将さんに叱られずに済んだ。今年は鶏の水炊きで柚子風呂と体の内外から暖まり、雪景色を見ながら楽しんだ。

15日の大雪は水尾の集落にも被害があり、停電、電話不通、保津峡駅までの自治会バスは4日間走れなかったと女将さんが語っていた。冬の愛宕には雪を期待するが、一挙に降る雪は一寸困りもので、程々が良い。「また来年」と女将さんに送られ水尾集落を後にした。

 

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