京都比良山岳会のブログ

山好きの社会人で構成された山岳会です。近郊ハイキングからアルプス縦走までオールラウンドに楽しんでいます。

〈個人山行〉 淡雪山・奥秩父主稜

 平成25年3月19日(水)~24日(日)

甲府市内に淡雪山という優雅な名前の山がある。東京の友人の発案で計画に乗った。丁度単独で計画していた奥秩父主稜線縦走と合わせて3日間の山行に遠征した。

20130320奥秩父2

 

写真2(3/20): 淡雪山790m(金子峠付近より) 614

 

1日目(3/20): 淡雪山

【メンバー】 山本浩史他3名

【行  程】 京都23:00=(▲ドリームさいたま号)=6:20立川6:43-8:38甲府=(タクシー)=8:54湯村温泉8:56~9:23湯村山~10:19八王子山~10:46千代田湖畔~11:53金子峠~12:18淡雪山~12:34興因寺山~13:08ツク坂峠~13:50要害温泉15:30=15:45甲府18:58-20:57△立川

【山データ】  天候:晴れ後曇り 歩行 10.3㎞ 4時間54分 延登高 949m 延下降 684m 4座登頂

20130320奥秩父地図1(20日)

 

夜行バスを立川で降り、6:43発の中央線列車で友人2人と合流した。昨年のクリスマス以来の再開で高尾でもう一人加わりもう賑やかなこと。2時間の乗車もあっと言う間だった。湯村温泉までタクシーに乗る。ご主人の実家が近いFさんにとっては庭のようなところ。温泉街の塩沢寺に参拝し、裏山へと入って行った。大した傾斜でもない斜面を更に勾配緩和のジグザグ道で登って行くが、じれったくてショートカットする人が踏み跡を作っているが今日は忠実に正道を行く。稜線鞍部に乗り上がり先端に行くと東屋があり、一帯は湯村山城の遺構で井戸跡だけがその痕跡をとどめる。湯村山(446m)の山頂標識はなく、展望も利かない。

 

折り返してP516をなだらかに越えると八王子山(約630m)の岩石質の山体が見えてくる。左に回りこむように進んで山頂に到着。一段高い所に八王子神社の祠がある。近郊の山でハイカーが多い。甲府市街の展望が広がるが春霞で遠望は殆ど利かない。北に稜線道があるが、先客に下手に道を聞いてしまったために千代田湖に下る道を教えられ大きく迂回する羽目になってしまった。山屋は自分で地図を見て判断することだ。

 

千代田湖畔からキャンプ場への道を辿り、中峠を目指すが道がなくなってしまった。畑跡のようなところから藪に分け入り稜線に達すると恐らく和田峠から来たであろう道に飛び出し中峠に到った。台座の歪んだ仏像があり一寸異質な空間が広がっている。

 

登り返し50mでピークに達するとお腹が空いたので小休止を取った。金子峠(きんすとうげ670m)には“弥勒館”と云う美術館のような立派な施設があったが休館中だった。北へ少し下ると大正池でその畔にユースホステルがあるらしい。淡雪山(790m)に向けて登り返すと直ぐに岩肌が露出した地帯に達する。「淡雪山790m」の標識が掲げられているが、標高は710m位しかない。“淡雪山”らしい風景なのだがピーク性はない。山頂はこの先のピークでそこが標高790m地点だ。本来の山頂には山頂を示すものは何もなくがっかり。興因寺山(855m)は今日の最高峰、3等三角点「相川」があり湯村山、八王子山を見ることができる。傍らには送電鉄塔があり進行方向が90°左に向く。次のピークからツク坂峠への道は樹林の片方が切り開かれ気持ちがいい。

 

ツク坂峠で稜線を離れ西沢川への下山路に入るが暫く行くと分岐があり「古湯坊」と「鳥獣センター」とが示されているが要害温泉へはどちらに行くのかよくわからない。古湯坊なら間違いないだろうと思い左に道を取るがいつまでも巻道が続き一向に下らない。下に小屋が見えたのでそこまで行けば道があると思い強引に斜面を下りて行った。その先に道があるのではと思ったが道はなく左の谷の向こうに廃車の車が放置されているのが見えたので谷を越えた。その谷こそ西沢川で何とか林道に出ることができた。林道を少し下ると淡雪山を示す指導標があり途中にあった分岐を右に曲がれば良かったみたいだ。

 

今日の立ち寄り湯は要害温泉、此処には以前裏山の要害山から下山して来たことがある。帰りはタクシーでと考えていたが、温泉の送迎車に載せて貰うことができ交通費が浮いた。甲府駅ではご当地B級グルメの“鳥モツ煮”の店を探したが、16時ではまだ開店前で唯一開いていた“小作”と云う店に入り、鳥モツ煮にあり付くことができた。3時間近くを過ごし、青春18切符で都内へと中央線の列車に乗った。

 

 

2日目(3/21): 奥秩父主稜

【メンバー】 山本浩史(単独)

【行  程】 △立川5:26-6:50奥多摩7:00=丹波7:52~9:19一ノ瀬林道分岐~10:22二ノ瀬10:38~11:31三ノ輪頭11:52~13:10牛王院平の頭~13:47将監小屋14:00~14:51竜喰山~15:13▲竜喰山東鞍部

【山データ】  天候:晴れ 歩行 20.0㎞ 7時間55分 延登高 1,629m 延下降 314m 3座登頂

20130320奥秩父地図2(21日)

 

2日目は奥秩父主稜線に入る。立川から青梅線に乗り奥多摩駅西東京バスに乗り換える。土曜休日は9時30分発ま丹波行はないが、今日は平日で7時発がある。青梅街道(R411)は多摩川を遡り、奥多摩湖を過ぎると山梨県となり丹波山(たばやま)村に入る。丹波バス停で降り、徒歩となるがこの先延々8.6㎞は青梅街道を歩く。この道は柳沢峠を越えて大菩薩嶺の登山口裂石温泉を経て塩山に繋がる。2.5万図では川に沿って道が付けられているがトンネルでショートカットし付け替えられている区間が2箇所ほどあった。一ノ瀬川の合流点で青梅街道を離れ一ノ瀬林道へと入って行く。

 

この辺りの谷は深くオイラン淵と云われる。徳川家康に重用された武田の遺臣大久保石見守長安甲州金山採掘を行い当時鉱山の取り分は「四分六」と決められ、勿論その経費も含めてだが六分は長安のものとなった。本田正信と大久保忠隣の確執や家康の六男で越後高田城主の松平忠輝失脚事件もからみ、不正蓄財として死後暴かれた人物だ。生前「金の産出量が減った」と偽って閉鉱した際、秘密を守るためこの淵に掛けられた特設の舞台の蔓を切り呼び込まれていた花魁たちもろとも谷に落とし口封じをしたと云う伝説があり、オイラン淵の名が残る。悲しい霊が今も彷徨うらしい。

 

車道歩きは林道へと入り二ノ瀬まで合計13.3㎞、2時間30分も歩くことになった。本来の登山口は三ノ瀬だが最初の山、三ノ輪頭(みのわのあたま1,537m)へは北から回り込むようにして登頂するが石楠花橋を渡ってからショートカットできないかと物色したながら進んで来た。二ノ瀬まで来ると谷筋に踏み跡があり取り付くことにした。踏み跡は直ぐに無くなり急だが広い谷筋は下草もなく登り続けた。200m余りで稜線に達すると微かな踏み跡(獣道か?)があり傾斜も緩くなり踏み跡が段々しっかりしてくると、三ノ輪頭に到着した。3等三角点「市ノ瀬」があり古びた山頂標識が転がっていた。残念ながら樹林帯で展望はない。ツインピークのようになった次のピークにはソーラーパネルの付いたアメダス雨量計があり北に下ると将監小屋まで続く林道に飛び出した。この山域は東京都の水源林として東京都水道局が管理しており、水道局の看板に「ここは背中あぶり」と書かれていた。樹林の中なのに何故・・・

 

草原を分けて七ッ石尾根に取り付くとしっかりした登山道に飛び出した。淡々と登り標高が1,700mを過ぎた辺りから所々に雪を見る。山頂域に達しなだらかになると牛王院平、ピークの1,860mの標高点が牛王院平の頭、樹林越しに西御殿岩(2,075m)等を望むことができた。歩を進めると奥秩父主稜線に達する。登山道があるがアイスバーンになっている。歩き難いので防火帯なのか切り開かれた稜線を進むとそのピークでこれから行く主稜線の竜喰山(りゅうばみやま)や南には雁ヶ腹摺山、大菩薩嶺も見ることができた。昨日の甲府は霞んでいたが今日は遠望が利く。

 

将監峠を少し下ると将監小屋がある。過去2回泊った古びた小屋だが小じんまりして土間の薪ストーブを囲んで他の登山者との談笑した想い出が懐かしい。営業は4月下旬からで今は冬季小屋として解放されている。壁の掲示に宿泊料3,500円とあった。予定では此処でテントだったが行程が捗り未だ14時だ。水を補給してもう少し進もう。主稜線の縦走路は竜喰山、大常木山、飛龍山の西山麓を巻いている。登山地図にはルートは記されていないが稜線上には踏み跡があので今回は稜線を歩く。将監峠に戻り尾根に取り付くのがセオリーだが縦走路を飛龍山方面に進み峠に到る道を通ることにした。地図の感覚では直ぐの筈だったが心配になる程進んでやっと分岐に辿り着いた。右側は草付の斜面で取り付けそうだ。峠に戻るのも芸がなくその斜面を斜めに登りP1883に直登した。

 

登ってみてビックリ、素晴らしい展望だ。富士山がバッチリ! 大菩薩嶺を従えて鎮座する姿は、関東の山でしか見ることができない絶景、此れが見たさに毎年関東の山に来る。そして雪を纏った南アルプスは聖、赤石、荒川、塩見と懐かしい山が連なる。奥秩父主稜線は北奥仙丈、国師岳まで見え堪能できた。竜喰山稜線は険しい部分もあり整備はされていない。斜面のアイスバーンには危険を感じる部分もあったがこの日はアイゼンなしで通した。竜喰山(2,012m) 山頂には2等三角点「大常木」があるが展望はなく大きな山頂看板が置かれていた。昨年は“2012年”で“辰年”の山として登った人が多かったことだろう。

 

時刻は15時を過ぎ平らな所があればテン場にしようと探しながら下山した。大常木山との鞍部にほぼ平らな1テンの張れる位のスペースを発見、15時13分早々と行動を停止した。

 

 

3日目(3/22): 奥秩父主稜

【メンバー】 山本浩史(単独)

【行  程】 ▲竜喰山東鞍部5:45~6:22大常木山~7:55飛竜山~9:30三ツ山西峰~10:26三条ダルミ~10:55雲取山~11:32小雲取山~11:49権衛ノ頭~13:12日原林道出合~14:28鍾乳洞14:55=15:26奥多摩15:43-17:03△立川

【山データ】  天候:晴れ 歩行 21.8㎞ 8時間43分 延登高 1,066m 延下降 2,406m 6座登頂

20130320奥秩父地図3(22日)

20130320奥秩父地図4(22日)

 

夜になると風がビュンビュン吹きだした。未明から雪になったようで朝テントを這いだすと辺りが白くなりテントにも積もっていた。ガスっぽく未だ降り続いているので今日はご来光は望めそうになく日の出の時刻(5:38)を少し過ぎた頃、歩き始めた。すると稜線の木々に雪が付き素晴らしい光景を見せている。今日一つ目の山は大常木山(おおつねぎやま1,960m)、雲が段々上がり展望良く、薄い雲のベールをかぶった和名倉山(2,036m)が輪郭を現した。飛龍山の方は未だ頭を雲に隠し中々姿を現さない。今朝の気温は氷点下で最初からアイゼンを装着、雪のないところも結構あるがシャキシャキと氷の上が気持ち良い。飛龍山の鞍部に達する頃、山頂部に纏わり付いていた雲が取れ大きな山体が眼前に現れた。

 

主稜線登山道は飛龍山の南を巻き南端の飛竜権現からピストンで山頂に達する事が出来るが、今日の冒険は道のない北西尾根にアタック。2.5万図では相当等高線が詰っているので大変そうだが何んとなくあった踏み跡に釣られて入って行くが直ぐに踏み跡は途切れてしまった。やがて石楠花の林に雪と岩、傾斜が強まり、石楠花の枝にアイゼンが引っかかり、掴んだ木は根元から折れたりで悪戦苦闘、しかし露岩の上に立つと素晴らしい展望が得られた。雲が取れ南アルプスが昨日より澄んで見える。和名倉山も朝日を浴びて優雅な山体を完全に表した。飛龍山山頂は展望がないので苦労の甲斐があったと云うものだ。しかし道は未だ続く、50分の戦いで漸く飛龍山(2,077m)山頂に到着、0.7㎞、標高差250mに随分時間が掛ったものだ。結果的には急がば回れだったようだ。3等三角点「比竜」(2,069m)は山頂よし少し東にありこの地点に山梨百名山の山頂標識がある。木の間越しに富士山が望めるがまともに見えないのが残念だ。

 

下山は飛龍権現に行くのがこれまた正当だが、そのまま北東尾根を進み巻道が稜線に近くなって来た処で飛び出した。北東尾根は微かな踏み跡があり余り苦労はなかった。三ッ岩の麓に北天ノタルがあり、三条の湯への道が分岐して行く。展望良く早くも食料補給の休憩。雲取山鷹ノ巣山、大岳山、御前山等を楽しむことができる。縦走路は三ッ山(1,949m)の麓を巻くが平成21年に来た時は三ッ山本峰に登った。恐らく3つのピークからなるのでそう呼ばれているのだろう。今日は西峰と思われるピークに取り付いた。こちらも登路は全くなく、石楠花、岩、雪の中でさっきと同じだ。突然アイゼンが外れた。良く見るとアイゼンの留め金具が外れて飛んでしまったようだ。以前に男鹿岳で外れたことがあり、それ以来予備を持つようにしたので修理は可能だ。然し面倒なのでアイゼンを外した。谷間の吹き溜まりもあるが、雪が緩みだしたので大丈夫だろう。

 

巻道が直ぐ下に見えたので這い下り縦走路に戻る。三ッ山本峰の下を巻きなだらかな稜線に出るとそこは狼平、標識が立ち、ヌタ場になっているようだ。P1826の南を巻くと三条ダルミ、此処からも三条の湯へ下りることができる。東へ進むに連れて姿を現した富士山が此処まで来るとしっかり見える。雁ヶ腹摺山と黒岳、大菩薩嶺を従えやっぱり良い。雲取山(2,017m)へは歩いたことのない巻道を通り雲取小屋に立ち寄って北から山頂を目指そうかと思っていたが分岐点に「道悪く通行止め」と表示があった。どう云う状況か全く分からず、小屋立寄りは断念して縦走路に従い西尾根を直登することにした。標高差280m程あり、やはり所々に雪がある程度で雪の量は飛龍山とは全然違う。

 

雲取山(2,017m)は埼玉・東京・山梨の3都県境にあるが最ピークの1等三角点「雲取山」のある地点は埼玉・東京都県境だ。東京都と埼玉県が別々に山頂標識を立てている。山梨県のエリアは南側の避難小屋の所まででその地点に山梨百名山の標識が立っている。

 

1等三角点の傍らに「原三角測點」がある。台形の標石で、ここ雲取山の他には新潟県の米山、群馬県の白髪岩の3箇所にだけ残っている。明治政府は内務省に地理局を置き三角測量を開始した。その時に設置した標石がこの台形の「原三角測點」であった。地図は防衛戦略上重要なもので、明治17年になると陸軍が業務を引き継ぎ。陸地測量部という文官の部署を設置して1等三角点を設置を始めた。このときバッティングする「原三角測點」は次々に引っこ抜かれてしまい、撤去し忘れなのか3つだけが残ったものである。標石の側面に明治15年12月と記されていた。

 

昨日丹波を歩き出してから雲取山までは人には全く会わなかった。此処に来て初めて3人組の男性に出合った。鴨沢から登って来たと云う。コースタイムは4時間45分なので結構早い。雲取山は東京都の最高峰で日本百名山、流石に人気の山だ。小雲取山までの間に4組7人の登山者と出合ったがシーズンに入ればこんな静かな山ではない。防火帯の稜線はずっと展望が良く、富士山や南アルプスを見ながら歩くことができ、将に天上の散歩という爽快さがある。小雲取山(1,937m)山頂は縦走路を少し外れ草の中の踏み跡を辿る。山頂標識などはなくピークに立って自己満足に浸る。

 

雲取山からは石尾根縦走路と分れ野陣尾根の富田新道へと分れて行く。再び全く人気がなくなり鈴の音だけが樹林に響く。P1845の次のピークが権衛ノ頭(約1,840m)だが樹林帯の中で山頂標識はなかった。サワラノ平(1,708m)まではなだらかに下ってきたが、此処からは唐松谷に向けて激下りとなった。落ち葉の深く積もった登山道を標高差800m近く下り続ける。直登はとても無理な傾斜でジグザグに付けられた登山道を辿る。標高1,120mで七ッ石山北西の石尾根稜線から下って来る唐松谷登山道と合流し更に急斜面を下り右から唐松谷が迫って来て日原川と合流する地点の深い渓谷を古い吊橋で渡る。手すりが低くおっかない。渡り終えると日原林道に向けて登り返しとなり標高1,005mで林道に飛び出した。

 

この先は日原林道を6.6㎞歩いて鍾乳洞BSに向かう。林道は日原川を高巻き八丁山や石尾根の日陰名栗山や高丸山、天祖尾根が迫力を持って見ることができる。八丁橋では天祖尾根への登山道が分岐する。これも平成21年に歩いた道だ。右岸に渡り日原鉱山の施設を対岸に見て日原街道と合流し再び日原川を渡ると鍾乳洞BSだ。このバス停、日原鍾乳洞に行く最寄バス停であるのに平日しかバスが来ない。土曜休日は1㎞余り手前の東日原で折り返しとなる。周りに民家はなく観光客・登山客のためには休日こそ走るべきなのに・・・

《山紀行799》

 

【登山データ計】 歩行 52.1㎞ 21時間32分 延登高3,644m 延下降3,404m 13座登頂

20130320奥秩父1

写真1(3/20): 千代田湖と片山(665m) 606

 

20130320奥秩父3

写真3(3/21): 牛王院平の頭1,860m(牛王院平より) 648

 

20130320奥秩父4

写真4(3/21): 竜喰山2,012m(牛王院平より) 652

 

20130320奥秩父5

写真5(3/21): 将監小屋 656

 

20130320奥秩父6

写真6(3/22): 大常木山1,960m(東稜線より) 682

 

20130320奥秩父7

写真7(3/22): 和名倉山2,036m(飛龍山北西尾根より) 699

 

20130320奥秩父8

写真8(3/22): 雁ヶ腹摺山と黒岳1,988mを従えた富士山(三条ダルミより) 719

 

20130320奥秩父9

写真9(3/22): 雲取山2,017m(小雲取山付近より) 733