2019年1月12日(土)〜13日(日)
【メンバー】
CL江村一範、平川暁朗、小前竜吾
【行程】
12日
07:15 旧勝原スキー場駐車場
08:50 トトロの木
09:30 深谷の頭
13日
06:40 シャクナゲ平出発
07:15 西荒島岳
07:35 荒島岳1523mピークハント
08:22 シャクナゲ平 テント撤収
09:25 シャクナゲ平出発
09:55 深谷の頭
10:24 トトロの木
11:09 旧勝原スキー場駐車場
[記録]59期 江村一範
山岳会では、厳冬期の山に挑む前に雪上訓練というトレーニングを行う。 実施するのは難易度の低い雪山で、訓練の内容はビーコンの使い方や雪崩の捜索、ビバーク訓練、ピッケルや雪上での生活技術などの全般だ。ここ数年の比良山岳会では、厳冬期の高所登山に行く人が少なくなり、雪上訓練も開催されなくなっていた。
そんな中、私は2月に比良山全山縦走を企画した。私も含めて参加メンバーの雪山経験が少ないので、比良全縦に向けて雪訓をやろうと声をかけ今回の企画につながった。
本来は昨年11月の立山で関西岩峰会と合同で雪訓を行う予定にしていたのだが、雪不足で流れてしまった。急遽1月の連休に代替で荒島岳で雪訓を行うことになった。
1月12日
直前になってメンバーのYKさんが風邪で不参加となり、メンバーは平川さん・小前さん私の3人となった。前日の山科に集合し1台の車に乗り合わせ、福井県大野市の道の駅で車中泊をした。
6時に道の駅を出発し、20分ほどで旧勝原スキー場の駐車場へ到着。駐車場には既に10台以上車が停まっていた。雪山装備に着替えて共同装備などを3人で振り分ける。
久々の雪山装備は恐ろしく重い。7時15分に駐車場を出発。
(写真1 旧スキー場の最初の登り)
既に結構な先行者が居ており、トレースは踏み固められていたのでつぼ足で歩けた。だが私のザックが重すぎて息が上がってきた。おまけに私は年末に腸脛靭帯炎(※膝近くの靭帯の痛み)を患っていたので、それがまた発症するかわからないので戦々恐々とゆっくり登らせてもらった。9時前に倒木したトトロの木を通過。私以外の二人はとても順調だった。深谷の頭を過ぎたあたりで、私の膝がピキーンと痛くなる瞬間が出てきた。やはり腸脛靭帯炎は完治していなかったのだ。まだ歩けるくらいの痛みで納まっていたので、私のザックを平川さんに変わってもらい、膝に負担をかけないようにゆっくりと歩いていく。10時半シャクナゲ平になんとか到着。今日は、ここで幕営し荒島岳へは明日朝アタックすることにしていた。
昼ごはんを食べて、早速テント設営から雪訓のスタート。幕営地を足で踏み固めてテントが沈み込まないようにする。この踏み固める際にやっとスノーシューを使う。風向きに気をつけてテントを張った後は、風よけ用にスノーブロックを切り出し風上に向けて積上げた。テント設営が完了し、ガスストーブで湯をわかし、コーヒーを飲んで一息をついて、昼から雪訓を行った。
今回の雪訓のメニューは以下のとおりである。
・滑落停止訓練
・ビーコンを使った捜索
・ツェルトと半雪洞を用いたビバーク練習
(写真2 滑落停止訓練)
まずはシャクナゲ平の北側の斜面に移動して、安全そうな斜面にて滑ってみようと雪面に飛び込んでもほとんど滑らない。これは訓練にならなかった。
テント設営地に戻り、ビーコンの操作法をメンバーに行う。古いビーコンと新しいビーコンでは操作法や使いやすさに大きく差があった。さらにビーコンをアタックザックの中に入れて二人にわからないように雪面に埋めて探してもらう。ビーコンの癖のある位置特定に戸惑いながらも、ゾンデ棒を差していって場所を特定し、丁寧に雪面を掘り下げて発信元のビーコンを見つけた。続いてはビバーク練習。まずは木の根元に一人が座れるくらいの竪穴を掘り、マットを敷いて座りツェルトを被ってもらう。体験者はこれだけでも温かいと言う。続いては仰向けに横になれるくらいに穴を広げ、その穴に寝てツェルトを被せる。体験者は風を感じなくなり、寝られるかもと言う。最後に、斜面に移動し半雪洞を作り、マットを敷いて座りツェルトを穴に被せて風を防ぐ。中に座ってろうそくに火をつけてもらう。ろうそくは火の上に手をかざすと僅かながらも暖がとれ、酸欠の防止になり、火を見ていると精神的に落ち着くとの事だった。
(写真3 半雪洞ビバーク練習)
14時頃に雪訓が終わり、それからはテントに入って雪から水を作り続けた。雪を溶かす事より容器に移し替える方が気を使って、大変に感じた。お茶用に持ってきたトランギアのケトル(やかん)は移し替えるのにとても役に立った。ひたすら2時間、雪を溶かしては容器に入れる作業を機械のように繰り返した。夕方頃、晩ごはんを作り始める。今日の晩御飯は「豚しゃぶ」だ。風邪で欠席したYKさんが集合場所まで持ってきてくれた食材を鍋に投入していく。日が落ちてテントの中も寒くなってきていたのだが、鍋を食べると汗が出てきた。やはり冬は鍋ですねと皆で言い合った。食事が終わって明日の山頂アタックを打ち合わせて20時頃に就寝した。
1月13日
朝4時45分に起床。今回が初雪山でのテント泊だった平川さんは穴空きエアマットのせいで冷気を感じてあまり寝られなかったと呟く。4シーズン用のシュラフだった小前さんは少し暑かったようだ。朝食の棒ラーメンを食べて2人が山頂アタックの準備を始める。私は膝がまたいつ痛みだすかわかないのでテントキーパーとなった。6時40分に2人が出発し写真を撮って見送る。シャクナゲ平から荒島岳まで2時間はかかるんじゃないかと話していたが、出発してから1時間後、小前さんから山頂到着の電話を貰う。それから50分後の8時に20分には帰ってきた。山頂はガスっており視界はほぼなかったようだ。
(写真4 荒島岳山頂)
テント内で寛いでいた私は慌ててパッキングをした。シャクナゲ平には早朝に出発した登山者が続々と集まってきた。テントを撤収し8時20分シャクナゲ平を出発。周囲を覆っていた雲は消えて、青空が広がり北北東には白山が見えた。11時過ぎに駐車場に到着した。
(写真5 シャクナゲ平)
汗を流すために車で10分ほどの場所にある九頭竜温泉 平成の湯に立ち寄る。日帰り入浴可で大人600円。サウナ、水風呂、露天風呂もあり泉質が良い。私と小前さんは大の温泉好きなので1時間半も温泉に浸かった。温泉からは荒島岳が正面に綺麗に見えた。14時に大野市を出発し18時に帰京した。
今回は私も含めて雪山に慣れないメンバーだけでの雪訓となった。雪訓前に資料を作成し、読み込んではいたが、机上と実技では違うのがよくわかった。今年はロープワークや要救助者のライジングシステムをしなかったので、メニューを増やしてまた雪訓をやりたいと思う。今回、小前さんと「長風呂の会」を結成したので、温泉巡りが中心の山行も企画しようと思う。
(写真6 温泉から見える荒島岳)
【感想】 59期 平川暁朗
私にとって四度目となる荒島岳登山だった。そのすべてが勝原からのルートなのは自身の望むところではないのだが、行動時間が短いということでこのルートを選ばれることは多くなる。
これまでこの山は日帰りばかりであったが、今回はあえて標高1200mのシャクナゲ平でのテント泊をし、雪上訓練を行った。
この時期の雪山でテント泊ははじめてだったが、Inertia O Zoneの穴あき軽量マットでは冷気が下から吹き上げてしまうためお奨めできなかったとだけ述べておこう。ただシュラフカバー内に収めていればあるいはという気もしなくはない。
スノーソーでのブロック作り、雪洞掘りとビバーク、ビーコンとゾンデ棒の取り扱いなど、どれも私にとっては初めての作業で勉強になった。何かトラブルがあって下山できなくなった時こういう知識があるのとないのとでは生存率は大きく変わるだろう。
滑落停止訓練については雪がパウダーすぎてまったく滑らず、ただのでんぐり返りの練習だったが、パウダーだとそこそこの斜面でも止まるという確認にはなったのではないだろうか。
江村さんは膝の調子が良くなかったようで、シャクナゲ平から先の登頂には参加しなかったが、小前さんと私のふたりでピークハントを行った。
同じルートでも積雪量によってその印象は大きく変わる。昨年も三月に当会の例会で訪れたが、その時は非常に好天でダイナミックな稜線が印象的だった。今回は雪の斜面をよく感じる登山で、同じ山だとは思えないほど違っていた。雪壁は中々の反り具合だったが、トレースもよくあって登りにくさはなかった。距離も思いの外短いように感じた。好天予報だったが山頂は霧に包まれていて、時折うっすらと太陽が望める程度であった。
数枚写真を撮って即下山し、テントで待っていた江村さんが驚くほど早く戻ってきてしまった。
テントを撤収し麓まで下山、下るほどに天候は良くなり、風呂から出た頃にはピーカンの山頂が見えていたのはありがちなことだ。
【感想】61期小前竜吾
昨年末に雪上訓練を経験する予定だったが、天候不順により流れていた。2月の比良全山縦走を考慮すると今回は必ず経験したいという思いで臨むと、天も味方したのか天気予報は「晴&ほぼ風なし」となり絶好の山行日和となる。江村Lから事前配信の訓練用資料は12ページに及ぶもので、全てに目を通すことはできなかったものの、弱層テスト、半雪洞ビバークなど興味あるところは予習した。荒島岳は昨年3月に登頂していたのでピークハントにさほど興味はなかったが、シャクナゲ平(1200m)での雪訓は期待以上のものとなり、私にとっては収穫の多いものとなった。江村Lに大変感謝している。登山に限らず、座学と体験学習は双方大切であることはわかっているが、どちらが欠けても成立しないものと再認識した山行となった。雪山を登る方はこのような訓練を受けるべきで、毎年恒例の山行にしていきたい。