京都比良山岳会のブログ

山好きの社会人で構成された山岳会です。近郊ハイキングからアルプス縦走までオールラウンドに楽しんでいます。

〈個人山行〉剱岳チンネ左稜線

2022年8月18日(木)夜~22日(月)

雨上がりのチンネ

チンネ左稜線のログ

【メンバー】54期NF、RH(他会)

【行程・1日目】19日晴れ 室堂から熊の岩 午前7時室堂~午前11時40分剱沢キャンプ場 午後1時20分長次郎沢出合い 4時半熊の岩 

【2日目】20日豪雨 偵察と停滞 午前4時40分 長次郎沢右俣~5時40分池の谷 6時20分三の窓 7時50分熊の岩 

【3日目】21日霧 午前4時40分 長次郎沢右俣~6時50分 チンネ取り付き~午後1時 チンネの頭~3時熊の岩~7時 剱沢キャンプ場

【4日目】22日晴れ 午前7時半剱沢キャンプ場 11時20分室堂

快晴の釼岳。逆さ剱が美しい

【記録】NF

1日目:室堂は快晴。立山の天然水を補給し、みくりが池や雷鳥沢の明るさに心が高鳴る。20㌔近くのザックはずっしりと肩にかかり、ゆっくりと歩む。剱沢キャンプ場に着くと、青空の下、迫力ある釼岳が迎えてくれた。富山県警が危険カ所などを記してくれているボードで情報収集する。今年は雪渓の崩壊が早いと聞き、準備の段階から通れるか不安だったが、なんとか大丈夫そうだ。

剱沢雪渓に到着し、アイゼンを付ける。中国製の軽量アルミアイゼン。アプローチシューズとの相性が悪く、着けるのに苦労する。同行者はミドルカットの登山靴でしっかり固定されていた。このルートは雪渓やザレ場が多く、アプローチシューズだと雪や砂利が入るため、ミドルカットのほうがいいかもしれない。

雪渓は真ん中も端も、崩壊が進むのが早いので歩いてはいけない。端から少し真ん中よりを選んで進む。アイゼンはずれるものの、雪にはよく効いている。長次郎雪渓はクラックが走っている箇所があり右岸を巻く。アルミアイゼンは岩場には強度不足で滑りやすい。冬用のアイゼンの感覚で岩場を歩くと痛むし、滑るので小まめな着脱をしたほうがよさそう。

長次郎雪渓の取り付き

急斜面の雪渓を延々登る。熊の岩は見えてから遠いと同行者は言っていたがまさにその通り。苦しい中歩き続け、到着するとほっとした。鹿島槍が正面に見える絶好のビバーク場。いつか行ってみたいと思っていた、遠い遠い場所。テントを張って同行者がソーセージを焼いてくれてお酒を飲みながら作戦会議するあしたは雨が降りそう。どうなることやら。

2日目:起きた時はまだ晴れていた。前日までの天気予報だと午後から崩れる予報だ。チンネ取り付きまで偵察を兼ねて行き、あわよくば登ってしまおうかという計画で出発する。長次郎谷右俣の崩壊がいっそうひどいと聞いていたので、事前に富山県警に問い合わせしていた。すると「八峰の基部の弱点をついてください。クライマーなら登れます」と言われ、ひよっこですが大丈夫でしょうか、とは聞き返せなかった。緊張しながら右俣にさしかかると、弱点をつくという意味がよく分かった。雪渓の端がとけて八ツ峰の基部の岩稜帯がむき出しになっていた。なるほどこれなら岩場に慣れていれば十分通れる。私はクライマーではないものの、通れてほっとした。池の谷ガリーはガレガレ、ザレザレで気を遣いつつ歩く。後部を歩く人は落石を落とす危険性があるため、先行の人と、ある程度の距離を取ったり、落石をしても避けられる動線を考えたりする必要がある。

八峰の基部を登る。弱点をつくってこういうことか

三ノ窓に着くとテントがあり、私たちの気配に気付いて顔をのぞかせてくれた。9時頃から雨が降るため、停滞するとのこと。ここは電波がはいりますよと言われ、雨雲レーダーを確認すると、午後に真っ赤な線状降水帯がくる予報。雨もまもなく降り出しそう。あわよくば登る、どころの状況ではないと、慌ててテントまで戻る。

池の谷ガリーを下る

同行者が、テントの周囲にしっかり水路を作ってくれた。予報通り9時すぎに雨が降り出す。同行者は戻って来た直後にビールを飲み、その後すやすやと眠り続けている。雨はだんだん強くなり、たたきつけるような勢い。電子書籍で「穂高を生きる」を読みながら私は不安を募らせたが、エスパースのテントがしっかり守ってくれた。大雨の時は、グラウンドシートを敷き、フライシートをできるだけぴんと張ってペグダウンし、水路を作ればしのげるということを実感した。大雨は午後8時すぎにようやくやんだ。とりあえず、明日雨は降らなさそう。無事にチンネには登れるのだろうか。

熊の岩でビバーク

3日目:起床すると、想像より天気がよく期待に胸が膨らむ。もしかして、絶景の中のクライミングとなるのか。準備を急ぎ、再び右俣へ。二度目となると、クライマー道(勝手に名付けた)も慣れたもの。三ノ窓に着くと青空の下、チンネが神々しくそびえていた。とうとう来た。三ノ窓からは雪渓のトラバースで取り付きへ。落ちたら終わりみたいなトラバースだったが、アルミアイゼンはしっかりきいてくれて怖くはない。取り付きで、クラインミングの準備をする。

と、その瞬間、同行者に異変が。なんと、クライミングシューズを片方ずつ違うものを持って来て、しかもどちらも左足。あきらめて戻るか、それとも私がリードしてフォローで登山靴で登ってもらおうか、そんなことできるんだろうか、と悩んでいた。すると、片方の靴がレースアップのシューズだったため、左足でも右足になんとか合わせて履ける、と同行者から喜びの声が。それで、チンネの核心部、「鼻」とよばれるピッチをリードするらしい。一瞬落ち込んで、すぐに切り替える前向きさと明るさ。クライミング向きの性格をされているのだろう。

同行者はわたしより登攀能力がかなり高いので、山行前から基本は同行者にリードしてもらおうと考えていた。(ハプニングはあったが、そんな靴でも自信がありそうだった)。1ピッチ目、岩がぬれていて、靴のハンデもあり、慎重に登っておられる。スタンスが少し細かく、雨で滑りやすいので、フォローでも緊張した。2ピッチ目も同行者、3ピッチ目は歩き。4ピッチ目にさしかかったところで、リードしませんかと背中を押される。この頃には、ガスが濃くなってきて、高度感がなかったが、リードはやはり怖い。でもやってみるととても楽しくテンションが上がる。そんな私を見て、同行者もわが意を得たりと笑い、「この先はつるべでいきましょう」と言ってくれた。

白い霧の中、クライミング

鼻のピッチが5級だが、ほかのピッチは3~4級なので、グレード的には難しくなく、確かに私でもリードできるレベル。ただ、やはり本番のリードの緊張感は大きく、いい刺激になった。濃い霧は音も吸収するのか、あたりは静けさに包まれ、私たちのコールの声だけが響く。世界に2人しかいないような、不思議な感覚に陥った。眺望が全くなくて景色を楽しむこともできなかったので休憩もせず、登り続けたら、あっという間にチンネの頭に。晴れていたら目立つのかもしれないが、濃い霧の中では地味すぎて、気付かず通り過ぎてしまいそうだった。

核心の鼻をリードする同行者

頭からコルまで歩いて降りて、懸垂下降を2ピッチ。2ピッチ目はガレ場なので石を落としてしまわないよう慎重に。池の谷ガリーまで降り、テント場に戻りながら、今日中に剱沢まで行くか相談する。同行者はビールが飲みたいといい、なんとか明るいうちに到着できそうな時間でもあるので、強行ではあるが剱沢まで戻ることに。急いでテントを片付けて、長次郎谷を下山する。昨日の大雨のせいで、雪渓の崩壊が進んでいる。行きより右岸を大きく巻くなどして慎重にルートを選び、剱沢雪渓へ。剱沢雪渓も、行きにはない大きなクラックが中央部分にできており、ルートを選びながら歩いた。雪渓は延々と続き、疲労感が増してくる。

長次郎谷を下る。行きより雪渓の崩壊が進んでいた

ようやく剱沢小屋についた時にはほっとした。小屋の売店は閉まっていたが、小屋前で休憩していたガイドの方がかけあってくれて、売店を開けてもらえた。ビールと剱沢記念の靴下を買う。キャンプ場までのんびりと歩き(のんびりとしか歩けない)、周囲にはすでに就寝している登山者も多いため、静かにテントを張る。長い一日の成功を祝って、静かに乾杯した。眺望はなかったものの、嵐を耐え、登り終えた充実感は大きかった。

4日目:起きると満点の星空。快晴の一日の始まりだった。行きと帰りだけ晴れ。なんとも複雑な気持ちではあるが、天気を恨んでも仕方がない。のんびりと朝ご飯を食べた後、絶景の釼岳を前に、この3日間を振り返りながら登攀具の整理をする。

快晴の釼岳を前に、下山の準備

快晴に後ろ髪を引かれながら下山。途中、剱御前小屋で同行者がテントを干している間、剱御前岳に登る。誰もいない山頂で、チンネがある辺りをゆっくりと眺める。今日登っている人は、きっと絶景だろうな。富山湾まできれいに見渡しながら、開放感に浸った。

みくりが池でソフトクリームを食べて室堂へ。長いようであっという間の、とても充実した4日間だった。

 

おまけ

間違ってどちらも左足のクライミングシューズを持って来た同行者の足

【主な登攀装備】パーティ:カム一式(3番まで) ヌンチャク4本 アルパインヌンチャク8本(長4短4)7.1㍉ダブルロープ2本 ビレイ器 

個人:中国製12本爪アルミアイゼン バイル

*カムは1番と2番しか使わず(それも補助的に使ったのみ。カムは一式いらないかもしれない)

*バイルも使わず、ストックのみ(ただバイルかピッケルは必携)

*アイゼンは中国製アルミでもなんとか行けるが、底の柔らかい靴ではとてもずれやすい。強度もないので固い岩場では脱いだ方が無難。(ただ、軽量化のために冬用を持って行く選択肢は私にはなかった)

*ローカットのアプローチシューズで行ったが、雪渓の雪や、ザレ場の砂が入って非常に歩きにくかった。行けなくはないが、ミドルカットのほうがよいと思う。

*軽量化をしたとしても20㌔近くを背負って長時間歩かなければならないので、クライミングよりも核心はアプローチだろう。

チンネ左稜線取り付きで、準備をする同行者

【感想】NF

「試練と憧れ」と言われる釼岳。真夏の大冒険は、試練と憧れ、そのものだった。

チンネ【Zinne】は、ドイツ語で、大きな岩壁をもつ尖峰、という意味らしい。昨年7月、北方稜線に行った時、遠く岩峰からクライミングする人たちのコールが聞こえた。当時、私は外岩にほとんど触れたことがなく、憧れを持って、見えぬクライマーの姿を想像していた。

ひょんなことから同行者と巡り会い、彼の地を訪れることができた。体力も不安、クライミング力はもっと不安な、私を選んでくれた勇気に感謝しかない。

経験不足の私は、雪渓やガレ場の通過はもちろん、クライミングや体力などなどそもそもの不安要素が多かった。さらに天候不順が発生した山行中は、どう行動するかシビアな見極めも必要だった。多くの困難を無事に切り抜けられたのはひとえに同行者のおかげというしかない。

何度も話し合い、一緒に判断を重ねて試練を乗り越えた。真っ白い霧の中でチンネを登りながら、本当はどんな景色なのだろうと憧れを募らせた。忘れられない山旅になった。